第34話 初仕事を終えて

 長いようで忙しくてあっという間に過ぎていった時間だった。

薬草を採集している時も、時間の感覚としては似たような感じだ。

ただし、お店で働くというのは薬草採集よりも精神的な起伏きふくが激しくて、より疲れるという印象だ。

やってみると難しいことはなくて、お客にしっかり向き合って、できることを着実にこなしていくという印象だ。

お屋敷に閉じこもっていては体がなまってしまうので、よく動くこういった体力勝負の仕事も悪くないのかもしれない。

服装を除いては・・・。


 接客中に困ったことは、後半につれて酔ってベロベロになっていくお客の対応だ。

肩や背中を突然触られるのはしょっちゅうで、お腹や太ももを触ろうとする輩までいた。

お店の方針上、店員への手出しは禁止だ。

そういった従業員への必要以上の接触は、ナンシーさんやエルミさんは逐一ドースさんに報告して絞り上げてもらえているようだった。


 絞り上げられた輩は、飲食代と慰謝料としてほとんどの有り金を巻き上げられる。

巻き上げられた慰謝料は、セクハラされた従業員に9割支払われる。

残り1割をマスターとドースさんが分ける、ということになっているらしい。

他の店はどうしているのかは知らないが、利益の出し方がエグいものはあるが、マスターが決めたこの方針は、従業員の利益が優先されていることには違いがない。

経営しているマスターに、従業員思いの一面があるのだろう。


 お客側も意識のあるうちは接触を自粛してくれている。

きっとドースさんに目をつけられて困らない人は少ない。

が、あくまで意識があるうちだ。

悪酔いしたり、意識を飛ばしかけている人達は、僕やナンシーさんにセクハラまがいのボディタッチを仕掛けてくる人もいる。

常に周りを気にしていないといけない状態で、後半は常に神経を使う状況だった。


 ナンシーさんいわく、それが日常茶飯事らしい。

僕のような身長150cm弱の小さくて明らかに若い娘(女装男子)にセクハラなんてしてくるわけがないと思っていたが、認識が甘かったようだ。

何度かお尻を触られかけてギリギリでかわした。

10回近く、胸(パットオンリー)に手が伸びてきてはたいた。

際どい事をする人はだいたい決まっていて覚えたので、次回はあまり近寄らずに対応しようと思う。

ナンシーさんもよく見たらお客によって対応をうまく使い分けてすり抜けている様子だった。


 今日のところは初仕事ということもあり、クレアンヌさまの依頼の方まで気が回らなかった。

人さらいという物騒な会話が聞こえた気もするが、それところではなかった。

噂されているくらいだ、またいつでも聞けるだろう。

それよりも、お給料+慰謝料+特別報酬は目を疑う金額だった。

マスターから渡された革袋には、2万2300ダルクで、銀貨22枚に銅貨300枚が入っていた。

それから、お客からサインなどの礼に貰った3300ダルクを両替してもらい、銀貨3枚と300ダルクになった。

銀貨25枚で金貨1枚分とも両替できたが、使い勝手を考えて銀貨のままにしておいた。

たったの4時間で金貨1枚。

この街の普通の相場感としても、一月分の給料でも金貨1枚に満たない人もいると聞いたので、相当に稼げる仕事のようだ。


 店の片付けは、仕込みもあるマスターとドースさんがするということなので、僕や他の従業員は帰り支度を整えた。

みんな早々に店外に出ていく中、僕は慣れない衣服の着替えに手間取ってしまって最後に店を出た。


 外で4人が僕を待ち構えていた。

ナンシーさん、エルミさん、ハミルさんにドネットさんだ。


「フィーロ様、お疲れ様でございます」


 先に出た3人が一斉に僕とドネットさんを注視する。

エルミさんが目を丸くして声を上げる。


「フィーリスちゃんって何者なんですか!?

執事がついてるなんて貴族のなんですか!?」


「申し遅れました。

私は、クレアンヌ・メイ・ジョゼフィーヌ・フォン・ハルト・ブロッサムベリー様にお仕えしております。

ドネット・ダンと申します。

こちらのヘテロフィロス・オスマンサス様は、現在、当屋敷に招かれているお客人でございます。

今夜は私がフィーロ様の同行と警護を仰せつかっております」


 流暢に話し終えたドネットさんが綺麗な一礼を披露する。

みんなは本物の貴族の執事の振る舞いに圧倒されているようだ。

パフォーマーにおくるかのように軽く拍手をしている。

顔立ちの整った美青年のその立ち居振る舞いは見ていて飽きることはないだろう。

そんなドネットさんが僕の後ろに1歩下がる。


「あの、僕は歯牙いがない旅人です。

縁があってクレアンヌさまにお世話になっていますが、僕自身は貴族ではなく平民なので、みなさん敬語とか必要ありませんからね。

それから・・・すみませんが・・・、外では『フィーリス』と呼ぶのはお控えいただければと思います。

フィーロと呼んでくださる方が僕としては助かります」


 僕はドネットさんの説明に補足する。

ドネットさんのような優雅さの欠片もないが、それでいいと思うのだ。


「いやぁ〜。このカップリングは結構私好みかも・・・髪の長い美少年と貴族の執事の美青年・・・尊い・・・」


 ぶつぶつ言いながら手を合掌の形にしているのはナンシーさんだ。

東南の海洋国家にそのような風習が残る地域もあるというが、正直、僕には何を言っているのかさっぱりだ。

世の中は広く、まだまだ勉強不足なのだと実感する。


「挨拶がおざなりで申し訳ない。

エルミの兄のハミルという。

同僚としてよろしく頼む、フィーロ」


 ハミルさんは僕に握手を求めてきた。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 ハミルさんの大きな手を握り、握手を交わす。

真っ直ぐに僕を見つめるその目には、真面目そうな雰囲気を感じた。

実際、職場では一番寡黙で淡々と仕事をこなしている印象がある。


「改めて、エルミです。

よろしくね。フィーリ、あ、フィーロちゃん」


 エルミさんとも握手を交わす。


「よろしくお願いいたします、エルミさん」


「あ〜!なんか私だけ除け者にして〜!

フィーリスちゃんよろしくね〜!ぎゅ〜うっ♪」


 エルミさんの手を離したところで、ナンシーさんに後ろから抱きしめられる。

長身のナンシーさんは僕の後頭部に胸が当たる格好だ。

着替えてる時にふと香ってきたフレグランスが近く感じる。

あれはナンシーさんだったのか。


「い、一応、ナンシーさん。

僕に対してそれは、セクハラですからね」


 僕の冷めた反応を見てパッと離れたナンシーさんはいたずらがバレた時のようなテヘペロを浮かべている。


「う〜ん。

やっぱりフィーリスちゃん女の子の時の方が可愛いなぁ。

もっとキャッキャウフフの女子トークができる妹が欲しかったのにな〜」


「そもそも僕は女子じゃないですし、妹にもなりませんからね?

先輩後輩として、よろしくお願いいたします」


 僕はナンシーさんに握手の手を差し出す。


「可愛い後輩には違いないし、男の娘だもんね。

そこはなんとか妥協するとして、改めてよろしくね。

フィーリスちゃん♪」


 ナンシーさんには敵わないかもしれないと思うことがある。

なんというか、サバサバとしている時もあり、オーラがあるような、謎の押しの強さに負けてしまいそうな感覚を覚える。

ギュッと握り返された手は柔らかくしなやかで、僕の細い手指よりも丸っこくて女性らしさがある。

香ってくるキンモクセイのフレグランスも人好きのするセンスのある選択チョイスだと思う。


 ナンシーさんは20代くらいだろうか。

店のことをよく分かっていてマスターともウマが合う。

仕事も卒なく、愛想も良く、容姿も陽気な雰囲気も、てもお客に受けが良い。

ナンシーさんを目当てに店に通っている人も今日だけでも数十人いた。

入店直後から、ずっとナンシーさんを目で追うお客も目につくほどいた。

僕が注文を取りに行ったらものすごく驚かれたりもした。


 エルミさんとハミルさんの兄弟は、ナンシーさんより少しだけ若そうだ。

2人とも真面目で優しい。

エルミさんは僕やナンシーさん、厨房のみんなをよく見ていて、何かと世話を焼いてくれたり、サポートをしてくれる。

ハミルさんは好青年といった印象だ。

黙々と仕事につとめる寡黙な青年は、キラキラ、燦然さんぜんと輝くタイプではないが、星のように静かな光としてそこに佇んでいる安定感と安心感がある。


 後片付けと仕込みを行っているマスターとドースさん。

ドースさんはマスターの右腕、兼お店の用心棒。

その太い腕に抱えられて店外に退出させられるお客は、首や肩、手足をがっちりときめられて、苦愚くぐしい悲鳴をあげていた。

料理の方も手つきが良く、素早く食材を等分していく。

頼りになるおじさんといった感じだ。


 マスター。

性格に多少問題があるが、ノリと気前が良く、問題をうまくリカバーしているように思う。

ここにいるみんなの職場ストレスの少なさをみれば、良い経営者なのだろう。


 仕事仲間のみんなに別れを告げて、ドネットさんと家路に着く。

不思議な感覚だ。

家に帰るという行為は、遠い昔の記憶の片隅にしかない。

連日同じところで寝るのもその時以来だ。

最後に見た父様の心配そうな顔。

僕は今日、一日にして一カ月分以上の稼ぎを上げた。

父様。心配いらないよ。僕は生きています。

生き延びています。だから、父様も・・・。


 いつの間にか馬車に揺られながら、どこかから魔力の流れを感じたが、すでに意識が遠のいており、目を開けることはできなかった。

疲労感も手伝って、僕は深い眠りに落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る