第32話 新人

 話しながら服を脱がされ、いつの間にか女物の下着を付けられ、パット?

とかいうものや布を丸めたもので胸のサイズをテキパキと調節するナンシーさん。

すごく手つきが慣れている。


「よしよし、可愛い!

どや〜」


 と言いつつカーテンを開けて厨房に押し出される。


 スカートやば。

いつも履いてる半袴とは違って、太ももより上もスースーしていて晒されてる感じがなんとも心もとない。


「ふうぅ⤴⤴⤴!!

君、採用!!!」


 テンションが高まったマスターの声。


「さ、採用・・・」


「名前なんて言ったっけ?」


「ヘテロフィロス・オスマンサスと申します。

よ、よろしくお願いいたします」


「じゃあ、フィーリスちゃんでいいね!

よろしくぅ⤴」


 マスターはノリノリで名札ネームタグに『♡フィーリスちゃん♡』と綺麗な丸文字を書いている。

あれ、僕がつけるの?

僕の顔が青ざめていくのを気にせずにナンシーさんが僕の手を取る。


「よろしくね!

フィーリスちゃん♪」


「ナンシーさん、よろしくお願いいたします」


「いやぁ〜♪

我ながら可愛く仕上がったわ〜♪

妹ができたみたいでなんか嬉しいな〜♪」


 隣で頬を擦り寄せる勢いでナンシーさんがはしゃいでいる。

ナンシーさんの悪ノリで化粧も少し施されてしまった。

チークや淡い色の口紅。

僕はこんな格好をさせられて、悲しんでいいのか、採用されたことに喜んでいいのか、混乱していた。


「フィーリスちゃん、私はエルミ。

よろしくね。

こっちはハミル、私の兄よ。

そして、そこのおじさんが、ドースさん」


「そしてこの俺が、DRM's Barrels Saloonダルムス バーレルス サルーンのマスター!

イェール・ヴァンドーロだ!

よろしくぅ⤴

フィーリスちゃん!!」


 誰も僕の男読みの名前を呼んでくれない。

昼間ジュリーさんに敬称なしを強制していたのは僕なので、巡り巡って来たのだろうか。


「みなさん、本日よりよろしくお願いいたします」


 挨拶は大事だ。

どんな状況でも、相手の挨拶を無視してしまえばどうやっても関係はいい方には行かない。

これからお世話になるのだ。

礼節はわきまえよう。

気持ちを切り替えて、今日はお仕事を頑張って覚えよう。

この経験は無駄にならないよね。

ね、師匠?


 何事も経験じゃという師匠の顔が目に浮かぶ。

少し面白がっている顔でもある。

くそう。

一旦忘れよう。



━━20分後


 メニューのとり方や接客の基本をエルミさんに教わって、いざ、お客さんの前に出る段取りになってしまった。

覚えが良いとか表情がすごくいいとかひたすら絶賛されて、悪い気はしないのだけれど、本当にこういう接客するお仕事は初めてで、すごく緊張している。

この格好でなかったらもっと緊張せずにいられたかもしれない。


 しかし、ここまできたらもう後戻りが出来ない。

クレアンヌさまの依頼を反故にしてこの街から永遠に姿を消すか、恥を忍んで依頼を達成するかだ。

逃げる場合、ブルーベルさんの追っ手をまく必要もあるし、マルコーさんとクレアンヌさまの植物食のノウハウは得られないし、路銀も心許なく、手持ちの売り物も残りわずかだ。

恩も返せないし、先行きも怪しくなる。

今だけ耐えれば、依頼もこなせて路銀も何とかなる。

ここは精神を統一して、無に徹しなくては。

あくまでお仕事として割り切ってしまえば、僕にとっても良いことだらけなはずなんだから。


 そんな僕の苦渋の決断や葛藤を無視するかのように、

ナンシーさんとマスターの2人が店中、

あるいは店の外まで聞こえるハイテンションラージボイスで、

店の新人を大々的に紹介しでかした。


「みなさ〜ん!

ちゅ〜も〜く!

今日はなんと〜!

私にきゃわいい⤴︎ ⤴

後輩ちゃんが誕生しました〜!!

いぇ〜〜〜い!!」


 大きな板にフィーリスちゃんと書かれた札を持ち上げ、

客席みんなに見えるようにゆっくりと回しながら

ハイテンションなマスターがみんなに語りかける。


「イェー!!

当店『DRM's Barrels Saloonダルムス バーレルス サルーン』のニューカマー!!

旅人ウェイファーラーから給仕ウェイトレス鞍替えジョブチェンジした!!

期待の新人!

フィーリスちゃーん!!!

皆も声を合わせて呼んでくれい!!

せーの!!!」


「「フィーリスちゃーん!!!!!」」


 ノリの良い客やほろ酔いの客たちの、主に男性客たちの野太い声が鳴り響く。

鼓膜が震え、店すら微かに揺れた気がする。

うわぁ。

絶対あかんやつだ。

出ていったらあまりの微妙さに白けるやつだ。

女装野郎って明日から後ろ指をさされるのかもしれない。

怖い。

マジ怖い。

でも、出ていかないときっと首だ。

行くしかない。


 厨房の扉から恐る恐る外に出る。

一瞬の静寂。

正直、終わったと思った。

凍りつかせるくらいダメだって思ってたから、それが現実となったんだって。

僕の中で白ける現実があまりにも支配的だったので、次の瞬間のできごとが半ばまでは他人事のように感じた。


「「フォーリスちゃ〜ん!!!!」」


 先程とは1オクターブ高い声音で店が今度は本当に揺れた。

口笛を吹き散らす人もいれば、手が赤くなっても大きな拍手を続ける人もいた。

酒をがぶ飲みしながら僕を凝視する人や、

僕に手を伸ばそうとして他の客やナンシーさんにはたき落とされる人、

何故か号泣している人や、ドネットさんの意味深な視線。

やば、最後の何!!?

やばいんですけど!!?

顔見知りに醜態を晒すなんて、あってはならないよ!!?

ヤバすぎるでしょ!!?

心的ダメージが!!!

ぐはっ!!!!


「フィーリスちゃーん!

こっち向いてー!」


 僕の姿をみて何か察した風のお姉さま方が手を振る。


「俺と結婚してくれーー!!」


 野太い声の大男が僕に求婚をせがみ、周りの男性たちが一斉にその大男に殴り掛かる。

口々に僕のを叫んで俺のものだの俺の嫁だのと押し合い圧し合いしている。


「フィーリスさま〜!

とてもお似合いでいらっしゃいますよ〜!」


 仕立て屋の店員のようなセリフだ。

しかもこれはドネットさんの声だ。

』だなんて白々しいけれど、

今は、今だけはフィーロとは呼ばないでくださいどうかよろしくお願い申し奉ります。

同行者が機転の聞く給仕職プロのドネットさんで本当に良かった!

良くないけど。

いいもの見れた的な顔、絶対お屋敷中の人に知れ渡るよ。

こんな醜態で認識されるなんて思ってもみなかった。


 全身の血がドクンドクンと心臓に戻ってきては送り出されて行き、身体中の温度が上昇していく気がする。

先程まで真っ青だった顔にも急激に熱い血が充填されていく。

あまりの急激な変化で立ちくらみを起こしそうになる。

状況的には歓声(?)の声援が多いみたいで、何か答えねばならないと、震える声を絞り出して挨拶をする。


「本日より皆様の給仕を務めさせていただきます。

フィー・・・リス、です。

よろしくお願いいたします」


 下げた頭に血が登り、耳まで真っ赤っかなのが自分でもわかる。

僕を店中の人が見ている。

こんなに注目されたのは生まれて初めてだ。

こんなに多くの人に名前(?)を呼ばれるのも初めてだ。

明日から僕は顔を隠しながら街に出ないと行けないかもしれない。

でないとこんなに狂ったように名前を叫んでいる人達の誰かに出くわしてしまったら、

もし騙している(?)ことがバレてしまったら、

いや既にバレてて恨み(?)を買っていたら、

何をされるか分かったものじゃない。


「イェー!!今日はとびきりの新人が来たんだから、

みんなジャンジャン飲んじゃって、盛り上がっていこーー!!

イェーーーー!!!

フィーリスちゃん!

ジャンジャン注文取っちゃってーー!!!」


 マスターが店中の大騒ぎに負けずに良く通る声で僕に指示を飛ばした。

そうか、僕は給仕だ。

お仕事しないと!


「ご注文を承ります!」


 精一杯声を出して注文を確認する。

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