第36話 脱出計画①
ラッヂさんやマーグ兄貴、カーヤさんを合わせて8人が部屋に集まった。
男性6人、女性2人。
窓の外や戸口の外の2人を除いてこれで全員だ。
3人の
用心深いのか、獲物を横取りされるのを
部屋の中にも戸口の前に1人、窓の前に居座る1人、残りの6人で僕を取り囲む。
一番
「坊主の荷物はこれで良かったか?」
ドスン、と僕の
「ああ!!き、気おつけてください!
大事な商売道具が壊れたら、芸もお見せできないんですからね!」
「お?すまん」
腕周りが僕の腰周りほど太い大男が頭を掻きながら謝っている。
この人は、駆け引きとかは出来ないのかもしれない。
その大男はこの部屋の唯一の出入り口である戸口の前に立っている。
カーヤさんとは別の女性は、カーヤさんと隣で顔を見合わせながら僕に期待の眼差しを向けていた。
カーヤさんもその女性も、背後は壁。
要所は屈強そうな2人に囲ませて、正面の特等席ポジションはマーグ兄貴。
どうやらこの集団のリーダーらしい、マーグ兄貴。
僕の両横にも男が一人づつ。
右の男性は背が高いが、どちらかというと細身で先ほどから一言も発していない。
無口な人なのかもしれない。
左の男性は猫背で背が低い、僕と同じか少し高いくらいだが、猫背を伸ばせば僕より5センチは高くなるだろう。
それほど大きく背が曲がっているのだ。
出入り口を抑えて囲みを済ませたのでカーヤさんに縄を解いてもらった。
瓶は3本が液体、もう2本が粉粒がそれぞれ入っている。
「坊主、商売道具は大丈夫だったのか?」
ラッヂさんが気になったのか話しかけてきた。
「はい、無事でした。よかった。
これでみなさんに僕の自慢の芸を見せられます。
少し準備をさせてください。
それから、少しあかりが欲しいので
窓を開けていただけませんか?」
くもりガラス状の窓では光の入りが少ない。
その窓の前に人が立っていることもあり、部屋はかなり暗かった。
日差しは登ってきているので外は十分に明るいはずだ。
見物したいなら、明るい方が良いと考えるのは自然だ。
マーグ兄貴とアイコンタクトでラッヂさんはOKと判断したらしい。
僕たちの脱出経路確保に
といっても、窓を開けてから、その窓の前に陣取って、通してくれる気配はない。
「みなさんはショーをご覧いただきたいので今回はこの執事さんに芸の
異論の声はない。
「
でも大丈夫です。
彼が動かなくても、僕の芸には支障はありませんから」
床に広げた敷き布の上にドネットさんを載せる。
移動する時に呻き声を押し殺していたので、痛みを
『もう少しだけ我慢して欲しい』とドネットさんに
必ず連れ出して、一緒に屋敷に戻らないと、そのための種を一つ一つ仕込んでいく。
2本の瓶の栓を抜き、中の液体を布に垂らしていく。
部屋の中に清涼感のある香りが広がると同時に、甘い蜜のような香りも混ざっていく。
どちらもアロマ効果やフレグランスにも使われる精油で、混ぜ合わせて使われることもある。
「なんだ、この匂い?おい、坊主!何をしている?」
「この香りはアロマ効果でリラックスできるので集中力を高めたい公演前やリラックスして眠りたい時などに使っています。
体に害はなく、むしろこの香りを嗅ぐだけでも美容と健康に効果があると言われることもあります。
今日は見物客がたくさんいるので、いつもより多めにアロマをきかせています。
これ、高いんですよ?
一本で300ダルクはくだらない。
今日はみなさんのために出血大サービスですよ。
では、これで、準備が、出来ました~!」
精油を染み込ませた布を
「もったいぶらずにさっさと始めろ」
「マーグさん、かしこまりました。
今からお見せするのは、この目の前の
本来は
一瞬にして!
目の前から消して見せましょう!!
みなさまの拍手で始めさせてください。
さあ、拍手、拍手〜!」
声を張り上げ、大仰に手を広げて拍手を煽る。
見物客達のおざなりな拍手に大仰なお辞儀で答えてショーを開始する。
まずは屈んで、ドネットさんを敷き布にすっぽりと包み込む。
「まずは、このようにアシスタントの方をこの敷き布でキレイに覆い隠します。
それから、特別な呪文を唱えて、彼をきれいさっぱり消して差し上げます。
さぁさ、みなさんもご一緒に!」
僕はわざとらしく場を盛り上げるため、どこかで聞いたことのあるような魔法の言葉を見物客たちに合唱させる。
「アブラカタブラ〜オープンザセサミッ!
はい、もっと大きな声で〜!
アブラカタブラ〜オープンザセサミッ!
はい、そこ、黙ってないでご一緒に〜
後ろの方も〜
アブラカタブラ〜オープンザセサミッ!
そうそう、いいですよ〜
喉が温まってきましたね〜!
アブラカタブラ〜オープンザセサミッ!!
そのまま続けて〜!!」
しつこいほど、そして見物客全員を見渡して、口を開いていない人を指さし、楽し気な笑顔を浮かべ、ノリのいいリズム感の手拍子をする。
次第に諦めたのか、この部屋にいる誰もが大きな声で呪文を大合唱していた。
もしかしたら、僕は役者とかできるかもしれない。
「「アブラカタブラ〜オープンザセサミッ!」」
その瞬間、みんなの掛け声にタイミングを合わせて。
「
【この者を隠匿せよ】
本来の呪文を唱える。
これでドネットさんの姿は誰にも見えなくなった。
もちろん、一時的に見えなくなっただけで、消えたわけではない。
その上、ドネットさんのような大きな物にはこの呪文をかけたことがないので、逃げおおせるまでに魔力が持つかは賭けだ。
「はい!
ありがとうございます!
みなさんのご協力によりアシスタントは消えてしまいました〜
その証拠に僕の手にあるこの
この布を切り裂いても中には誰もおりません!
目を逸らさずにしっかりとご覧ください!
参ります!」
見物客の何人かはごくりと
荒事には慣れているのかと思ったが、それほど熟練した集団ではないのかもしれない。
「やーーーー!!!!」
敷き布を一気にドネットさんの頭の方からつま先の方まで大胆に縦に切り裂い開いていく。
途中で手足の縄があるので気をつけて切断しながら、
あくまで観客の目にはまるで手応えがないように見せなければならない。
わざとらしく大声を上げたのも、
敷き布を切り開き終えて、改めて二つに切り裂かれた敷き布を持ち上げる。
ドネットさんの体が誰からも見えていないので自然とどよめきと拍手がまき起こる。
「やるじゃねえか坊主!!」
「すごいぞ!本当に消えちまった!」
「坊や、後でどうやったのか、こっそり私にだけ教えてちょうだい?」
「ズリーぞ!俺にも教えろー!」
僕は手を大きく広げて、声と拍手を制す。
「みなさん、落ち着いてください。
まだこのマジックショーは途中です。
ここに先程の
では、後半戦です!」
僕がまた、大仰に手を広げてお辞儀をすると、今度は何も言わずに拍手が起こった。
先程とは比にならない大きな拍手で、たった
僕の目には温度変化でドネットさんの動きを目で追える。
姿を見えなくして、ドネットさんを縄から解放するのが、僕が脱出に賭けた1つ目の作戦だ。
幸い、脱出経路の1番の懸念であった窓の外の敵の排除はバレずに達成してくれた。
そろそろ僕の方も始めないと。
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