第29話 同行者

 僕はやっぱり、女性のことはよく分からない。

僕がまだ幼い若輩者だからか、

昔パーティを組んだ女性4人組みには寝込みを襲われかけたこともある。

昼間普通に話していた人が、

夜になった途端に豹変することは、

男も女も変わらないことを僕は知っている。

だからこそ、昨日は少し眠りが浅かった。

隣の部屋に、僕の部屋の鍵を持った人達が常に見張っているのは、

精神的に少しきたみたいだ。

今朝、何事もなかったことは少しほっとしたけど、

これから毎日何も無いとは限らない。

予防策が組めればいいんだけど。

魔法を使えば、部屋の扉を僕しか通れないようにできなくは無い。

でも、それを毎日使うのは触媒も足りない。

何より魔法に頼りすぎるのは師匠や僕の流儀ではない。

しばらく寝不足が続くかもしれない。

いつでも起きられるように、

深い眠りをなるべく避ける必要がある。



 お屋敷の庭。

おいしいお昼ご飯をたらふく食べた僕が大きなあくびを1つしていると、

ジュリーさんが服の裾袖すそそでを泥まみれにさせて

こちらをジト目でにらんでいる。

さすがに僕も新品の服を汚すのは心苦しい。

だけど、どうしてもと僕の依頼に同行するならリスクを減らして貰わないと、

僕じゃそのリスクの肩代わりが出来ないかもしれない。

新品の旅服やマントを盗まれたり、

ひったくられたり、さらわれたり、

そんなことは何度か経験してきた。

だから新しいものを買っても、

その場で身につけて歩くのは危険な事だと知っているし、

少し目につく汚れや傷を付けることでリスクを最小にできることも

既に実践経験じっせんけいけんから心得ている。


「裾や袖は良く汚れていますね。

でも、旅をしていたら全身が汚れることが沢山あるので、他が綺麗すぎます。

もっと体全体に泥をつけるようにお願いします」


「フィーロ、本当にこれをしたら同行させてくれるのよね?」


 ジュリーさんの声にはトゲトゲしい響きがあり、

視線にちょっとした怨念をこめて僕に向ける。


「泥をつけたあとは各部に擦り切れやシワを作る必要があります。

その後一旦汚れを軽く洗い流して、

残る汚れや擦り切れが少なければまた全身に泥をつけて、

擦り切れを入れることを繰り返してもらいます。

僕の見立てで、他の人達をごまかせそうなら同行は許可します」


「ぅ・・・先が長そうね・・・」


「今日の夕方に間に合わなければ

酒場には僕一人で行くので、

馬車のご案内だけお願いします」


「わかったわ、わかったから見ていなさい、フィーロ!」


 ジュリーさんは僕を睨みつけて指をさした。

人を指さすのは、基本的にあまり行儀の良いことではない。

この街でもそうだろう。

彼女なりの反抗心の現れなんだろうけど、ごめんねジュリーさん。

僕としてはついて来ないでくれた方が気楽なのです。

酒場に子供2人で入るなんて割と危険行為で、

うまく立ち回れなければタチの悪い連中に絡まれたり、怪我をする。

怪我で済めばまだマシまであるのだ。

身ぐるみを剥がれたり、奴隷として売り払われたり、

一生治らない傷を負わされたり、強制的に○されたり、

精神的に立ち直れなくされたり、

そのまま路地裏やごみ溜めで一生を終えるなんてことも起こりえる。

本当にやばい連中を見極めたり、

目をつけられないように行動出来ない者は、

悲惨な運命を自らの手で引き寄せてしまいかねない場所なのだ。



━━ 20分ほど前 ━━


 今まで見た中で最も軽量かつ丈夫なランタンが目の前に現れて、

2000ダルクと非常に高かったが衝動に負けて買ってしまった。

昨日の売上が一気に飛んで行ったことはどうにかしないとならない問題だが、

ジュリーさんの同行についても大きな問題だった。


 屋敷に戻ってきた僕達は、サイネリアさんに頼んで、

庭に水を撒いて水溜まりを作ってもらった。

僕は庭の木々の近くからなるべく荒い土を水溜まりに混ぜ入れて、

雑草などもむしって次々と加えていった。

ジュリーさんの顔色が青ざめて行くのがよく分かる。

見るからに酷い泥の水溜まりを作って、

ジュリーさんに服をその泥で汚すようにお願いした。

ジュリーさんには外からの帰り道の馬車の中で服を汚すことの必要性を説明していたが、

いざ実践するとなると相当に抵抗があったようだ。

ものすごく嫌そうな顔をしながら、

恐る恐るといった様子で泥を裾や袖に付ける。

それから先程の会話に繋がる。


 目の前でジュリーさんが今は半ばヤケになったのか、

泥に全身で飛び込んでゴロゴロと転がり、

泥まみれになっている。

凄く頑張っている。

僕なら辞退して大人しく待っていることを選ぶのに、

ジュリーさんはどうしても着いて来たいらしい。

気を紛らわすためか、

あーだのうわぁーだのにゃーだのと言いながら

必死で泥をいでいる。


「ごめんね、ジュリーさん」


 ポソりと呟く。


「フィーロ、今何か言った?」


 僕の口が動いているのを見つけたのだろう。

ジュリーさんが聞き返してくる。


「もう泥大丈夫!?ねぇ!」


「ごめん」


「ぇ・・・ってことはまだ・・・?」


「うん、ごめん」


「ふぇぇ・・・」


 半泣きになりながら泥を付ける作業に戻るジュリーさん。

本当にごめんね。

多分だけど、夕方に間に合わせるのは無理だと思う。

だって、もうそろそろ日が傾き始める午後3時らしい。

どこかの教会の鐘が3回鳴り響く音を聞きながら、

ジュリーさんの必死のおこないを見ている。

心苦しい。

だけど、少しだけホッともしている。



 夕方の馬車の中にはジュリーさんの姿はなかった。

代わりにドネットさんが外套を羽織って座っている。

僕はマルコーさん手製のサンドイッチを頬張りながら、

ドネットさんに今日のジュリーさんの付き添いや泥まみれ事件について話す。

服の泥を落として乾かす時間が足りなかったことも。


「そうでしたか。

では、フィーロ様なりにご配慮いただいたということなのですね」


「配慮、とも、少し違いますが、

ご同行頂くにはやはり旅人に馴染んもらう必要があるので、

ああする他にありませんでした」


「当屋敷の段取りが良くなかったのですから、

フィーロ様にはお手数をお掛けいたしまして申し訳ございません」


「いえいえ、

まさかジュリーさんがあんなに同行を本気にしているとは

思っていなかった僕にも非があるので、

お騒がせしてしまってこちらこそ申し訳ありません」


「ははは、フィーロ様は相変わらず腰が低いお方だ。

明日からは万全にして同行させますので、

当屋敷の使用人のこと、少しだけよろしくお願いいたします」


「ドネットさんにお願いされては、仕方ないですね。

本当は同行せずに遠くに待機してもらっていた方が有難いのですが、

そうはいかない事情がおありなのですか?」


「ええ、申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」


 ははは・・・。

どうやら、ジュリーさんをどうにかしないと

僕の身も危険にさらされる確率が高くなる。

明日からさらにジュリーさんの身のこなしを観察して、

旅人の立ち居振る舞いを学んでもらわないといけない。


 クレアンヌさまは恐らく僕がいなくなった時のことも

よく考えていらっしゃるのだ。

僕は旅人。

いついなくなってしまうともしれない。

利用価値がなくなれば始末してもいいはずだ。

そういうことはよくあるし、僕がその当事者にならない保証もない。

だから、ジュリーさんに僕の同行させて、

旅人としての立ち居振る舞いを学ばせる。

何かあったときに二の手、三の手として使うことができるように。

そういう視点で彼ら、彼女らのような上流階級の人間たちは

生き延びてきたし、繁栄してきた。


 馬車から降り、ドネットさんに数時間後に同じ場所で、と

別れを告げて暗くなりつつある酒場エリアを歩き出した。

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