第15話 当主の依頼

「この街の噂話を聞き集めて私に教えてほしいの。

特に、行商や旅人の集まるところで話されているものよ。

最近、どうにもモノの流れがおかしい気がするのですけれど、私の集められる情報は主に昔から取引のある商人や、貴族間で話されているものばかり。

使用人を使って集めるにしても、旅人のコミュニティに出向かせるにはそこに話題として馴染める必要があるでしょう?

街に来たばかりの人達に馴染むのはなかなか難しいの」


 少し考えて、危険は少ないと判断し。


「噂話を集めるくらいなら」


「やってくれるのね。

嬉しいわ」


 僕の一言を聞き洩らさず、すかさず成立の方に持っていかれる。

クレアンヌさまはこういった交渉にものすごく慣れているのかもしれない。

少し警戒して懸念点をぶつけてみる。


「はい、でも、噂話をどのくらい集めるのですか?

何か方向性とかがあれば当たる場所とかも絞り込めそうです」


「ごめんなさい。

私にもどのような噂話があるのかまでは・・・人の流れや物の流れに関する噂、あとは旅人の間で良く話題に上るものなどを十個ほど集めてもらうのはどうかしら?

聞いた話は、場所と時間帯とその人の名前があれば助かりますわ。

集め終わるまではこの屋敷にいつまでいてもいいですわ」


「場所と時間帯と噂話してた人の名前ですね。

わかりました。

さっそく明日から街にいって聞き込みをします」


「ありがとう。

よろしく頼むわ」


 正直、拍子抜けするくらい簡単そうな依頼だと思う。

これだけ大きな街で流れる噂なんて無数にあるだろうし、噂話を聞き集めるだけならそれほど大変なことにはならないと思う。


「一応、期限とかはありますか?」


「そうですわね。

近々の情報が集まればいいので、一カ月ほどで何か掴めれば結構ですわ」


「一カ月ですね」


 一応期限は一カ月、十個の噂話を集めるのにそんなにかからないだろうから十分な余裕がある。

それまでに森での採集権をもらえると良いな。



 晩餐の後、クレアンヌさまは先に退出された。

僕はまだここでしたいことがあると伝えてクレアンヌさまを見送り晩餐会上に留まった。

廊下をスレアンヌさまの椅子の車輪が回る音を聞き、ブルーベルさんの足音とともに遠ざかっていくのがわかる。

僕は立ち上がり、そこかしこで聴こえる音をフクロウの聴覚で探りながら、料理が運ばれてきた方向へ歩いていく。

両開きの普通の扉があった。

その奥から聞こえてくる水音や食器の音が、そこが厨房キッチンだと示していた。

そっと扉を開けて厨房を覗き込む。


 厨房の中には3人。

あと片付けや明日の仕込みに追われている様子だった。

全くこちらには気づいていない。

1人はおそらく明日の分の仕込みだろう、大理石の調理台に様々な種類の野菜を並べて刻んでいる。

置いてある食材の山を見ると、既に半分程が終了しているように見える。

右に目をやると、二人の男性が並んで食器を洗っている。

そのうち一人は、油汚れに苦戦している様子で、洗っては感触を確かめて首をひねり、また洗うことを繰り返している。

僕は油汚れと格闘している男性に近づいていった。


「こんばんは。

あと片付け大変そうですね」


 突然横から見知らぬ人に話しかけられて、お皿を洗っていた二人は、持っていた食器を落としかけた。


「あ、あなたは?

もしかして今日のお客人の?」


 ヤハゥエさんの声だ。

僕の服装から察したのだろう。


「はい、ヤハゥエさん。

僕、ヘテロフィロス・オスマンサスと申します。

フィーロとお呼びください」


「どうして私の名前を?」


 ヤハゥエさんは初対面で名前を言い当てられて面食らっている。

隣の人や調理台に立つ人は、僕の相手は一旦近くのヤハゥエさんにお任せしたようで、作業の手を再開していた。


「たまたま知る機会があったんです。

ヤハゥエさん。

油汚れには柑橘系の果物の皮に含まれるエキスを混ぜるよいいですよ。

油のキレが良くなりますし、匂いもさわやかになります。

それと、長時間水に手をさらしている時はカズラ系の植物の茎や花、ツルから出るエキスを薄めて塗るのがオススメです」


 ドネットさんが使っていたラモーネという柑橘物の皮を見つけたので、ヤハゥエさんの持つ調理器具にラモーネの皮からエキスをほんの少しだけ絞って垂らす。

ヤハゥエさんはギョッとした様子で調理器具を見つめている。


「おいおい、マジかよ。

これ、本当に落ちるんだろうな」


「そのままエキスを油汚れがある所に満遍なく広げてから水で流してみてください」


 僕の言う通りにエキスを塗ってから水で洗い流すと、ヤハゥエさんの疑いは晴れた。

油はきれいに落ちており、布巾で抜き取るとさっぱりとした感触に。

おまけに少しラモーネの香りが厨房に広がり、良いにおい。


「すごい!

さっきまであんなに苦戦していた油汚れが、こんなに簡単に落ちるなんて!

ありがとうございます!」


「喜んでもらえて良かったです。

水洗いが終わったら、この小瓶に入ったカズラエキスを1滴手に垂らして、100ミリ程度の水で薄めながら手全体に馴染むように塗ると、手の荒れがひきやすいので、ぜひ使ってみてください。

他の方にも分けてあげてくださると嬉しいです」


「ありがとうございます、使ってみます!

ところで、あなた様はこんな所にいかがされたのですか?

ここはお客人には用のないところでしょう?」


「実は、マルコーさんを探しているんです。

どなたかマルコーさんの居所を知りませんか?」


「そうでしたか。

料理長シェフなら、隣の部屋で明日の献立メニューを作っているところだと思います」


「ありがとうございます!

ナザレさん、ソアソンさん、ヤハゥエさん!

今晩のお料理、とても美味しかったです!

ご馳走様でした!」


 残りの二人も驚いたように顔を上げて僕を見た。

二人の特徴は足音と調理台に響くリズムだ。

名前があっていたようで、厨房を後にする僕にかるく手を振ってくれた。

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