第28話 ジュリー

 今日はダーラムの中心に近い、南東側のエリアに来た。大きな通りで、行き交う馬車も多いが、広い道幅によって十分な間隔がある。祝祭日には多くの屋台が並び、ダーラム民の憩いの場となっているらしい。今日は平日なので人出は少ないというが、見渡す限り僕がこれまで目にしてきた町村の人口を軽く超える人々が集まっている。


 通りに面した建物は3階建て以上のものが多く、各棟が繋がっていて無数の窓がある。これらの建物は、インスラと呼ばれる集合住宅で、木とレンガを組み合わせた建材で出来ている。1階部分は店になっていて、2階以上は人が住んでおり、人気の通りに面しているため空き家がほとんどないという。


「この商店通りには、主に道具や雑貨、家具などを扱うお店が多いの。今日はどんなものを探してるの?」


 馬車を降りて、一先ずジュリーさんが通りの特徴を説明してくれる。


「その前に、ジュリーさんの今日の服装なんですけど、どうして僕の旅服に似せたものを?」


「こ、これは・・・。フィーロ様がご当主様の依頼をこなすには、案内役も目立っちゃいけないから、この方がいいって言われて・・・」


 僕はジュリーさんの服装を改めて観察する。ジュリーさんの周りを1周して考える。


「フィーロ様?・・・え?あの・・・え?」


 真剣な目で全身くまなく見られるのは誰でも居心地が良いとは言えない。ジュリーさんは少し俯き加減で上目遣いでこちらを見てくる。僕は思ったことを正直に伝える。


「ジュリーさんのその服ですが・・・もしそのまま旅人や商人の前を歩いてしまうと、たぶん悪目立ちしてしまいます」


「え?フィーロ様の服にすごく似てるのに、ダメ、でしたか?」


「完全にダメってことでは無いのですけれど、普通に旅をしていたら、もっと汚れたり擦り切れたり、糸が解れたり生地にダメージがあるものです。でも、今のジュリーさんは汚れひとつなく完全な新品です。この街に、その服と同じものが売っているお店があれば別ですが、たぶん手作りのようなので、売っていないものですよね?」


「これは、うん。アヌエスが昨日頑張って作っていたもので、この国では同じようなものが売っているお店はないと思う」


 1日か2日でこれほどの衣服を仕上げられるなんて、アヌエスさんの睡眠時間はあったのだろうか。


「そうですよね。それなら、普段から旅人達を相手に商売している商人の目はごまかせないし、同業者なら尚更なおさら違和感が強い。だから悪目立ちしてしまう。自分から潜入していることをバラしているようなものです」


 不安げに僕を見上げるジュリーさん。


「じゃあ、私はどうすればいいの?」


「簡単な方法は、汚れをつけたり、生地ダメージを付けることです。僕が旅をしていて、よく補修が必要になる所に解れや擦り切れをつけたら、多少はバレないように仕上げられると思います」


「わかった。どうすればいい?」


「いえ、今は道具もないですし、この通りを見て回るだけなら、この街の人向けのお店しかないようなので大丈夫だと思います」


「ここを見たら、1度お屋敷に戻るの?」


「はい、ここを見てその後はお昼ですから、一旦お屋敷に戻りましょう。午後にその服をどうにかして、夕方頃に酒場とか旅人が集まりそうな所に案内して頂くことは出来ますか?」


「夕方に外出されるのですか!?」


「ジュリーさんは案内だけしていただければ大丈夫です。酒場には僕一人でいきますから」


「私もいきます!」


「ダメです」


「即答!?なんで!?」


「ひとつは、酒場は酔っ払った人が沢山います。女性は酒場の従業員か、団体の中に1人、2人いるかいないかで、ほとんどが酔った男です。酔った人間は狼です。基本的に女の子が入るような場所ではないのです。2つ目に、たとえ僕と同伴でお店に入ったとしても、僕は弱いので数人の男たちに囲まれたら、まず間違いなくあなたは1人になる。これがどういうことかわかりますね・・・。3つ目、」


「う、わかる・・・と思う・・・。って、まだあるの??」


「はい、3つ目は、ジュリーさんの話し方です。


二言三言話すと明らかにこの街の訛りがあって、現地の人だとわかってしまう。


4つ目、ジュリーさんはとても若くて可愛らしくて、隠しきれない女性的な体型です。


そんな人が飢えた雄達の前に躍り出たら、みんな狂ったように飛んできます。


魅力的な女性は罪ですね」



「訛り・・・知らなかった・・・私って訛ってる?


はえ??!!かわ!!?じょせいてき!!?狂っ??!


み、みみみ、みりょくてきな罪!!!!!?????」


「ジュリーさん!声が、大きいです!」


「だ、だだだだだだって!そんなこと!!うち、いわれたことなか!!


多少声張るくらいしょーがないわ!!」


 バシンッバシンッ!!


「いっ痛!?痛いです、ジュリーさん」


 さすが、僕を一人で担ぎ上げてベッドに運んだだけはあって、力強い一撃一撃が背中に入る。


この街の文化なのだろうか?なるべく褒めない方がいいのかも??


口調もいつもよりさらに訛りが出てきているような気がする。


「あ、ご、ごめんなさい、フィーロ、様」


「そうそう、5つ目。フィーロと呼ぶのをやめましょう。


少なくとも、誰が見ているともわからない街中では、敬称は無しです。


呼び捨てにしてもらわないと困ります。


格好だけ同じようにしても、立ち居振る舞いで違和感を与えてしまっては元も子もありません」


「よ、呼び捨て?うちが、フィーロ様を?」


 どうしたんだろう?

さっきから、一人称がじゃなくてになっている。

これがジュリーさんの素なのかな?


「とりあえず、3回呼んでみてください。


僕もこの後からさん付けはしないので、2人とも慣らしていきましょう。


いいですね、ジュリー」


「い、いい・・・よ」


 また耳を抑えている。


僕もパーティを組むのは久方ひさかたぶりなので、気を抜くと素が出てしまう。


気をつけてさん付けを取らないと。


「ジュリー、さあ、呼んでみて」


「・・・ーロ」


「それじゃ聞こえないよ、ジュリー?」


「わ、わかった!わかったからそんなに名前呼ばないでよ!」


 バシンッ!!


「うっ!!わかった、名前はなるべく呼ばないようにするよ」


 重い一撃。これがDVか。DVってなんだろう?


わからないけど、どつきバイオレンス怖い。


「フィーロ、フィーロ、フィーロ!これでいいのよね!?ね!?」


「うん、よく出来たね。この後からもそれでお願いするよ。


では、ランタンを買おうと思うんだけど、お店案内をお願いしてもいいですか?」


「うん、わかった。フィ、フィーロ、こっちのお店だよ」


 ジュリーさんに手をとられてぐいぐい引っ張られる。


足がもつれないようについて行く。


心なしかジュリーさんはすごく嬉しそうだ。

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