第21話 1人目の露天客

 ドネットさんから屋敷に戻りたい時は迎えに来るから、店を畳んだらこの場所で待つように言われた。

監視の人が僕が露天をやめた頃合いに、屋敷に知らせる手筈になっているという。

こちらから合図や声掛けなどは必要ないのかと聞くと、そういうのはいらないらしい。

たぶん、監視の人の顔が割れるのを避けたいのだと思う。

何人かの声はすでに聴いているので、接触できる機会があればわかるかもしれない。


 ドネットさんは馬車で屋敷のお使いの買い出しに行ってしまったので、1人で店を開ける。

タペストリーには薬の効能が滔々とうとうと映し出されている。

何人かが立ち寄ってくれた頃、やっと1人の買い手がついた。



「君、この瓶はいくらだい?」


 見上げると、旅人風のマントを羽織った精悍せいかんな顔つきの男性が僕の薬瓶を指さしていた。

一般的な戦闘時用の回復薬だ。

タペストリーには、一時的な集中力向上と痛み止め、生命力の回復と映し出しているものだ。


「いらっしゃいませ。少しお待ちください。

この薬の効能を鑑定します」


「そんなことができるのか。

じゃあお願いするよ。鑑定料はいくらなんだい?」


 男性は貨幣袋を取り出して僕に支払おうとしている。

貨幣袋を取り出す際に、長めの剣を帯剣していることがわかった。

おそらく傭兵か護衛、モンスタースレイヤーやダンジョン攻略などを主体とした肉体労働に従事している人と見受けられる。


「いえ、鑑定にお金はとりません。

お時間だけ失礼いたします」


「そうなのか、やけに親切だな」


「そんなことはありませんよ。

僕が調合したものなので、買ってもらうにもしっかりと効果に責任を持つようにしています。

僕の薬を最終手段として頼られた場合、薬の出来できがその方の進退や生存に直接影響してしまう場面もあります。

そうなった場合も、僕の薬を過信かしんしすぎず、薬の効果を正しく理解して使用することは、その方の生存確率を高めるものだということを理解しています。

ただいま鑑定いたしますので、少々お待ちくださいませ」


 調合にかかせない鑑定呪文を唱える。


ヴィァクサ厶カイツブヴェァトゥンWirksamkeitsbewertung

【効能鑑定】


~鑑定結果~

薬草成分5%

薬草種別:即吸収成分、代謝促進たいしゃそくしん、血管拡張、血流増加、瞳孔どうこう拡張、鎮痛ちんつう作用、強壮

薬液成分25%

薬液種別:生体活力エネルギー剤、ビタミン溶液、ミネラル溶液

その他成分70%

種別:湧水わきみず

効力▷▶︎▷▶︎一瞬だけ身体の生命力を強め、集中力を高めます。強化された生命力を補うための栄養を含み、配合により吸収率が高い。種族や体格に応じて成分の効き目が変わることに留意。体重60kgの人間族が摂取すると、約3日分の生命力を瞬時に発揮し、傷や負傷を修復する。急激な生命力の発揮とエネルギー吸収は、臓器に負担となるため多用すると死期を早める。


「鑑定結果はこちらです」


 タペストリーに鑑定結果を映し出す。

男性はタペストリーに映し出された鑑定結果をまじまじと眺めている。


「なるほど。これはわかりやすい。

でも、本当に君のような子供が調合したのかい?

見た目に反してかなりの知識も持っているようだし、実は君ってエルフだったりするのか?」


 男性は疑いを隠さずに僕を見る。


 エルフ族の方には以前お会いしたことがある。

彼らは他種族との接触を避けており、郷を離れるのは離反や追放だけ。

それに、エルフであれば容姿に特徴がある。

耳は長く尖っており、瞳の色は緑がかった青。

髪色も金色や銀色なので、僕の容姿には似たところはない。


「僕が調合したものかどうか疑うのであれば構いませんが、効能は本物です。

本当に疑わしければ他の鑑定士にお金を払って鑑定してもらってください。

お代は700大陸ダルクです」


「すまんな。

以前全く効き目のないものを掴まされたこともあるから、少し慎重になりすぎていたかもしれない。

700ダルクだ」


「薬には数に限りがありますし、薬では治らない病気や怪我は沢山ありますから、無闇に薬に頼るのではなく、ご自身の力量を見定めて、安全な旅を心がけてくださいね」


「へいへい、わかっておりますよ」


 貨幣かへいを受け取る時にいつものくせでお説教せっきょうモードになってしまう。

男性は少し不貞腐ふてくされた様子で、しかし何か思うところがあったのか、僕が差し出した薬瓶を受け取ると、少しだけ神妙しんみょうな顔つきで立ち上がった。


「お買い上げ、ありがとうございます」


 買ってくれたお礼に軽くお辞儀をする。


「おう、じゃまたどこかで」


「お気をつけて、お互いがんばりましょう」


「そっちもな」


 ヒラヒラと手を振って立ち去っていった。


 僕自身が根無ねなぐさなこともあり、同じお客さんが何度も買いに来ることはほとんどない。

それでも、今まで僕の薬を買ってくれた人たちの成功と健康を祈る。

あの時のようなことはもう起きてほしくない・・・・・・。

あの時のように、売るためだけに、僕の薬を過信させてはいけない・・・。

それがどのような結果をもたらすのかを、僕はもう知っているのだから・・・。



 その後も、時たまお客がついて稼ぎは順調。

今日だけで4000ダルクほど稼いだ。

4000ダルクあれば、いくらこの街の物価が高くても、次の目的地までに必要な物資は買えるだろう。

これなら露天を開くのは何日か日を跨ぐとして、明日から数日は街の散策も兼ねてクレアンヌさまの依頼をどう、こなして行くかを考えた方が良いかもしれない。

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