第46話 ジュリーと出勤

 先程まとめた報告書は、すでにアルペローゼさんへ手渡して、クレアンヌさまへのお目通しをお願いした。

内容が内容なだけに、略式の契約魔法でクレアンヌさま以外が見ても、短文の次節の挨拶文程度の書状にしか見えないように仕込んである。

もしクレアンヌさまが他の人に読ませるタイプの人だったら、話が噛み合わないので、念には念を入れて『お一人で開封いただくように』と言伝もしておいた。


━━


 今日は出勤日。

もちろん出勤場所はDRM's Barrels Saloonダーラムの樽酒場だ。

しかも今日はジュリーと一緒だ。

だからなのか、それとも2回目の出勤で前回よりも情報があるということで安心感もあってか、少しだけ気が楽だ。

これなら噂集めにも意識を割ける。

というのも、クレアンヌさまの根回しで、すでにジュリーが店員になる契約はすんでいるらしい。

店員が多くなるなら、少しお客さんの会話を盗み聞きすることはできるだろう。


 お屋敷を出る前に、アヌエスさんにフルメイクを施してもらい、服装もお店の給仕服で支度を終えた。

ここからは、顔が多少痒くなっても掻いてはいけない。

自分で手直しできるすべがないからだ。


 馬車でお店がある通りまで向かう。

ドネットさんと来た時の馬車は、僕たちをさらった集団に壊されてしまった。

従者が普段買い出しなどに使用している馬車で連れてきてもらった。

車内は少し狭く、子供2人だからギリギリ乗れているような状況だ。

吐息の音まで聞こえてしまいそうで、静かなままなのは気まずさが勝った。


「ジュリー、話しかけても?」


「わ、私はあなたのお世話係なんだから、何でもすぐに言ってくれないと」


「あ、ありがとう」


 ジュリーの様子がおかしい。

突然の声量と上擦った声と剣幕。

それにしては、こちらの様子をちらりとも見ず、視線は馬車の壁を見ていた。


「あのさ、なんか、僕のこと怒ってたりはしませんか?」


「お、おこ!?うちがフィーロを!?なんで!?」


 バッと僕の方に顔を向けたジュリーの目は見開かれ、明らかに驚いた様子だ。

どうやら怒っているという線はないようだ。

いや、怒ってくれていた方が分かりやすかった。

どうしてもこうしても、普通に一緒にいて話している方を見ないというのは、怒っているとか、見たくないという否定の現れかと思っていた。


「こっちを見ないようにしているようだから、何か怒らせてしまったんだと思って・・・」


「あっ・・・!」


 ジュリーの口からはしまったと言った短い声が漏れた。


「違う違う、違いますよ、フィーロ!


私はただ、フィーロがあまりにも美人だから・・・・・・

女の子の私よりも・・・・・・・

ちょっとずるいなって思ってただけ・・・・・・」


 ジュリーの瞳を真っ直ぐに見つめ返して、僕は思ったことを言った。


「そんなことはありません。


今のジュリーはいつもより大人っぽくてすごく綺麗ですよ」


 ジュリーの顔立ちは童顔寄りのタレ目なので、本心としては大人綺麗というよりは、可愛らしいというのが先行する。

それでも、普段よりは大人っぽいメイクで、たしかに普段よりは綺麗なのだ。

正面から見つめるのも少しだけ気恥ずかしいくらいに。


「フィーロに褒められるなんて・・・!

ローゼお姉様にメイクの仕方を教わって良かった・・・!」


 ローゼお姉様?アルペローゼさんかな?

たしかに、アルペローゼさんのメイクの仕方はアイシャドウやアイライン、リップの塗りなども大人っぽくて上品さがある。

しかも、ジュリーの顔に似合うように、適度にアレンジを加えているようだ。

アルペローゼさんのメイクの技量はかなりのものなのだろう。


「ローゼお姉様は私の知らないメイク道具とか化粧品を沢山持っていたから、その中から私に合うものをいくつか教えてくれたの!

私はほとんどメイクをしたことがなかったから、すごく嬉しかったのよ」


「それは良かった。

ジュリーもこれから色んなメイク方法を試してみるんですね?」


「そのつもりよ。

ねぇ、フィーロ!

今度良かったら、メイク道具が売っているお店を見に行かない?」


「いいですね。

ちょうど僕も化粧品がどのように売られているのか、興味が湧いてきていたので行ってみたいです」


「あ、でもそっか、フィーロって男の子か。

なんだかその顔だから、つい女の子だと思っちゃうね」


「え、はい。え?

そんなに女の子に見えちゃいますか?」


「うん。

しかも、とびきりの美少女!」


 楽しそうなジュリーの笑顔につられて僕も笑みがこぼれる。

言われていることは少し不本意だけど、ジュリーの笑顔に代わるなら悪い気持ちはしない。


 馬車が夜の繁華街に着き、僕とジュリーはなれない給仕服でお店へ向かった。


「フォーリスちゃん!今日もお店にいるのかい?

おっさんも後で顔出すから、よろしく頼むよ!」


「フィーリスってあの娘か。

すげぇ可愛いじゃん」

「それよか後ろの娘も同じ服装じゃね?

俺、そっちの娘の方がいいな」

「お前結構ロリ好きだもんな」

「お前も大差ねぇじゃねぇか」

「そ、そうか?」


 声をかけられたり、噂されたり。

やはりこの格好はここら近辺では目立つようだ。

それもそのはず、なんといってもこの界隈で、いや、ダーラム1番の有名店なのだから。

このくらいの注目はあって然るべきなのだろう。


 お店に入ると、ナンシーさんが店を空ける準備をしていた。


「ナンシーさん、本日もよろしくお願いします。


それから、今日からこちらのジュリーもこのお店でお世話になります。

重ねてよろしくお願いします」


「ちょっとフィーロ、やめてよ!

これじゃどっちがお世話係かわからないじゃない!


あなたがナンシーさんですね。

私はフィーロのお世話係のジュリーといいます。

今日からどうぞよろしくお願いします」


「こちらこそ、今日からよろしくね、ジュリーちゃん♪

私好みのかわいい女の子は大歓迎よ♪」


「あの、ナンシーさん?

その怪しげな手は、引っ込めていただけますか?

ジュリーはそういうの、苦手だと思います」


「ふう〜ん?

うぶなのもお姉さん大歓迎よ♪」


「ジュリー、変なお客さんとマスターとナンシーさんには、あんまり近寄らないようにね?」


「へ?マスターとナンシーさんにも?

う、うん、フィーロがそう言うなら、わかったけど」


「誰に近いちゃあいけないのかなぁ??」


 突然背後からマスターらしき人の大声がした。

ここは彼のお店なのだから、ここにいるのは不自然では無い。

しかし、突然の至近距離で大きな声を出されると、ちょっと耳が・・・。


「やあやあ、君がジュリーちゃんだね!

俺はこの店のマスターをしているイェール・ヴァンドーロだ。


いやあ、これはこれは立派なものをお持ちで。

これからよろしくね、ジュリーちゃん!」


 僕が自分の耳を庇っているうちに、マスターがずずいと出てきて、ジュリーの手を握る。

その視線は明らかに顔よりも下を見ている。

鼻の下も伸びている。

やはりマスターはそういう性癖らしい。

クレアンヌさまもそれをわかってジュリーにこの店で働かせているのだ。

それはつまり、僕がこの店でアルバイトをしだしたのが原因なので、暗に僕がジュリーを守るのが当然だと言われている気がしてきた。

貴族というのは、大抵が傲慢だと聞いていたけれど、クレアンヌさまも貴族に変わりないという事実であるだけだろう。


「マスター、お願いしますから、ジュリーにはお手柔らかにお願いします」


 僕は少しだけジュリーとマスターの間に割って入ると、マスターが握っているジュリーの手を引き剥がし、代わりに手を握った。


「ふう〜ん?フィーリスちゃんは〜?

俺の事を気に入っているのかな〜?

それとも〜」


 意味ありげにジュリーの方に視線を飛ばしたかと思うと、僕の目を真っ直ぐに見て、ニヤリとしながら。


「それとも〜?

ジュリーちゃんが〜?

た・い・せ・つ・な女の子なのかな〜?」


「フィーロ?

どうしたの?


マスターさん、今日からよろしくお願いします」


「うん、ジュリーちゃん♪

かわいいね♪よろしくね♪


フィーリスちゃんも、今日もよろしくぅ〜♪

今日も大口の予約を期待してるよ〜♪」

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