第23話 4人のお側係

 お世話係として正式に決まった4人の従者が、僕の目の前に並んでいる。

1番右にアヌエスさんがいる。

他の3人の内、2人は昨日も顔を合わせている。

もう1人は、昨日はいなかったと思う。

アヌエスさんが1歩前に進み出た。


「私はアヌエス・エリジオンと申します。

正式にフィーロ様のお世話係を任されましたので、何でも、私におっしゃってくださいね」


「よろしくお願いします。

アヌエスさん」


「次は私ですね」


 アヌエスさんが下がり、隣の方が1歩前に出た。

にこにこと微笑み、声にも陽気そうな印象を受けた。


「フィーロ様、昨日に引き続き、これからもお世話をさせていただきます。

サイネリア・ペリカルリスと申します。

よろしくお願いいたします」


 声音にも明るい性格がにじみ出ており、好感が持てる。

昨日からサイネリアさんは人好きのする笑顔の印象しかない気もする。

お風呂の時も、作法を教えて貰っている時も、だいたい彼女は笑っていたし、僕がやらかした時にも殊更大きな笑い声が出ていたのが彼女だろう。

面白がられてる?それほど悪い気はしない。

笑顔が本当に似合っているから、笑っている方がむしろ自然にさえ思う。


「こちらこそ、よろしくお願いします。

サイネリアさん」


 サイネリアさんは1歩下がりながら隣の方に小さく頷く。

隣も昨日から何かとお世話になっている従者の一人だ。

1歩前にでてお辞儀を混じえて自己紹介してくれる。


「アルペローゼ・ロードデンドロンでございます。

私も昨日に引き続き、よろしくお願いいたします」


 物腰の柔らかいゆっくりと聴き取りやすい落ち着いた声音。

所作の一つ一つが丁寧な印象を受けるアルペローゼさん。

僕に向けられる穏やかな瞳。

全くシワのない従者服。

その従者服から伸びるしなやかで細い手足。

昨日からの一連の立ち居振る舞いから、芯の強さというか、他の人を支えることができる安定感がある印象を持った。

どことなく、昨日晩餐の部屋の扉を開けてくれたお兄さんに雰囲気が似ている。


「よろしくお願いします。

アルペローゼさん」


 アルペローゼさんが1歩下がり、サイネリアさんと並んだ。

真ん中の2人は少し背丈が高いので、僕やアヌエスさんよりも少し年上かもしれない。

もう1人は、僕より少し背が低いかもしれない。


「ジュリー、あなたの番ですよ?」


「あ、あぁ・・・そうだな」


 アルペローゼさんがジュリーと呼ばれた人の背中を少し押すのが見えた。

1歩前に出るジュリーさん(?)は何故か顔が紅潮気味だ。

初対面の人と話すのが苦手なのかも?

従者服の横腹をギュッと握りしめて、握る指が白くなっている。

若干眉間にシワを寄せているようだが、眉は少し八の字寄りという、この状況に納得していなさそうな憤慨?に似た雰囲気がある。


「ジュリー・メイス・ジョディシアンだ。

以後よろしく頼む」


 少しぶっきらぼうな印象はあるが 、その声の後に勢いよくぺこりと下げられた上体を、驚きつつ目で追うと、上体に従って勢いよく振り下ろされた上体についているふたつのものが激しく揺れている。

さらに、ジュリーさんの後ろで1つに結ばれた長い髪も、反動で大きな弧を描いて、ビタンっと上体に当たって跳ね返った。

みるみるうちに、ただでさえ紅潮気味だった顔と耳が、茹でたサワガニやザリガニのように赤赤と燃え上がる。


「こら、ジュリー!

『よろしくお願いいたします。』でしょ!」


 アルペローゼさんが後ろからジュリーさんの肩をつかみ、たしなめるためか、前後に揺する。

揺れている。何がとは言わない。

なんか全体的にすごく揺れている。わぁぉ。

そして、心配になるくらい紅すぎて、頭に血が登って倒れてしまわないかとハラハラとしてしまう。

高血圧に効く薬瓶はまだ在庫があったはず。


「初めまして、よろしくお願いします、ジュリーさん。

僕はヘテロフィロス・オスマンサスと申します。

お気軽に、フィーロとお呼びください」


 僕は努めて、ゆっくりと、そして優しい声音を心がけて、ハッキリとした発声でジュリーさんに自己紹介をした。


 ジュリーさんは、僕の声をききながら、どうやら少しだけ紅潮が引いて、眉間のシワが少し薄くなった。

少し戸惑うような、眉をいっそう八の字にしながら口を開いた。


ここ、こちらこそ、はじめまし、て裏声?、よ、よろしくお願いいたします。

フィーロ様」


 なにか、違和感を覚えた。

この声・・・?


 ジュリーさんが下がり、横並びの4人がいっせいに僕を見つめる。

アルペローゼさんが代表して僕に告げる。


「では、本日からは私共4人がフィーロ様の身の回りのお世話を執り行いますので、何かお困りごとがございましたら、お気軽にお申し付けください」


「どうぞよろしくお願いします。

・・・あの、マルコーご夫人は?」


「メイド長ですね。

彼女は本来ご当主様のお側付きですから、昨日はフィーロ様の様子を見るために、一時的にこちらに来ておりました」


「そうでしたか」


 マルコーご夫人のかもし出す年配のかた特有の落ち着いた雰囲気に、少しだけお屋敷での不慣れな生活への不安が和らいでいたこともあり、少しだけ残念な気持ちはある。

でも、クレアンヌさまのお側付きであれば、マルコーご夫人もやらなきゃいけないことがたくさんあるだろう。


 今からはこの目の前に立つ4人が、お屋敷で過ごす際の主要な仲間(?)ということで良いのだろうか?

男性がいないのも少し気になる。

旅先で安宿に泊まる際は、基本的にむさ苦しい男だけの空間であることが多かった。

女性ばかり、しかも歳も離れすぎていない人達と一カ月間、近くにいるというのは僕の人生で未経験の環境だ。

せめて、ドネットさんやヤハゥエさんがこの中にいてくれたら、もっと気楽に過ごせるのにと思う。


「すみません。

用を足したいのですが、お手洗いはどこにありますか?」


 女性ばかりなので少し言い出しにくかったのだが、そろそろ限界も近いので、意を決して尋ねてみた。


「私がご案内いたします!

フィーロ様、こちらへ」


 少し前のめりにアヌエスさんが名乗り出た。

少しだけ、本当に少しだけ、嫌な予感がした。


「あ、ええと、場所だけ教えてください」


「いいえ、フィーロ様。

トイレには鍵が必要ですから、私がついて参りませんと用を足すことはできません。

さあ」


 う、うそ・・・。

はやくも嫌な予感は的中した。

アヌエスさんの手には鍵束が握られている。

だから名乗り出たのかもしれない。

けど・・・せめて夜中は・・・一人ですよね?


「ええと、夜とかはさすがに一人で行くんですよね?

でしたら鍵と場所さえ教えて貰えたら・・・」


 サイネリアさんが笑顔で恐ろしいことを言う。


「いいえ、今晩からは私共は隣のお部屋に待機させていただいて、交代でお世話につかせていただきますから、いつでも隣の部屋をノックしていただければ大丈夫です」


 まさか、僕ってこれから一カ月近くも、この4人に見張られながら用を足さないといけないのかな?

考えただけでも背中に冷たい汗が流れ出る。


「このお屋敷のお手洗いって、もしかして全部鍵がかかっているんですか?」


「はい、このお屋敷では、基本的に全てのトイレに鍵がついております」


「そうですか・・・では、この街の他の家々のお手洗いには、鍵はついてますか?」


「他の、家々ですか?

付いている家もあると思います。

特に貴族のお屋敷には鍵付きのトイレが一般的です。

平民の家々に鍵付きのトイレがあるかは、私にはわかりかねます」


 そうなんだぁ。

望みをかけて聞いてみたが、惨敗。

貴族ってお手洗いでも気を抜けないのですね・・・。

平民の僕は平民の家に行きたいです。



 アヌエスさんに案内してもらい、部屋の近くのお手洗いに連れてきてもらった。

鍵をあけて貰い、中に入り、用を足そうとする。


「フィーロ様、お手伝いいたしましょうか?」


「いえ、結構です!

それより、アヌエスさんまで中に入らなくてもよろしいのでは!?」


 お手洗いに入ったので油断してすぐに半ズボンを下ろしかけていた。

声をかけられて慌てて下げた半ズボンを引き上げた。

アヌエスさんは何故かお手洗いの中に入ってきて鍵をかけようとしている。

扉の方を向いていたから、ギリギリ見られていない。


「え?あれ?

ああ、ほら。

私がこうやって鍵を閉めて、お手伝いをと・・・あれ?」


 アヌエスさんは僕の方をみて、今更ながらおかしな状況であることに気づいてくれたのか。

自らの手で目を覆って紅くなっていく。


「いえいえ、先程外から鍵を開けていたではありませんか!?

外でも鍵をかけられますから、外で待っていてくださいませんか??」


「た、たしかに・・・そうですね。

あ、あら、そうですね。ご当主様の時は、中でお手伝いするものですから・・・ああ、そうでした!

も、申し訳ございません!

では、扉の外でお待ちしております!」


 彼女は顔を真っ赤に染めて、そそ草とお手洗いの外に出て鍵を閉めた。

扉越しにトスンと何か落ちる音がしたが、とりあえず中に入ってくることは無さそうだ。


 お手洗いに鍵をかける貴族が多いというのは、この街の治安がそれほど良くないってことなのかもしれない。

この部屋の扉にも鍵が2つもついているし、窓にも施錠ができるようになっている。

昨日の夜も、先程も、部屋に案内されてから、従者の方々が部屋の中を見て回って、その時も窓の鍵も閉めていた。

この時期の外気温なら、外部からの侵入に警戒したりしていなければ、部屋を見回ったり、鍵をかけるということは普通は考えない。

この街の日常なのか、それとも・・・。

明日からの街での聞き込みで、何か掴むことができれば・・・。

それまではこの警戒体制の元、大人しくしていた方が良さそうだ。

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