第14話 豪華な晩餐 当主との会話

 ご当主さまが席について、僕もまた先程と同じ席に着いた。


「本日は突然のお誘いにお越しいただきありがとうございます。

他のものたちにはフィーロと呼ばせているようね。

わたくしもフィーロと呼んでも差し支えないかしら?」


「はい、どうかフィーロとお呼びください」


わたくしはクレアンヌ・メイ・ジョゼフィーヌ・フォン・ハルト・ブロッサムベリーという長い名前があるのですけれど、今日だけは特別にクレアンヌとお呼びなさい」


「ありがとうございます。

クレアンヌさま」


「よろしい。ドネット」


 クレアンヌさまは先ほどの給仕ウェイターの人をドネットと呼び、目配せした。

晩餐の部屋の前には既にいくつもの運搬台カートが並べられている音が聞こえる。

厨房キッチンから飛び交っている料理名や材料名はどれも耳慣れないものばかりだった。


 習いたてのテーブル作法マナーに苦戦しながら、目の前に運ばれてくる料理を一つ一つ口にする。

食べたことのない複雑な味わいが口の中に広がる。

プチトマト一つとっても、これほど甘みのあるものは食べたことがなく、しかも、どの野菜も領内りょうない菜園ガーデンで取れたものらしい。

ハーブも何種類か育てているようなので、今度その菜園にお邪魔したいと思う。

食べながらクレアンヌさまと会話をすることも、一人旅が基本の僕には非日常感がある。


「フィーロ、あなたはどうして旅をしているのかしら?

あなたのような黒に近い瞳なら、腰を落ち着かせることも可能でしょうに」


「そうですね。

たしかにこの瞳の色に何度も助けてもらいました。

盗賊に捕まってもその場で殺されずに、あとで高値で売り飛ばすということで、他の方々よりも丁重ていちょうあつかいだったと思います。

旅の途中で何度も、今のクレアンヌさまと似たような質問をされたり、引き止められたこともあります。

その度に僕はお誘いをことわって次の街や村を目指しました」


「何か目的があるのですか?」


「僕は旅が好きなんです。

そして、もっとたくさんのものを見て、たくさんの薬を作りたい。目的としてはそんなところです」


「旅が好きで、薬を作りたいですか。

フィーロは、私にはあまり馴染みのない人種の人間のようですわね」


「では、クレアンヌさまは、どう言った人と?」


わたくしの周りには、ひとにぎりの信用にたる使用人達を除けば、利益と権力に目がない貴族の連中と、財産目当てに取り入ろうとしてくる商人や軍人ばかりが言い寄ってきますわね。

わたくしの足は見ての通りですから、仕方のないことと思っておりますわ」


「人が寄ってくるなんて、なかなか凄いことだと思います。

僕は見ての通りの小さな若輩者じゃくはいものなので、自分で作った薬を売るために行商あきないをしても、なかなか人が集まらないです。

大抵の人は通り過ぎてしまう。

たまに立ち止まっても買ってくれる人はほとんどいないので、路銀ろぎんを稼ぐにはいつも苦労しています」


「私にはあなたの方が余程よほど凄いことをしていると思ってしまいますわ。

その自称じしょう小さな若輩者さんが、一人で街や村を点々と旅ができるほど、安全ではないと思っていますわ」


「色々な失敗をして、トラブルに巻き込まれたり、危険な目にも数え切れないほどっています。

つい昨日も、薬の研究に夢中になってしまって、あそこの森でせっかく採集した薬草や菌類を猪に食べられてしまいましたから」


 森の方角を指さして言った。


「しかも、採集って許可なしじゃダメだったようで、兵士の方々に見つかって捕まってしまい、それからここに連れて来られたのですから」


「私がたまたまあなたの話を耳にしなければ、今頃あなたは牢屋の中だったかしら」


「クレアンヌさま、釈放の件、ありがとうございました。

でも、こんな僕をこのお屋敷にかくまっても大丈夫なのでしょうか?

僕って通行証も持ってないですし、いわゆる不法滞在ふほうたいざいなわけですよね?」


「こう見えても、私もそこそこの貴族ですわ。

あなたごときを一人や十人匿ったところで、誰もわたくしとがめることはございませんから、ご安心なさいな」


「すごいです。

クレアンヌさま」


 美味しい食事のおかげか、美女との会話も進み、至れり尽くせりの晩餐だ。

しかし、気になることがある。

聞いてもいいのかわからないので、伏せているが、僕の席に運ばれてくる料理と、クレアンヌさまの席に運ばれてくる料理を見比べると、少し違うもののようだ。

給仕ウェエイター・ウェイトレスの方々も、何度も僕用とクレアンヌさま用がどちらなのかを毎回しっかりと確認しあっている。

どうにも妙に落ち着かない。


 運ばれてくる時には保温用のふたがされていて内容が見えないが、クレアンヌさまの手元と僕の皿の中身をよく見ると、明らかな違いがある。

僕の皿には魚や獣などの肉がふんだんに使われている。

僕のこれまでの食事では、これほど多くの肉や魚が入っていることはなかったし、味付けも肉や魚の美味しさを引き出す工夫が凝らされている。

対してクレアンヌさまのお皿には、固形の肉や魚はほとんどなく、基本的にカトラリーも銀スプーンから変えていない。

しかし、前菜などの温野菜は普通に固形で三又の銀のカトラリーフォークで食べていた。

歯が悪い訳では無いだろう。

食べ方のわからない僕はそれを見て三又の銀のカトラリーフォークで温野菜を刺して食べることができたのだ。


 では、どうしてせっかくの豪華な食事なのに、クレアンヌさまは肉や魚をあまり食べていないのだろう?

不思議そうに首をかしげる僕にクレアンヌさまがたずねてきた。


「フィーロ、どうしましたか?

こたびの晩餐で食べられないものでもありましたか?」


「いえ、僕は基本的に何でも食べられると思っています。

ですが・・・お尋ねして良いものかと思って・・・」


わたくしのお皿になにか気になることでも・・・」


 僕の視線に気づいて言いかけた言葉を一旦飲み込んで。


「そなたは目が良いのかしら?」


「はい、二十メートル先の弓のまとを見ることはできます。

的に当てるのは難しいけど」

「それで、何が気になっていらっしゃるのかしら?」


「いいのでしょうか?

気を悪くなさらないでくださいね・・・クレアンヌさまは、先程から肉や魚を食べていないように見えるのですが・・・。

肉や魚は主に貴族の方が食べているイメージがあります。他の街でもそうだったので。

どうしてクレアンヌさまは食べていないのかをお尋ねしてもよろしいですか?」


「理由はいくつかあるわ。

でも、ごめんなさい。

その質問には答えかねますわ。

とてもデリケートな問題ですから」


「あ、あわ、不躾ぶしつけなことをお尋ねして申し訳ございません!

一応、僕も薬師の端くれですから、何かお役に立てたらと思ったものですから」


「そう、今後機会があれば、薬のことできいてもいいかしら?」


「ええ、僕で良ければぜひお聞かせください」


「ところで。

フィーロはこの街に何か用事があってきたのかしら?」


「はい、この街にというよりも、先程も話していたあの森で珍しい植物があったので、それを使った薬の研究をしたいです」


「残念ながら私には森での採集権を用意してあげられないの。

役所に正式に認められるまでは採集はできないわ。

その代わり、この街への通行証の発行と、私の管轄している区画で露天商をする場所を貸してあげることならできますわ。

寝泊まりもこの屋敷の部屋を好きなだけ使いなさいな。

空き部屋はたくさんあるわ」


「え?いいんですか?

そんな何から何まで、ありがとうございます」


「ただし、条件がありますわ」


 わざわざ一介の旅人を釈放までして、お屋敷に呼んでご馳走を用意してくれて、タダとは行かないとは思っていた。

どんな条件なのかによっては、好条件とはいかなくなる。

その場合は他の条件に譲歩してもらえないか交渉をしたり、諦めて街を出るしかないだろう。

たまに立ち寄った村などで割と無茶な要件の依頼を受けたことがある。

最終的にどうにかはなったけど、相当消耗したし、下手をしたら死んでいてもおかしくなかったこともあったのだ。

誰かのために命を危険に晒すのは、良い条件とは言えない。

僕は身構えて尋ねた。


「どのような、条件ですか?」

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