第22話 明日の予定

 露天を店仕舞みせじまいして立っていると、ドネットさんが馬車で迎えに来てくれた。


「フィーロ様、お迎えに上がりました」


「ありがとうございます。

ドネットさんのご用は済みましたか?」


「はい、頼まれていたものはほとんど入手できました」


「ほとんど?」


「ええ、料理長シェフに頼まれた臭み消しのための香草ハーブが1種類、探しきれませんでしたが、心配には及びません。

フィーロ様をお屋敷にお届けすることが優先です」


「どんな名前の香草ハーブですか?」


 ドネットさんは大量の買い物リストの束の中から残り1つとなった品目を確認する。


「ええと、セイジというものです」


「セイジでしたら乾燥のものを1束ほど持っているのですが、これで足りますか?」


 僕は背負い鞄リュックからセイジを取り出して、ドネットさんに手渡す。


「これは!確かにセイジですが、枝葉えだはが大きくずいぶんとしっかりしていますね!

量もこれなら十分です!

本当にこんな良いものを?」


「ええ、差し上げます。

こんなものじゃ、お屋敷でいただいたお料理や待遇たいぐうに対する対価には全く及ばないのですが、少しでもお返しになればと思います」


「とんでもないことでございます!

これほど立派なもの、この街ではほとんど手に入りません!

ありがたくいただきます。

ただいま私が持っている貨幣かへいでは足りないので、後ほど正式にお支払させていただいてもよろしいでしょうか」


「いえいえ、そんな。

べつに、大したものではありませんよ?

それより、明日のことで少しお願いが・・・お屋敷に戻るときにお話ししてもいいでしょうか?」


「承知いたしました。

では、馬車へどうぞ」


 ドネットさんは乗降台を用意してくれた。


「ありがとうございます、ドネットさん」


 僕とドネットさんと大量の荷物をのせて馬車が走り出した。



 揺れる馬車の中。


「フィーロ様、明日も露天を行いますか?」


「そのことなんですけど、今日の露天でそこそこの売上があったので、明日は街中で道具屋などを見て回りたいのです」


「かしこまりました。

道具屋であれば、従者に詳しい者がいると思いますので、誰かご案内をさせます」


土地勘とちかんがないとこの街は広すぎますから、助かります」


 お屋敷に向かう馬車の中、ブルーベルさんと乗っていた時よりも気が重くない。

それもお屋敷の人たちがとても親切で、僕に好意的なことが警戒心を和らげてくれているのだろう。

僕ってちょろいのかな。もう少し警戒しないと。



 お屋敷に着く頃、空は赤く染まり始めていた。露天の場所からお屋敷の入口まで馬車で30分程だ。

街中で馬車で通れる道を選んで進んでいるから、直線距離ではないからだろう。

でも、お屋敷の門からお屋敷の玄関まで、馬車で10分かかるのは如何いかにこのお屋敷が広いかが伺える。

この街でも屈指くっしの名家なのかもしれない。

それにしては、貴族の方はまだクレアンヌさまとしかお会いしていない。

広すぎて顔を合わせないだけかな?

晩餐の席もたくさんあったし、僕と会わないように調整しているのかもしれない。

フクロウの耳も万能じゃないから、分厚い扉を何枚もへだてていまうと、さすがに聞き取れないもの。


 改めて見るお屋敷は、昨日とは違った趣を感じた。


「つきましたよ、フィーロ様」


「はい、ありがとうございます。

荷物がたくさんあるようなので、僕もお手伝いします」


「いえ!

フィーロ様、それはいけません!」


 お屋敷の荷物の荷下ろしするために整理し始めると、ドネットさんにものすごい剣幕で制止された。

その剣幕に気圧されつつ。


「ど、どうしてですか?」


「どうしてと言われましても、ご当主様のお客様に、そのような力仕事をさせるわけには・・・!」


 ドネットさんはこめかみの辺りを抑えている。

僕がきょとんとしていると。


「とにかく、フィーロ様は先にお屋敷へ」


 なんだろう。

優しい口調だけど、強い響きだ。

僕のような一般人でも貴族の当主の客ならこの扱いだ。

この街で貴族が絶大な力を持っていることは間違いないだろう。

しかも、お屋敷の敷地内でもその扱いは継続されるらしい。

もしかすると、間者スパイが潜んでいたり、望遠で見張られていたりする可能性を考慮しているのかもしれない。

貴族もたいへんなのですね。手伝おうとするとドネットさんににらまれてしまうので、諦めてお屋敷に入ることにした。



 お屋敷の玄関エントランスでは4人の従者の方々が待ち構えていた。


「「お帰りなさいませ、フィーロ様」」


 僕が玄関に足を踏み入れるなり、声を揃えて頭を下げられた。


「あ、ええと、あの〜・・・。

こういう時は、なんて言うのが正解なのでしょうか??」


 僕は貴族ではないし、ましてやここの正式な住人ですらない。

おまけに物心着いてから少ししか家に住んでいた事がなく、根無し草として転々と渡り歩いてきた。

家で交わす挨拶とはほとんど縁がない生活を続けてきた。

それに、従者を召し抱えているのは当主であるクレアンヌさまなので、その従者の方々に対する挨拶なんて、正直に想像の範囲外だった。


「フィーロ様、私どもがお帰りなさいませと申し上げた時は、一言『ただいま』とおっしゃっていただければ十分でございますよ」


 助け舟を出してくれたのは出迎えてくれた1人、アヌエスさんだった。


「ありがとうございます。

みなさん、ただいまです」


「私たちは、本日よりフィーロ様の正式なお世話係となりました。

よろしくお願いいたします」


「ええと、お世話係さんですか?

よろしくお願いします」


「荷物もございますから、フィーロ様のお部屋にお連れいたしましすので、そこでちょっとした自己紹介をさせていただいてもよろしいでしょうか」


「わかりました。

まずはお部屋まで、よろしくお願いします」



 広いお屋敷の特定の部屋にたどり着くには、特定の道を覚えないといけない。

まずは玄関から部屋までの道のりルートを把握する必要がある。

案内されながら道のりルートの曲がり角の数や階段の位置を必死に頭に入れようと試みる。

五回ほど曲がったところで方角や位置がわからなくなってきた。

部屋についた時には全く位置関係がわからなくなっていた。

ひとつ言えることは、この窓から射し込む光は西日なので西側に面していることは間違いない。

玄関前の光の射す方角から南南東で、自由に移動できる時間があればお屋敷の南南東を隈無くまなく探せば玄関エントランスには到達できるであろうということだ。


「ご案内いただきありがとうございます。

部屋までの道を覚えればみなさんのお手を煩わせる機会を減らせると思うので、頑張って道を覚えますね」


「フィーロ様!

ご案内することは私たちお側係の大切な務めです!

いつでもフィーロ様をご案内しますので、お願いですからお一人で出歩くなどとおっしゃらないでください」


 アヌエスさんがずいと僕に詰め寄って強い口調で訴えかけてきた。

僕は何とか一人で出歩く口実を探る。


「そ、そうなんですか・・・。

でも、みなさんにもお休みとか休憩とかがあると思うので・・・」


「ありません!」


 アヌエスさんの目尻と眉が、キッと目が釣り上がる。


「え?!

いえいえ、そんなことは・・・」


「フィーロ様、ございませんから、ご心配なさらずに私共に道案内をお申し付けください」


 圧が・・・こ、怖い・・・。


「アヌエスさん、落ち着いてください。

僕は何も逃げ出したいと言っているわけじゃありませんから」


「お一人でこのお屋敷を歩き回るのはやめてください」


 ぅ・・・直球だ・・・。

これは・・・正攻法では無理なのか・・・。


「わ、わかりました。

わかりましたからアヌエスさん」


 僕は何か策が思いつくまでは案内をお願いすることにした。

アヌエスさんもまだ少し疑っているようだけど、離れてくれた。


「それより、みなさんの自己紹介をお願いできますか?」


 他の3人は部屋を隈無く見回っており、窓の施錠も確認していたが、問題なかったようで、僕の方を向いて整列してくれた。

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