第38話 脱出計画③

 ついに準備が整った。


「お待たせしました!


全ての準備が整いましたので、

復讐の補佐アシスタントを蘇らせましょう!!」


 昨日務めることになったDRM's Barrels Saloonダーラムの樽酒場の店名入のマッチ箱を取り出し、1本のマッチに素早く火を付けた。

それを先ほどドネットさんを包んだ敷き布に着火させる。

火はみるみる僕の敷き布を焼き焦がしていく。

さようなら。僕の敷き布。


 息を大きく吸い込み、声量を整える。


「我が名はヘテロ!ヘテロフィロス・オスマンサス!


我が友ドネットは身も心も潔白けっぱくな若者であった。

しかして、ここにいる悪人共に殴り殺され、無念の最期を遂げたのだ!


古の神々よ!

どうか彼に復讐の機会を与えたまえ!

私はヘテロ!ヘテロフィロス・オスマンサス!

私とドネットの魂の重さと、今ここに集う悪人共の魂の重さを計りたまえ!

神々よ!

お答えください!」


 僕が大声で叫び始めた直後、魔法陣の線の一角に火が近づいた。

火は一気に魔法陣全体に燃え広がった。


「なんだ!!?坊主!!この火はなんなんだ!!?」


 魔法陣に灯る火の色は緑。

五芒星ペンタグラムの頂点にある香油アロマ布は紫の火を揺らめかせ、部屋を明るく揺らす。


「マーグさん。

これが冥界の炎、魂(バー)の揺らめきのようです。


そして、すでに復讐が始まっていたようです」


 どさり。


 左にいた猫背男が倒れる音だ。

よく見れば首に麻紐がくい込んでいる。


 ドダンン・・・!


 今度は大男が奴床に倒れた。

苦悶くもんの表情を浮かべて泡を吹いている顔が緑と紫の火に照らされる。


「次は誰でしょうか?」


 ラッヂさんを見ながら、僕はわざとらしくゆっくりと、そしてハッキリとした口調で尋ねる。


「ひぃ!!ごっ!!?があ!!?!」


 みなの視線がラッヂさんに集まった状態でラッヂさんが首をきむしりながら苦しみ始めた。


 きゃああああーー!!!


 その不自然なラッヂさんの苦しみようをまざまざと見てしまい、カーヤさんと隣の女性は抱きしめあいながら悲鳴をあげて震えている。


 どさ・・・


 ラッヂさんが倒れた。


「おい坊主!あの執事を殺ったのはこの3人だ!

俺たちは見逃してくれるんだよなぁ?!おい!」


「マーグさん。


僕は何もしていません。

なので、僕がなんと言おうと、ドネットさんがしていることを止める権利は僕にはありません。


そして、マーグさんやカーヤさん、魔法使いさんや女性と右の男性にもどうやらあまり時間は残っていないようですよ?


その炎は、たとえ逃げても追いかけてくるようですね」


 足首に巻き付けてもらった麻紐にも火が引火して僕とドネットさんを覗いた全ての人に紫の火がじわじわと迫っていた。

身動きをしたマーグ兄貴が、その炎が全く遠くならないことに僕の説明が効いたようです。

逃げるのをあきらめて、魔法使いのバンジーさんに助けを求めだした。


「バンジー!お前、魔法使いだろ!!?

どうにかなんねぇのか!!?」


「マーグの旦那、俺にもこの魔法の仕組みがわからない!

南西の巨大遺跡のある国の魔法なんて知らないんだ!!」


 普段、ささくれの多い麻紐を手に馴染むようにろうを塗っていたのが役に立った。

マーグ兄貴もバンジーさんも、みなさん怖がっているのですが、実はそれ、ただの日用品です。


「く、くそ!!

おい!!こら!!

ドネットとかいう執事!!

俺たちは関係ないだろ!!

なあ!助けてくれ!

俺だけでも見逃してくれ!!」


「そんなに騒がなくてもすぐにお仲間の所に送って差し上げますよ」


 ドネットさんの声がした。


ヒュっボグッ!


 どさり。


 マーグ兄貴が受け身も取らずに床に倒れこんだ。

首筋に細長い棒のようなもので殴打された跡がある。

ドネットさんが何か手に持っている棒のようなもので殴って気を失ったらしい。


 恐怖に凍りつく人達と対照的に部屋の中にあった木箱などにも引火して

とても熱くて明るい。

早いところケリをつけてしまわないと、そろそろ僕の魔力と体力が限界に近い。


「魔法使いさん。

この円に入って、冥府の炎を体感してみませんか?


こちら側の景色を見て、新しい知識を身につけるチャンスかもしれませんよ?」


 僕は口角を吊り上げて怪しげに手招きした。

魔法使いのいる場所は左右とも魔法陣に近く、壁際なので逃げ場がない。と思わせている。


「い、嫌だー!!!死にたくない!

私はまだ死にたくない!!

冥府の炎なんて知らなくていい!!

私は生きてさえいればそれでいいんだ!!!」


 心理誘導がしっかりと効いているようだ。

本当はただの炎色反応で、油や蝋と試薬を混ぜただけの普通の火だ。

この魔法使いを何とかしない限り、睡眠魔法以外の手の内は知らないのだから逃走にはリスクが残る。


「あなたが来ないなら、冥府の炎をあなたに差し向ければいいのですね」


「や、やめろ!!なな、な何をする!!?

うわああああああああああああああああぁぁぁ!!!!」


 僕は取り出していた3本目の瓶を手に、栓を開け、中身の液体を魔法使いにぶちまけた。

その液体に炎が引火し、あっという間に魔法使いを火だるまにした。


「ほら、どうです?

その炎は熱いのですか?

それとも冷たいのですか?

あはははは」


 ほどなくして、魔法使いのローブは燃え尽きた。


 がしゃん。


 錫杖しゃくじょうが鳴り、その上に全裸に近い魔法使いが意識を失って泡を吹きながら倒れ込んだ。


 液体の正体は、高濃度に蒸留したアルコールとエタノールだ。

引火しやすく取り扱いには注意が必要だ。

アルコールは燃えると二酸化炭素と水になる。

火傷は負うかも知れないが、作り出された水分が蒸発していくので、燃えた時の温度はそれほど高くはならない。

それでも、他のものに引火する危険は十分にあるので、間違っても火の気のあるところでぶちまけてはいけない。

良い子はマネしないように、悪い子も損害賠償とかが嫌ならやめておこう。


 魔法陣と香油アロマ布の炎色反応も燃え尽きてきた。

残った3人は、背の高い男が1人、恐怖で泣き叫ぶ女性が2人。

このくらいでいいだろう。


「ドネットさん、そろそろ帰りましょう。

借りは返せましたか?」


 姿くらましの魔法を解いて、ついでに温度検知の目も解除する。

魔力はもう残り少ない。


「おまっ!!!!?

死んだんじゃなかったのか!!!?」


「嫌だなぁ。

僕が本気に冥府に人を送ったり、死人を蘇らせたりすると思ったんですか?

あはははは」


「ふえええ?」


 泣きべそをかいている女性2人も僕を見る。


 僕は目の前で手拍子をひとつ鳴らす。


「御三方にお願いがあります!」


 部屋に転がっている男性陣を指さして。


「この部屋にいる人たちと、外で倒れている3人が目を覚ましたら、この薬を飲ませてあげてください」


 3人は一様に驚いた顔を見合わせる。


「俺はてっきり、マジで冥府の使いなんじゃないかと・・・」


「ええぇ〜・・・心外ですぅ・・・。

元はと言えば!

あなた達が僕たちをさらったりしなければ、こんなことにはならなかったんですからね?」


 お説教モードで薬の効能と適切な使い方を説明した。

ドネットさんにも2本目の回復薬を飲んでもらった。

怪我をしていたドネットさんがあれほど機敏に動けたのは、姿くらまし直後に飲んだ回復薬のおかげもあるだろうけど、もともとのドネットさんの身体能力もしかるものだといえそうだ。


 僕は荷物をまとめた。

軽くなってしまった荷物の損失はかなり大きいが、ラッヂさんの懐から回収した25枚の銀貨とDRM's Barrels Saloonダーラムの樽酒場の稼ぎを続ければ、まあ何とかなるだろう。


 人さらい集団のアジトから出ると、そこはスラム街の近くだった。

土地勘のあるドネットさんの提案で、スラム街は迂回うかいしてお屋敷への家路についたのだった。


ドネットさんにも疲労もあるだろうに、快く荷物持ちに徹してくださって、本当は、僕一人ではどうにもならなかったし、ドネットさんの動きは僕の予想以上の成果を果たしてくれた。

あんな杜撰ずさんな作戦に、何も反論せずにやり遂げてくれた。


 この一件で、僕とドネットさんの間には、確実に信頼関係が生まれたと思う。

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