第26話 噂集めの作戦

 楽しく美味しい晩餐だった。ドネットさんとマルコーさんの命運も尽きることなく、クレアンヌさまのお口にあっていたようでなによりだ。心なしか昨日よりもクレアンヌさまの機嫌がよかったように思う。ブルーベルさんのお話をしてくださった。ブルーベルさんはやっぱり街の兵団の出身だった。それも王宮警護に当たっていたこともあるという。あの物腰と眼光の鋭さはそうした過去の歩みの集積だったのだ。クレアンヌさまは話しながら時折僕の頭を見つめて微笑んでいた。少しだけ先程の蹂躙が思い起こされて背筋に冷や汗をかいたが、その後触られることもなくその場がお開きになった。


 僕は部屋に戻ってきた。4人の従者方は、何やらやる気満々な様子で僕の着替えを済ませてくれたが、僕は考え事に夢中で上の空だった。今日は明日からの作戦をまとめたいので、少し1人にして欲しいと頼んだら、みるからに意気消沈いきしょうちんしていた。いったい何のやる気だったのかは考えても分からないし、今はそれどころじゃない。


 クレアンヌさまは、ここ最近の国内のモノの流れが気になっておられるようだ。晩餐の席でも露天でのことをいくつか聞かれた。挨拶周りに行かなかった露天の人も僕の方を気にされていたようだし、何かあるのかもしれないが、今は情報があまりないので分からない。


 国に入ってきたばかりの人達、とくに、商人や旅人の間で、どのような噂がされているのかを調べてほしいとクレアンヌさまは僕にご依頼された。物の流れを知りたいということなら、普通は市場調査と聞き込みを行えば、ある程度ていど把握はあくできるかもしれない。でも、クレアンヌさまの言うの流れというのが、水面下で動いているのならば、普通に市場を見たり聞いたりしていても見えてこないものだろう。だからこそ、僕に街に入って来たばかりの新顔を中心に噂話うわさばなしを集めてほしいと依頼されたはずだ。新顔は地域情勢に疎い、確かに何か情報が漏れるとしたら、情勢に詳しく口固く用心している古参ではなく新顔だろう。だとすると、噂話をする場所の定番は宿屋や酒場だ。そういった公共の、人が集まる場所には必ず噂がささやかれていて、酒などが入っていればうっかり口を滑らせる事もあるだろう。僕も旅の途中で立ち寄った酒場や宿で数々の噂を耳にしてきた。街の酒場や宿屋を調べておく必要がある。



 昨日の晩は、いつの間にか眠ってしまったようだ。机に腰掛けていたはずが、ベッドに寝かされてしっかりと布団をかけられていた。体格的に割と同じくらいの僕を持ち上げて、ベッドに寝かせるのは大変だっただろう。朝一でお礼をしないと。


 目が覚めてベッドから立ち上がり、着替えをしようとしたところ、扉が小さくノックされた。


「はい、起きていますよ」


扉に向かって声をかけるとアヌエスさんとサイネリアさんが入ってきた。


「「おはようございます、フィーロ様」」


「おはようございます。サイネリアさんにアヌエスさん。昨日はベッドまで運ばせてしまってすみませんでした。ちゃんとベッドで眠るよう、気をつけます」


 2人にお礼を言うと、サイネリアさんが口を開いた。


「昨日はジュリーがフィーロ様をベッドへ運んでくれたんですよ。なので、朝食の後、ジュリーに会った時に伝えてあげてください。私たちはそれまでにジュリーとは別行動だから、先に伝えることはできないんですよね」


「ジュリーさんがお一人で僕を?」


 アヌエスさんが少し興奮気味に。


「そうなんです、フィーロ様!ジュリーはすごく力持ちって訳ではないって本人は言ってましたけど。私だったら二人がかりで何とか、ということを一人でできちゃったんです。ジュリーはすごいですよね」


「すごいですね、ジュリーさん」


 僕より背の低い彼女にそんな力があるなんて。従者服はほとんど露出箇所がないのであまり気にならなかったが、実はものすごく筋肉質なのかもしれない。


 着替えと朝のお清め(脱がされてハーブ水で全身を拭かれる)をされて、今は朝食を食べている。今日はヤハゥエさんが料理を運んでくれた。


 ヤハゥエさんは厨房では1番年若く、サイネリアさん達と同じくらいだろう。1度話した感じではとても話しやすく真面目に仕事に打ち込むタイプの印象だった。料理人を目指しており、このお屋敷には3年ほど前に来たと言っていた。髪の毛をしっかりと厨房帽子に収めて、ひげもなく、白の料理人服を身にまとう姿は清潔感があり好感が持てる。一昨日渡したカズラエキスは、厨房内で好評だということなので、素材が集まればまた作ってあげたい。


 朝食が済み、ヤハゥエさんに手を振って部屋に戻ってきた。今日も旅服に身を包む。やはり安心感が違う。できることならこの服をずっと着ていたい。今になって実感したのだが、雨の日も嵐の日も森ややぶ、川や滝、荒野や砂漠を乗り越えてきたこの旅のお供は、根無し草の僕にとっての家とも言える。


 玄関まで案内してもらい、アヌエスさんとサイネリアさんにいってきますと告げて外に出る。てっきり今日もドネットさんが案内してくれるものと思っていたが、待っていたのは意外な人物だった。

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