第18話 豪勢な朝食

 体を清められて服を着せ替えられて、髪の毛も刷毛ブラシできれいに整えられた。

サラサラの髪の感触に、自分のものではないような感覚になる。

髪が鼻にかかると、なぜかふわりと甘いにおいがする。


 朝食前の支度にこれほど大仰おうぎょうな儀式が必要だとは思っていなかったので、これからの毎朝に若干の不安を覚えた。

毎日人に裸をみられるなんて、ちょっと僕に耐えられるかわからないところだ。

着せてくれる服も毎回高価そうで、僕としては着心地が良いとは言えないのだった。


 従者の方々に案内された朝食の部屋は、昨日の晩餐の部屋とは違う部屋だった。

朝日が射しこむ床も壁も真っ白な部屋には、装飾が少な目なシンプルな長卓ロングテーブル椅子いすがあった。

カーテンは新緑の色をとりいれており、とても清々すがすがしい空間だ。


 天井だけは、やはり貴族のお屋敷だということがありありと見て取れる。

天井には段差があり、堀上げ天井というのだろうか。

堀上られた天井には格子状こうしじょうわくがあり、枠内の一つ一つに果実の絵画が描かれている。

貴族のお屋敷というのは1部屋1部屋に違った雰囲気があり、毎回新鮮な気持ちにさせられる。

庶民しょみんの僕としては、ぜひとも滞在中にすべての部屋を見て回りたい。

晩餐のお部屋にあったステンドグラスのように、感銘かんめいを受ける装飾や調度品がある気がする。


 朝食の部屋には、座席が8席。

カトラリーがあるのは1対だけなので、座るのは僕だけのようだ。

クレアンヌさまは別の時間に朝食をとっているのかもしれないし、僕とは別のお部屋で取られているのかもしれない。

僕がマルコーご夫人に促されて朝食の席に着く。

奥の扉からマルコーさんが出迎えてくれた。


「おはようございます、フィーロ様」


「おはようございます、マルコーさん!」


 僕は笑顔で挨拶を返した。

マルコーさんの表情は少し暗いように思う。


「本日の朝食を俺、私からご説明差し上げても?」


「マルコーさん、口調は昨日の感じが僕は好きですよ。

ぜひお聞かせください。

料理長シェフ自らご説明くださるのはとても光栄です」


「ああ、すまんな。

普段はお客人の前に出てくることはほとんどないもんだから、ついいつもの言葉使いに戻っちまうんだ。

ありがとうよ、フィーロの旦那だんな


「旦那だなんて。

フィーロと呼びすてにしてくださっていいんですよ、マルコーさん」


「いやいや、一応俺の立場じゃフィーロの旦那でもギリギリのところだ。

これでいかせてくれ」


「わかりました。

これからもよろしくお願いします」


「こちらこそだ。

今日の朝食だが、アントレは右からプチトマトとビーンズのジュレがけ、朝摘あさつアスパラとキノコのマリネーゼ、ウッフマヨネーゼ。

続いて、朝摘あさつみ野菜のサラダ、舌平目したびらめのムニエル、3種の根菜類スイートラディッシュ・パープルスイート・ビーツのソテー、パン・オ・ショコラ、リエット&バゲット。

デセールにはチーズとヨーグルトのいちご添えだ」


 見たことも聞いたこともない料理名がたくさん。


「朝からそんなにたくさん食べるんですか!?」


「お前さん、ご当主様の頼みで外に出るんだろう?」


「ええ、まあ」


「だったらこの時間だ。

もう昼に近いから昼食も兼ねた朝昼兼用ブランチなんだ。

きっと昼時に戻ってくることもないだろうしな」


「それでこの量なんですね」


 それにしてもたくさんある。

マルコーさんが僕の席にある装飾が施された陶磁ティーカップに紅茶を注いでくれて、さらに硝子器グラス柑橘類の果汁ジュースを注ぐ。

朝からこんなにたくさんの種類の食べ物や飲み物を目の前に並べられたのも生まれて初めてだ。


「これでもちょっと少な目にしてある。

お前さん少食だって言うからな。

この街の貴族のたちは、普段は晩餐よりも昼食の方が多くの時間をとって食べるんだ。

これくらいの量は普通の範囲内だ」


 驚いたことに、これでも抑えめらしい。


「わかりました。

今日もご馳走ちそうです。

ありがとうございます」


「お前さんの口に合うと良いが」


「いただきま〜す」


 僕は美味しい料理に舌鼓したつづみを打ちながら、もりもりと食べた。

その様子を見ているマルコーさんの表情にも、生来の明るさがよみがえってきたことを、マルコーご夫人は見逃さなかった。


「ご馳走様ちそうさまでした〜!

はぁ〜美味おいしかった〜!」


「そうか、そりゃぁお前さんのために用意した甲斐かいがあったってもんだ」


「マルコーさんの料理は全部美味しいのでご飯の時間がとても幸せです」


 僕は思った感想をせっかく隣に来てくれたマルコーさんに思い切りぶつける。

つまり、幸せオーラ全開でお礼を言う。

マルコーさんは満更まんざらでもなさそうに首の後ろをポリポリとかいている。

マルコーさんが少し戸惑い気味で助け舟を求めてマルコーご夫人に目配めくばせする。

ご夫婦で仲良しさんですね♪


「フィーロ様、お食事は終わりましたね?」


 僕の食事の頃合いを見計らってマルコーご夫人が声をかけてくれた。


「はい!

美味しかったです!」


「それは良かったですわ。

では、街に出る準備もございますので、そろそろ戻りませんと」


 マルコーご夫人も夫の料理を褒められたからか、少し声と表情が明るい気がする。

眼鏡の奥の目はなかなか表情が読み取りにくいこともあるが、基本的に優しいのだ。


「はい、またご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「そのつもりでございますのでご安心ください」


「よろしくお願いします。

マルコーさん!

晩御飯も楽しみにしてます!

ありがとうございます!」


「おう、こっちも気合い入れて作るから、残すんじゃねぇぞぅ」


「はい!ものすごく楽しみです!」


 そういってマルコーさんに手を振り、廊下に待機されていた従者の方々に付き添われながら食堂を後にする。

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