第19話 修復された旅服

 僕は宛てがわれた部屋に、街に出る準備で戻ってきた。

服の着せ替えを固辞こじして、僕はしたしんだ旅服にそでを通した。


「ふう・・・」


 自然と息が口から漏れた。

きっと肩の荷が降りたような今の心境しんきょうがついて出てきたのだ。

着せ替えをされていたら、きっとまた高そうな服を着せられるし、とても恥ずかしい。

まだ12歳で、僕もそれなりに思春期だ。

女性にばかり囲まれて全裸に剥かれるのは、非常に非常に恥ずかしいのだ。


 屋敷で洗濯から戻ってきた旅服は、ボロボロのすそや袖が補修ほしゅうされており、糸がほつれてきていた所はい直されており、おまけに高そうな生地で裏地うらじが追加されていた。

どうりで袖が通しやすく、着たあとの感触も心地よいと感じたわけだ。

貴族というのは、身だしなみに並々なみなみならない気遣いが必要なようなので、こういった細かな裁縫さいほうが出来る専門家がいるのかもしれない。

お礼が言えるように、手記メモにこのことを記しておこう。


 コンコン


「フィーロ様、ご準備をお手伝い差し上げたいのですが、入室を許可いただけませんか?」


 部屋の扉がひかえめに叩かれ、アヌエスさんの声がする。

僕は軽く背負い鞄リュックの中身を確認してから背負って扉をガチャりと開けた。


「アヌエスさん、みなさん、準備ができました。

お待たせしてしまいすみません。

どなたか、露天の場所までご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「あ、ぁぁ、かしこまりました。

私でよろしければ、ご、ご案内させてください」


「ダメよ、アヌエス。

あなたはお屋敷ですることが残っているでしょう」


「う・・・はい。メイド長・・・」


 アヌエスさんは残念そうに僕を見つめている。

対してマルコーご夫人は、僕を見回して何か納得したらしい表情を浮かべた。


「フィーロ様。

こちらが露天場所の見取り図でございます。

こちらの点線の範囲が当家からお貸しする場所になりますので、他の露天の方々と場所でめた時はこの見取り図をお出しください。

それから・・・」


 僕に見取り図を手渡し、隣に控えていた従者の方から何か書簡しょかんのようなものを受け取ると。


「こちらがこの街の通行証でございます。

これを無くしてしまうと、街に入ることが出来なくなってしまいますから、くれぐれも誰かに盗られたり、落としてしまわぬように、こうして・・・」


 マルコーご夫人は突然ひざをついてかがみ、僕の旅服をつかんだかと思うと、服の内側に通行証ごと手を入れた。


「ひゃっぁ」


 僕の口から少し高めの悲鳴が漏れた。

旅服のなかでマルコーご夫人の温かい手からが胸の手前の空間(?)にスッと入っていった。


「フィーロ様の服の内側に、通行証をこうしてしまい込むことが出来ますから、こうして結んでおけば服を剥ぎ取られない限り、盗まれも落とすこともございませんわ」


 どうやらこの服の内側には、通行証が収まる袋があるようだ。

これなら走ってもまさぐられても落ちたり抜けたりしないようになっているらしい。

とても親切な設計です。


「あ、ありがとうございます!

マルコーご夫人がこの服を直してくださったのですか?」


「いえ、わたくしではございません。

そちらは・・・」


 マルコーご夫人は、僕に目配せしてから視線を意味ありげにらすので、その視線を追う。

マルコーご夫人の視線の先にはアヌエスさんがいた。


「アヌエスさんがこの服を?」


 アヌエスさんは心なしか顔を紅潮させながら僕をチラッと見るもうつむき視線をらし気味に、消え入りそうな声で・・・。


「えぇ・・・はい、わ、私・・・です」


「ありがとうございます!」


 僕はアヌエスさんに向き直って感謝の微笑みを向ける。


「僕、旅をしているので、この服もボロボロで、そろそろこの服をどうにか直さないとって思ってたんですけど、裁縫には自信がなくて・・・。

こんなに綺麗に直してもらえて、裏地や内袋までつけて貰えて、すっごく嬉しいです!

この服、これからも大事に着させて貰いますね!」


「気に入っていただけてよかったです」


 アヌエスさんの表情がパッと明るくなった。

僕はマルコーご夫人に促され、お屋敷の玄関エントランスまで送ってもらった。

振り返るとマルコーご夫人や従者のみなさんが控えめに手を振って見送ってくれていた。

その中で、アヌエスさんだけはぶんぶんと音が鳴りそうなくらい大きく手を振っているように見えたので、こらえきれずにくすりと笑ってしまった。



 玄関エントランスではドネットさんが待っていた。

外行そとゆきの外套コートを羽織っているが、中は給仕ウェイター服だ。

外套コートはかなり薄くて軽そうだ。

そして、外套コート給仕ウェイター服の襟元など、ところどころに同じマークがついている。

思えば、従者の方々の従者メイド服にも、同じマークがあった。

たしか、晩餐の部屋の扉にも同じマークが彫り込まれていた。


「おはようございます、ドネットさん。

もしかして、露天の場所までドネットさんがご案内してくださるのですか?」


「ええ、左様でございます。

私で不足はございませか、フィーロ様?」


「ありがとうございます。

不足なんてとんでもありません。

とても助かります!」


「ありがとうございます。

では、参りましょうか」


 ドネットさんの後ろには馬車が待機していた。

既に馬車の前に乗降台が設置されている。

ドネットさんもできる人だなぁ。

荷物とともに乗り込んで、マルコーご夫人やアヌエスさんたちに手を振る。


 馬車にも同じマークがある。

こういうマーク銘柄ブランドというのだろうか?

僕も作った薬に何かマークをつけようかな。

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