第25話 魔法のお披露目

「フィーロ様、本日は耳をで強化されていないのですかな?」


 ブルーベルさんの言葉と、それから意味あり気な視線にハッとして。僕は素早く席を立ち、クレアンヌさまの前に片膝立かたひざたちになり、ご挨拶を述べる。


「クレアンヌさま、今宵こよいも晩餐の席へお招きいただき、ありがとうございます」


 軽くクレアンヌさまのお手に自分の手を重ねて感謝を伝える。ブルーベルさんの優しさがあってこそだったが、昨日の作法の練習を活かせてよかった。クレアンヌさまのお手を離して、ブルーベルさんを見上げる。


「ブルーベルさん、お席に距離もあるので、魔法で聴覚を強化してもよろしいでしょうか?」


「ほう、わたくしめに許可を求めて参られるとは、フィーロ様は本当に世渡りがうまいお方だ」


 められたということは、大丈夫ということなのだろう。


「魔術か。わたくしにも見せて下さらない?昨日は何をしていたのか、よくわかりませんでしたから」


 クレアンヌさまの瞳が怪しげに光る。きっと魔法をその目でみるのは稀有けうな体験だからだろう。魔具アイテムをお持ちのようなので、興味もおありでしょう。


「わかりました。では、昨日よりも見た目にわかりやすい魔法がよろしいですね。少しだけお時間を失礼いたします」


 僕は精神統一チャネリングを開始し、呪文スペルを唱える。


オレイユ エ フォーム ドゥ ラパンOreilles en forme de lapin

【兎の耳を貸しておくれ】


 僕の頭部の両側面から、灰色と白色の混ざった毛並みに包まれたトンガリ耳がり出してくる。その様を、クレアンヌさまとブルーベルさん、ドネットさんが好奇こうきの眼差しで見つめていた。


「フィーロよ!触っても良いか!?触るぞ!?」


 さっそくこらえきれないとばかりにクレアンヌさまが手を伸ばして、僕の耳をで掴み、その兎の毛並みの耳の感触を確かめる。


「ぁ・・・う、クレアンヌさま・・・や・・・優しく・・・・・・ぅあ・・・・」


 クレアンヌさまの細い手指が、僕のうさ耳の輪郭りんかくをなぞり、内側のうぶ毛を優しく撫でる。くすぐったい。優しく触られて、背中にゾクゾクとしたものがぎる。クレアンヌさまから興奮した声が漏れる。


「これは!意外としっかりとした毛並みで、ちとチクチクする所もあれば、ここのように柔らかい毛質のところもあって、動物の耳を精巧に、忠実に再現できるのかしら?手触りがくせになってしまいそうですわね」


「ぁ、やっ・・・・!ぅぅん・・・さ、触られるの・・・・初めてなので・・・うあっ・・・ゾクゾクが・・・ひゃぁ・・・・・ぁぁあ」


「ドネット、ブルーベル。そなたらも触ってみぬか?気持ち良いぞ」


 クレアンヌさまは満面の笑みで堪能しながら他の人にも僕の耳を勧める。


「クレアさま。そのくらいにされてはいかがでしょうか?フィーロ様が身悶えておられますよ」


 目尻に涙を浮かべる僕の姿に、ブルーベルさんが救いの手を差し伸べてくれた。


「えぇ、でも、名残惜なごりおしいので、もう少しだけ触らせていただきますわ、フィーロ」


 ブルーベルさんの言葉で離れかけた手が再びおそってくる。


「ふぁ・・・!はぁっ・・・くはぁ・・・・・!」


 もう一頻ひとしきり、クレアンヌさまの手に転がされた耳がやっと解放された。荒い息をする僕に、ドネットさんが硝子器グラスを差し出してくれる。


「フィーロ様。喉を痛めるといけませんので、少しだけでもお飲みください」


「ぁりゅが、ひゅー・・・ごはっ!ござぃっまひゅ」


 息もえ。それが今の僕。がんばった。がんばったよ、僕。お疲れ様、僕。そしてドネットさん、ブルーベルさん、触らずにいてくれて、本当にありがとうございます。心臓が兎みたいに早鐘になっていてバクバクで、耳のピクピクもしばらく止まらなかった。


 クレアンヌさまは感触を確かめるように手を見つめ、さわさわしていたが、ブルーベルさんが車輪を進めた。


「フィーロは、たった一日、外用そとようで一緒になっただけのドネットと、随分打ち解けたようですわね」


 離れ際にクレアンヌさまがドネットさんと僕に視線を投げかける。僕とドネットさんは互いに顔を見合せ。もう一度クレアンヌさまを見る。奥の席に遠ざかるクレアンヌさまの口元には、微笑みが形作られていた。まだ、十分に息の整わない僕に変わって、ドネットさんが答えてくれた。


「フィーロ様には、お使いの品が見つからなかった香草ハーブを1つわけていただいたんです。それも、料理長が喜ぶほどの極上物でした」


「そのようなことが・・・。でも、私への報告は無かったわね。どういうことかしら、ドネット?」


「申し訳ございません。料理長に、その、あまりにも状態の良いものなので、ご当主様には内緒にして、美味しい料理を召し上がる際にお伝えして欲しいと頼まれておりました」


「わかりましたわ。そこまでの太鼓判たいこばん。万が一不味まずかったら、2人とも後で後悔しますわよ?」


 ゾクリ。クレアンヌさまの表情を見つめながら、乾いた喉に流し込んだラモーネ水がとても冷たく思えた。綺麗な人を怒らせると怖いっていつかの安宿で誰かがボヤいていたけど、今ならその言葉にすごく同意できる。

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