第37話 脱出計画②
「フィーロ様、本当にこれで良かったのですか?」
「どうしてです?」
僕は隣を歩いているドネットさんを見上げて尋ねる。
身長差が30cm近いので自然と見上げるという表現になってしまう。
そこには全くといっていいほど、緊張感がなかった。
「少々手厚くしすぎたのでは無いでしょうか?
これではフィーロ様が損をされただけなのではないでしょうか?
悪いのは明らかに向こうですのに、私は釈然といたしません」
「そんなことはありませんよ、ドネットさん」
僕のために憤ってくれているドネットさんを制する。
「あの人たちは、この街で悪さをしていた人たちです。
僕たちが捕まらなかったら、犯行はもっとエスカレートしていたことでしょう。
少しくらい痛い目をみないと、なかなか自分たちの行いに気がつけない時もあるのだと、僕は知っています。
もしあの方たちが、今回の件で懲りて、まじめな仕事にでもついてくださるなら、この街にとってはプラスに働きます。
あれで良かったんです。
少なくとも今回は最終的にうまく逃げられたのでそれ以上の
「なるほど。
そのような考え方があるのですね。
私の方が年上ですのに、初めからお守りできず、
フィーロ様がそう仰るなら、もう何も申し上げられません」
僕とドネットさんは、並んで家路を歩いている。
僕は疲れたので、申し訳ないと思いつつ、軽くなっていた荷物をドネットさんに背負ってもらっている。
本当に今日は、いや昨日から、とてもとても疲れてしまった。
━━1時間半ほど前
僕は大仰なお辞儀の最中、床に配置した
よし、問題ない。
「ところで、みなさんは死後の世界を信じていますか?
マーグさん、カーヤさん、ラッヂさん。
僕は先程まで、そちらの魔法使いのバンジーさんがかけた眠りの魔法によって眠らされていて、誰が僕の付き添いの執事、ドネットさんに危害を加えたのかは知りません。
ドネットさん自身もとても話せる状態ではありませんでした」
「はあ?突然何が言いたい、坊主?」
マーグ兄貴が突然の話題転換に困惑を隠さず聞いてきた。
楽しい楽しいマジックショーと全くと言っていいほど関係がないような話をしだしたのだ。
当然、困惑が勝るだろう。
「僕は先程、皆さんの前からドネットさんを消してみせました。
はたして、ドネットさんは今どこにいると思いますか?」
「わかるわけねぇだろ!
お前が消したんだぜ!?」
ラッヂさんは身を乗り出してくる。
「では・・・」
僕はわざとらしく間を空け、口角だけを吊り上げ、冷めた瞳の
お手本イメージは勝手ながら、昨日の晩餐でクレアンヌさまが見せた
「ドネットさんは先程、敷き布に包んだ時点で既に冷たくなっていました・・・」
息を飲む声が聞こえた。
少なくとも何人かは、僕の言葉の意味をそのまま受け取ってくれたようだ。
ドネットさんが痛みに耐える呻き声を聞いたのは僕だけだ。
そのために、わざわざ大声で説明しながら敷き布にドネットさんを移動して包んだのだから。
スっと口角を下ろし、先を続ける。
「なので、僕が
「で、でもよ!おかしいじゃねぇか!
お前はさっき続きはアシ、アシスタントを元に戻すって言ってたじゃねぇか!」
左にいる猫背の男が声に焦りを
この男がドネットさんを傷つけたのか。
それと戸口の前に立つ大男も、先程から片足のつま先をコツコツと床に叩きつけ始めた。
ラッヂさんもみるみる顔から血の気が引いて顔の温度が下がってきた。
「ですから、ドネットさんには復讐のために現世に戻ってきてもらおうと思います」
「兄貴!い、今すぐこの芸をやややめやめさせようぜ!」
ラッヂさんがマーグ兄貴に
しかし
「ラッヂ。お前、ビビってのんか?
死者が
それよりも、こんだけ
「で、でもよ、兄貴・・・」
「じゃあ、こいつが大したことができなかったら、そん時はこいつを真っ先に○らせてやるよ!
俺は続きが気になるんだ!
それでいいな、ラッヂ!?」
「あ、兄貴がそういうなら・・・ゴクリ」
いやいやいや・・・『ゴクリ』じゃないよ!
そんなヤバそうな目で僕を見ないでください!
「続けてもかまいませんか?」
「おう、早くやってくれ!」
「では、復讐の鬼となったドネットさんを現世に
これは
わざとらしく
先程確認した通り、
「まずは儀式の
この特殊な塗料で最初に置いた布と布とをこのように線で結ぶとちょうど僕を中心にした
それから、その結び目を円で結ぶと、真円の中に
そこに
描いている特殊な塗料とは、赤いビーツで着色した
ビーツの汁は赤く、昔から血液の代用品としてサバトなどの儀式に使われてきた経緯があるものだ。
描かれた線は赤く、いかにもなものに見えなくもない。
「円の周りにヒエログリフで、ドネットさんのことを神々に詳細に伝えます。
それをさらに2重の円で囲みます。
みなさんはこの円の中には入らないようにお願いします」
「入ったらどうなるんだ?」
「儀式の司祭ではない者が不用意にこのサークル内に入ってしまったとしたらその者を燃やし尽くすまで消えることの無い死者の世界の炎で身を焼かれ、
僕もそれを目にしたことはありません」
「死者の世界の炎?」
「ヒエログリフで書かれた古い
話しているうちに大掛かりに見えなくもない出来栄えの魔法陣が完成した。
我ながら
この地域の南西に位置する都市で昔から使われている文字や抽象的な絵はもしかしたら街に入っている骨董品などに描かれたものを目にしたことがある人もいるだろう。
僕は師匠の持っていた文献でその存在を知った。
なんでも死者は死後にまた蘇るので、蘇った時に魂(バー)が戻ってくるために死者の体を保存しておく技術が高度に発達した文明だとか。
いつか本物をこの目で見てみたい。
僕が長々と魔法陣を描き続けていた時、ドネットさんは戸の外の2人を仕留めて、さらにこの部屋に戻ってきてくれていた。
仕事が早い。
僕は
麻紐を部屋の中心から各見物客の足首に巻き付けて貰ったのだ。
麻紐にまぶしている粉は
時間がかかる準備だが、見物客たちは異国の文化の象形文字や描いた図柄の意味を話す僕の口車に、興味をひかれたのか、熱心に耳を傾けていた。
着々と準備は進んでいった。
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