第43話 オーバー ワーク

 一通りの経緯いきさつを念話でクレアンヌさまに伝えている。

目の奥でピリピリと何かが弾けるようなノイズ。

少し鈍い痛み。

やはり、2日続けて念話を使うのは、少し負担が強すぎるようだ。

ある国の人体実験の記録では、数日間の訓練で数十人の被験者が、脳に何らかの障害が残り、数百人のうち1ヶ月間耐久できたものは5名。

その5名のうち、3名は命を落としたと記録されている。

その実験で明らかになったこととして、魔力のほとんどない人でも、訓練次第で使えるようになるものの、脳は元々念話をするようにできていないので、特異体質でない限り継続した使用に耐えないということらしい。


「ねぇ、フィーロ。

それでその後、魔法使いはどうなったのかしら?

続きを話してちょうだい」


 待ちきれないという様子のクレアンヌさまは、少し幼く見えてしまう。


「えぇ・・・すみません・・・」


 小さな鈍痛で中断していた念話を再開する。


『運がよく、相手の魔法使いは魔力導体を感知できないようでしたから、ドネットさんの透明化にも気付かず、本当に死者の攻撃だと思ってくれました。

だから、そのままありもしない冥府の炎と称した炎症反応の火で、芝居を打って気絶させました。

彼を無力化するのは、僕たちの逃走に必須条件でしたので、上手く嵌ってくれて本当に安堵したものです』


「ぐっ・・・・・・!」


 クレアンヌさまが僕の呻きに、少し眉尻を下げた。


「フィーロ?」


 心配そうな声音。

でも、あと少し・・・


『残るはリーダーのマーグという男と無口な男。

それから怯えきっていた女性2人でした。


マーグという男も、魔法使いが難なく気絶した所をみて、かなり浮き足立っていたので、炎の脅しで気絶してくれました。


そこで、ドネットさんの透明化を解除、軽くネタばらしをしました。

あわせて、倒れてる人の介助を残る3人に押し付けて、僕たちはお暇させてもらいました』


 ふぅ・・・ぅっ・・・グ!


 側頭部に重たい衝撃を受けたような感覚。

視点が定まらないほど強い揺れをおぼえた。

念話をやめて言葉を絞り出す。


「以上・・・・・・です・・・。

この後のことは・・・・・・・・・ドネット・・さんから・・・・・詳しく聞いて・・・・います・・・よ・・ね・・・?

僕からは・・・割愛さ・・・・・ぜで!」


 うわ、ゃ ば ぃ ・ ・ ・


 視界が傾いていくことをどうすることもできず

僕はテーブルの方に倒れていく


やけにスローモーションな景色


クレアンヌさまが目を見開くお顔


遠くの椅子から立ち上がろうとするドネットさん


更に傾く視界


綺麗な食器が目の前に


あぁ、弁償しなきゃ


いくらくらいだろう?



2つの腕


視界が急に引き戻されていく


どうなっているんだろう?


痛みはない


いや、ある


テーブルや食器に打ち付けたような痛みじゃない


締め付けられるような感覚


それから左の二の腕が何かにつままれているような痛み



 いつの間にか瞑っていた目を開ける。

目の前にはクレアンヌさまの驚いた顔がある。

視線は僕の胸辺りに向いている。

ちょうど締め付けられるような感覚が胸の辺りにある。

僕もその視線を追うように下を向いた。

給仕服の腕が2本。

がっしりと僕をホールドしている。

背中に何かが押し付けられている感覚もあるが、左の二の腕に後ろの人の指が食い込むくらいに力強く掴まれている。

僕は背中からぎゅっと抱きしめられた格好だった。

背中にいるのは、この部屋の中で1番背の低い人物だ。

首のすぐ下に当たる吐息からして僕より背の低い人。

それは一人しかいない。

ジュリーさんだ。


「ごめん、ジュリー、さん」


「ごめんじゃない!

さんも付けるな!」


 言葉の強さと反比例して、左二の腕にくい込んでいた指の力は弱まっていた。

今は優しく僕を支える程度の力で抱きしめられている。

僕の髪とジュリーの体から発せられる女の子の香りが僕の鼻腔を刺激して、急激にこの密着した体勢の恥ずかしさが込み上げてきた。


「でも、クレアンヌさまの御前で」


 チラッとクレアンヌさまの方を見やると、口許が綻んでいるように見えた。


「いいのよ、フィーロ。

既にジュリーからは申し出があったから、私が許可したの」


「申し出、ですか?」


「私がフィーロをフィーロと呼ぶことと、フィーロが私をジュリーと呼ぶこと。

だから、屋敷の中でも、呼び方を変えなくていいのよ」


「そうなんだ。

気を回してくれてありがとう、ジュリー


それから、今も、助かりました。

ありがとう」


「フィーロ・・・」


 背中でジュリーさんの囁き声と、軽く頬をひっつけたような微かな感触。

足の力が少し抜けて、顔が熱くなった。

念話の脳の影響か、誓約書の作成に回復しきっていない魔力を宛てたせいか、体力的なものなのか、はたまた別の要因か。

よろめきかけた僕を、ジュリーが後ろから支えてくれた。

僕は少しぐったりとして、力の入りにくい体をジュリーに預けた。


「先程から体調が優れないようね・・・。

それが魔法の代償なのかしら?」


「ははは・・・・・。

本当に申し訳ないのですが・・・少し、休ませていただけませんか?」


「手配させるわ。

病み上がりに付き合わせてしまってごめんなさいね」


「いえ、ありがとうございます」



 サイネリアさんが持ってきてくれた予備の車椅子で部屋まで運ばれた。

自力でベッドに移ろうとしたが、着ているものやメイク落としが済んでいないと怒られてしまい、大人しく車椅子に座ったまま待機する。

今の状態でお風呂に入れられたら、確実に僕はダウンする自信がある。

久々に無理をした。

これほど無理をしたのは師匠といた時以来かもしれない。

そんなことを思いながら、徐々に意識が遠のいていく・・・・・・・。



━━


 魔法の練習や読書、文字の練習、言葉の練習、身のこなしや、旅で気をつけなければならないこと、動物や植物のこと、交易や人の歴史、文化、他にもいろいろ。

多くのものを師匠は教えてくれた。

見た目は60年以上生きた人のようだが、魔法がなくとも僕よりも力が強く、よく倒れる僕を片腕で抱えあげて寝かしつけてくれた。

身長は父様よりも頭1つ高いくらいで、父様よりも細い腕なのに、巨木のように硬く力強かった。

動物は一切口にすることなく、植物しか食べないし、とても少食だった。

何でも知っているようで、ふとしたことを知らないこともある。

僕がプーズーを見つけた時、『プーズーとな?何やら奇妙な名前じゃな』と言っていた。

師匠の中では、プーズーは鹿の小さいものという括りであり、ありふれた動物なので、種族としての名前は特に重要ではないそうだ。

物や動物は、呼ぶ人によって様々で、決まりは特になく、その個体が持つ真の名前を認識する時だけ、意味のある名前となると言っていた。

師匠のお気に入りの動物は多く、僕と過ごす時も度々動物たちと戯れていた。

小さいものは小鳥やネズミ、大きなものは大人の鹿や森林熊。

河原で魚と話していることもあった。

師匠曰く、人は嘘をつくことがあまりにも多く、心を置いては命がいくつあっても足りないが、動物たちは大抵が純粋で話していても素直で穏やからしい。

僕は動物の話が分かる訳ではないので、師匠と話す動物たちがどんなことを言っていたのかはわからない。

でも、師匠と戯れる動物たちと一緒にいると、お腹が空たら吠えたり多少暴れることもあるけれど。

木の実を食べたり、野草をあげたり、スープを飲ませれば、ケロッとしており、悪さを働いたりするような動物はおらず、温厚そのもので呑気に過ごしていることはよく分かった。


 初めは熊なんて僕より2倍以上も大きくて、一呑みで僕を食べてしまえるだろうと、おそろおそろ近寄らないようにしていた。

けれどある時、熊の方から近づいてくるなり、僕を担ぎあげて背に乗せると、のっしのっしと森を歩いて、河原まで連れていってくれた。

熊は河原で水浴びをしながら、のんびりと過ごすついでに、僕を乗せてきてくれたらしい。

河原に連れてきたら連れてきたで、あとは興味をなくしたのか、自由気ままに水浴びをして日向ぼっこをしてと満喫している。

僕も水浴びをして、恐る恐る熊の日向ぼっこの日向に近づいてみた。

ポカポカの太陽と森を吹く穏やかな風に心地よい眠気を覚えて、熊の横に寝そべると、いつの間にか眠っていた。

そして、師匠が熊に乗せて連れて帰ってくれたと聞かされて、恐ろしかったものが、実はそれほど怖がる必要が無かったことに気付かされた。


━━


 穏やかな夢を見ていた気がする。

窓から射し込む日差しの角度から朝を迎えていることがわかる。

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