第31話 ダーラムの樽酒場
たくさんの張り紙の中で1つが目に止まった。
・当店『
この酒場の従業員を募集という張り紙だ。
ここで働けば噂話をいくらでも怪しまれずに聞くことが出来るし、路銀も稼げる。
繁盛店のようなので単価も悪いということはないだろう。
僕にとっては好条件と言える。
加えて、新たに張り紙を依頼してくる人を店側の人間として確認することもできる。
情報の上流の出処を知っておけば、噂集めにもかなり優位に働くことは多いはずだ。
「すみません。
ここのお店のマスターはいらっしゃいますか?」
僕は通りかかった給仕のお姉さんに尋ねた。
「マスターならあそこの厨房にいるわ。
張り紙の依頼かしら?」
「いえ、ここで働かせていただけないかと思いまして」
「お!
それはすぐにマスターの所に行って!
是非とも一緒に働きましょ♪
あなた可愛いし、きっと大丈夫!」
かわいい?
「あ、ええ、では、ありがとうございます。
もし働けることになったらよろしくお願いします」
僕は従業員のお姉さんに頭を下げて厨房の扉に向かった。
「すみませ〜ん。
マスターさんはこちらにいらっしゃいますか〜?」
厨房は戦争状態と言われてもおかしくないほど様々な音に溢れていた。
大声でないと会話もままならない。
5人が忙しなく調理や配膳に追われていた。
鍋を振るっている青年と、食材を刻んでいるおじさんと、洗い物と配膳をする若そうな男女2人と、先程すれ違ったお姉さんだ。
中でも1番年上そうな、あの食材を刻んでいる腕の太い強面のおじさんがマスターかな?
おじさんに近づいて話しかけてみた。
「お忙しいところすみません。
マスターさんですか?
このお店で働きたいのですけれど」
「ん?
なんだ?
俺はマスターじゃあねぇ。
あっちの鍋持ってるのがマスターだ」
「分かりました。
ありがとうございます」
違ったみたい。
年齢で判断できないのは珍しい。
これまでどんな酒場でも、マスターや店主は決まっておじさんかおばさんだった。
いや、旦那や女将だった。
ここは都会だから今までの経験は役に立たないのかもしれない。
気を取り直して鍋を振るう青年に声をかけた。
「すみません。
マスターさん。
僕はヘテロフィロス・オスマンサスと申します。
実は、ここで働かせていただけないかと思いまして」
「いいよ!
君可愛いし、即採用!
あっちの部屋の棚の2番目に服があるから、カーテン閉めて着てみて。
サイズ合うかな?
着てみて着てみて」
「あ、ありがとうございます。
よろしくお願いします。
棚の2番目ですね。
分かりました、お待ちください」
すんなり二つ返事で雇って貰えた。
これは僥倖かも!
棚の2番目、棚の2番目、ここかな?
え・・・あの。
これ、女物なんじゃ?
さっきのお姉さんが着てた給仕服。
この棚、女物しかない?
あれ、おかしいな?
どうしよう・・・。
「マスター?
あの、これ女物なんですけど、僕は男なんですけど」
「え?
男?
それ着ないなら採用は取り消しね。
男でも君可愛いから1回着てみて良さそうだったら採用ね」
「え?
うえ!!?」
「その声なら大丈夫!
絶対可愛い!
着てみて着てみて!
絶対似合う!!
なんなら手伝う?
このマスターである僕の手を貸すなら高いよ!」
「あ、いえ、手伝いは結構です・・・」
あの人、マジだ・・・。
まさかこのヒラヒラを着て人前に出ないといけないのか・・・。
というかこの胸の所のサイズとか絶対合わないじゃないですか。
どうしたらいいんだ・・・。
とりあえず、働くなら着るしかないみたいだし、やめようか。
でも、見たところ、この店以上に人が集まる場所もなかったし、怪しまれずに情報収集できてお金も稼げる。
好条件なことには変わらないし、クレアンヌさまの依頼も達成出来そうだし、うぅんんんんんん・・・。
1回だけ、1回だけ着てみて、マスターが気に入らなければどの道働けないんだし、うん。
1回だけ頑張ろう。
1回だけ・・・。
こんな化粧とかもしてない男と丸わかりな体格のやつが着ても可愛いわけないよね。
背は低いけど。
肩も広くないけど。
そうそう、きっとマスターは忙しすぎて目が疲れているんです。
そうに決まってます。
だから、僕の酷い醜態を見せたら、ちょっとやばすぎて目が覚めるはず!
そう、そうです!
1回だけ頑張ればそこで終了です!
そうしたら今度は男らしい服を用意してくれるかもしれないし、頑張ってみよう!
女物の給仕服。
ワンピーススカートタイプで丈は膝くらい。
ハイソックスと革靴。
肩から二の腕の上の方に膨らみが少しあって、そこからしぼんで腕にピタッと張り付くようになっている。
スカートの裾はフリルが付いていてヒラヒラで、腰からと胸からの2つの
前掛けも大きなフリルリボンで縁取られていてヒラヒラだ。
頭にも被るフリルがあって、ズレないように付けるには何かコツが入りそうだ。
どう考えても男が着る感じではない。
よし、絶対無理。
胸のこの隙間。
どうしよう・・・明らかにダメそうな隙間というか空間。
これでは前かがみになった時にお腹まで丸見えだ。
女性物の下着とかももちろんつけてないので、勘違いされたら大変だ。
僕をそういう目でみる変態に、変態扱いされるのはちょっとキツすぎる。
「あの・・・」
「着たのかい!?
見せて見せて!」
「あぁ、いや、ちょっと問題が・・・」
「ん?
どうしたの?」
「む、胸のところが・・・ちょっとやばそうで・・・」
「胸か?
そうだなぁ。
巨乳ばかりが来ると思ってたからさすがに調整が必要か・・・ナンシー!
ちょっと新人を見てやってくれないか!?」
ん?
なんだろう、あの人から問題発言しか聞こえない気がする。
本当にあの人が店のマスターなんだろうか?
「オッケー、マスター!
さっきの美少女ね!」
バッとカーテンが開き、ナンシーと呼ばれた給仕のお姉さんが入ってきた。
「ちょっと失礼」
「あっ、ちょっ、まっ」
ナンシーさんはいきなり胸元の生地を掴み前にぐいと引いた。
僕のお腹丸見え問題を凝視している。
恥ずかしくて顔が熱い。
「あれ?
ブラつけない派?
すまんすまん。
じゃあ、1回ぬぎぬぎしましょうね〜」
「え!?
脱ぐんですか?
というか僕は男なのでブラとかつけません!」
「そう、脱ぐんだよ。
男?
ごめん、てっきり美少女かと思ってた。
たしかに胸も全くないし、体の肉付きも〜・・・そうらしいね。
でも声もわりと高いし、しなやかな体つきにその顔だから全然行けそう。
むしろお姉さんがもっと可愛くしてあげたいけど、今は時間が無いから簡易的にね。
ほら腕通して〜」
僕の体中をぽんぽんと触って確かめる。
なんの躊躇もなく。
「ぁ、ぅ・・・」
最近本当に見ず知らずの人に服を脱がされてばかりだ。
「いやぁ、お姉さんはかなり良いと思うんだけど。
お客さんの前にこのまま出るのはちょっとね〜」
「はい・・・なので男物のがあればいいんですよね。
次からはそういうの、用意してもらったりできませんか?」
「え〜??
それは無理かな〜?
マスターは絶対君に合わせた女物を用意する人だよ。
あきらめな〜」
「そんな・・・でも、これは酷い醜態なので、さすがにお客さんの前に出したりとか出来ないですよね?
ね?」
「ん〜や?
そんなことないよ?
むしろお客さんもっと見て!
この子どう!?
どうよ!!
ってなると思うな〜私は」
「そんなことありませんよ。
こんなに胸とかもないし男丸出しの女装姿ででてきたら、お客さんが可哀想です」
「君は男の娘を知らないのかい?
いいものだよ〜。
イベントとかでも今もてはやされる時代なんだから。
新人君も有名になれちゃうかもしれないくらい可愛いから大丈〜夫!!」
ふんすっ!
と鼻息荒くそうおっしゃるナンシーさんでした。
ちょっと何言ってるのかわかりません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます