第27話 街の案内役

 僕の旅服に似せたのだろうか。ベージュのマントに濃い緑の半袴、濃い緑の上着。茶色のベスト。上着と半ズボンには物入れ袋がたくさんついている。これらは色もほとんど同じで服の構成も似せられている。違いがある点は、長めの黒い靴下を履いているのと、頭にフェルト製の大きめのペタソス帽子を目深に被っている点だ。背負っている鞄のサイズが大きくない点も一応上げておこう。彼女の長い髪を深めのペタソス帽に収納しているのかもしれない。


 その服を着ている人物の顔には見覚えがあった。と言うよりも、今朝その人物の話をしていたところだ。


「ジュリーさん?」


「フィーロ様。本日は私が街を案内します。よろしくお願いします」


「ありがとうございます。よろしくお願いします。それと」


 僕はジュリーさんに頭を下げながら。


「昨夜はベッドまでお1人で運んでくださったとか。ありがとうございます。あわせて、お手数をお掛けしてすみません。今日以降はしっかりベッドで眠るようにします」


「そんな、そんな。フィーロ様はそれほど重くなかったですから、ぜんぜん大したことじゃないですよ。また机で寝てしまっても私がベッドまで運んであげますよ」


 重くなかったというのは男としては複雑ではあるけれど、彼女の声音からは大したことなかったというのは本当のようだ。


「では、馬車で店通りの近くまで行きましょうか」


 ジュリーさんは先に反転して馬車へ歩いて行き、乗り込もうとしている。乗降台を使わずに登れるのだろうかと不思議に思って見ていると、どうやら手こずっている様子。ジュリーさんは僕より少し背が低い、乗り込む手伝いが必要そうだ。馬車の客車に乗り込むには2メートル近くの高さがある。初日にブルーベルさんに手伝って貰って乗り込めたが、一人では難しいと思う。


「ジュリーさん、一人でその高さに登るのは大変でしょう。お手伝いします」


 僕が近づこうとした瞬間。


「あっ!!きゃあっっっ!!」


 ジュリーさんは馬車の扉の下の方を掴んでいた手を滑らせ背面から落下し始めた。


短跑ドゥァンパオ

【疾走】


 僕の立つ玄関を出てすぐの所から馬車までは5メートル強の距離がある。咄嗟の詠唱と共に増幅された脚力で距離を一足に詰める。悲鳴をあげながら目の前に迫るジュリーさんの背中。膂力をあげる詠唱は間に合わなかったので、足腰に力を入れて全身で受け止める。受け止めた瞬間にまた甘い香りが鼻腔に入り込んできて、接触した肩や背中も柔らかい。これが女性なのかと意識させられ、自然と心臓の鼓動が早まる。相手にこの鼓動が伝わってしまったら、少し恥ずかしいなと思ったら、精神統一チャネリングが乱れてきた。いけない、いけない。心を安定させないと。


「だ、大丈夫ですか?・・・ジュリーさん?」


 ジュリーさんは怖かったのか声が出ない様子だ。接している肩や背中が小刻みにわなわなと震えている。受け止めたジュリーさんを地面にそっと降ろすも、足が地面に着いても足腰が立たないのか、手を離そうとするとよろめいた。慌てて腰に手を回して背面から抱きしめる形になってしまった。


「すみません。こんな体勢不本意ふほんいかもしれませんが、一旦落ち着くまで僕につかまっていてください」


 顔は見えないが、震えは伝わってくる。震えは受け止めた直後よりはマシになってきたが、僕が腰に回した腕にギュッと掴まるジュリーさんの手の感触がある。もう少しこのままの体勢でいよう、腕だけで体重を支えるのは結構辛いけど・・・。



 たぶん、数分ほど経った頃。僕の腕にも割と限界が近づいていた。


「フィーロ様、ごめんなさい・・・」


 まだ足に力は戻らないようだが、ジュリーさんが呟く声が耳に届いた。


「ジュリーさん。あなたが無事なら謝る必要はありませんよ」


 腕の力が抜けてしまわないようにしながら、努めて優しい声音で囁く。ジュリーさんの耳が近いので声を抑える必要がある。

 足に力が入るようになったのか、ジュリーさんが急に僕から離れた。耳を抑えているようにも見えるけど。とりあえず、もう大丈夫ってことなら良かった。


「ジュリーさん、大丈夫ですか?」


「は、ひゃい!だ、大丈夫であります!」


「ジュリーさん?顔がすごく赤いですが、どこかお怪我でも!?痛みがあるなら我慢なさらず仰ってくださいね」


「ここっ、こだ、だいす、だいじようぶです」


 本当に大丈夫でしょうか?でも、声の感じは元気そう。


 ドネットさんが用意していたのを思い出しながら、乗降台を取り出して用意する。先にジュリーさんを乗せてから続いて乗り込む。


「すみません・・・私がご案内する立場なのに」


「これから街のご案内でお世話になりますから、このくらい気にしないでくださいな」


 僕はジュリーさんに、気にしないでと微笑む。


 馬車が走り出したが会話はない。ジュリーさんはずっと馬車の壁の1点を見つめている様子で、話しかけるのは少しはばかられる。髪を帽子に収めているので、僕の乗る位置から耳までしっかり見えているのだが、耳たぶが赤い。馬車が街中を走る音だけが車内に響く。

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