第12話 晩餐会場にて

 二度目の着替えを終えて、またもやきらびやかな装飾に気飾り立てられた。

今度こそ晩餐の席に向かう。

習いたての作法を忘れないように脳内で反芻はんすうする。

少なくとも、今日だけは無礼ぶれいのないように立ち居振いふる舞わないとならない。

どうしてここに呼ばれたのもわからない状況では、たとえ逃げることになったとしても今のところ突破口がない。

左右や後ろには常に複数の監視の目があり、従者の何人かは何度も入れ替わっているから、おそらく監視状況を逐一ちくいち報告されいるのだろう。

下手なことをするとすぐに命はないと思った方がいい。

そんなことを考えながら案内された扉の前。


 扉は高い天井近くまで開く大きく、そして重そうな見た目をしている。

その扉の前に一人の男性が立っている。

ビシッと洋服を着こなして、手足も長く身長も高い。

足をそろえて姿勢もまっすぐに直立している。

顔にはおもてなし用の笑顔を浮かべていた。

動かなければ、蝋人形ろうにんぎょうだと言われても信じてしまいそうだと思ってしまう。

腰からきれいに、本当に綺麗すぎるくらいに、まっすぐ僕の方へ分度器ぶんどき1度のズレもなくお辞儀じぎをしてみせてから、その男性は口を開いた。


「どうぞ、フィーロ様。中へお入りください。

じきにご当主様もいらっしゃいますので、お席でおくつろぎくださいませ」


 その声や発音も、本当に感じが良い響きで、初めて聞いたはずなのにとても心地よく、もっと聞いていたいと思わせるなにか魔力めいたものがあった。

意識していてもあそこまで洗練された動きができる人は少ない。

心地よい声も洗練の先にあるものなのだと思う。

真似をしろと言われても一朝一夕いっちょういっせきでできるようなものではないと思う。


 従者の方々は、どうやら中へ入らないらしい。

振り返ると、扉の前まできているのは僕だけで、いつの間にか十メートルほど前で従者の方々は足を止めていた。


「みなさん、色々と教えていただき、ありがとうございました」


 僕は従者の方々にお辞儀をした。

従者の方々は僕にギリギリ届くくらいの拍手をかえしてくれた。

きっと後ろで扉が開き始めたので、ここからは大声を出すのはあまり良くないのかもしれない。


 自分が座る晩餐の席を確かめるため振り向いた。

扉の奥には広間があった。旅の途中で立ち寄った村の村長の家よりも、この晩餐の部屋の方が広と感じた。

これが貴族の、しかも当主の、日常空間なのかと驚嘆きょうたんきんじえない。

 内装インテリアのうち、布目のものは深紅スカーレットで統一されており、木製のものは金メッキが施されている。

長い長い晩餐卓が置かれており、真っ白な掛布テーブルクロスが敷かれて、その上に色とりどりのフルーツや花が彩られている。

大きなめなロウソクと無数の光が灯るシャンデリアが部屋を暖かく照らす。

中でも僕の気を惹いたのは入ってすぐに左手にある大窓だ。

高い高い天井まで縦に、赤、青、黄、緑、紫、橙、紺、茶、黒、白の色鮮やかな配色のステンドグラスが施されている。

大きなステンドグラスは、大きな教会にしかないと思っていた。

教会以外でみた巨大なステンドグラスは初めてで、さらに僕が見たステンドグラスの中ではダントツの大きさと色の数だ。

描かれているものも、教会定番の物語ではなく、森や生き物などの自然とあわせて賑やかな街の一角が描かれている。


「フィーロ様。こちらへどうぞ」


 僕が魅入みいっていると、少し困った様子で声をかけられてしまった。

いけない、しっかりしないと。


「失礼いたしました。

素晴らしいステンドグラスですね」


 声をかけてくれたのは給仕服ウェイター姿の男性で、感じの良い笑顔で席まで案内してくれた。

座席は決まっているようで、晩餐卓の扉に一番近い椅子いすを引いて座るように誘導された。

たしか先程の作法で習った時に、末席がこの席だったはず。

そして、おそらくそれ以外の席には誰も座る予定がないのだろう。

卓上に用意されたカトラリーは二組だけで、僕の座る末席に一組と、一番奥の首席に当たるところにもう一組。

ご当主さまと1対1での晩餐になるようだ。

少しだけ緊張で手が震える。


「食事がのどにつっかえてはいけませんから、お食事前に一口お飲みになられてはいかがでしょうか」


 ゴクリと生唾なまつばを飲み込む僕に、給仕ウェイターの男性が水を注いでくれた。


「ありがとうございます。

いただきます」


 ごく、ごく、ごくごく。

一息に飲み干してしまった。

なんというか、これまでの旅の中で、いや、生まれてから飲んでいた水とは全く異なっていた。

単純に美味しいと感じる水は、清流からくんできて沸かして飲んでいた水の方だ。

しかし、この水は非常に飲みやすいと感じたのだ。

喉にひっかかるものもなく、不思議とスルスルと流れていく感じがした。


 給仕ウェイターの男性を見やると、少し驚いた顔をしていた。

その手には柑橘系かんきつけいの果実と小刃物フルーツナイフがあった。


「とても喉がかわいていらっしゃったのですね」


「はい、実はとてもとても喉が乾いていました。

でも、このお水は不思議で、一口だけのつもりが、なんというか、ものすごく飲みやすかったので、ごくごく飲めました」


左様さようでございましたか。

では、次はこのお屋敷流のお水の飲み方をお試し頂きたいので、少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


「このお屋敷流のお水の、飲み方ですか?

ぜひお願いします」


「かしこまりました。

喉が乾く時には、体の中の水分が不足している合図サインでございます。

体から水分が出ていく時は、塩分やビタミン、ミネラルなんかも一緒に流れて行きますね」


 給仕ウェイターの男性は手を動かしながら話してくれる。

僕は頷きながら手つきを観察する。


 硝子器グラスに先程の水差しウォーターボトルからお水を注ぐ。

小刃物フルーツナイフで柑橘系の果実を半分に切る。

果実の爽やかな香りはリラックス効果がある。

切った果実の半分を山形の器に乗せてぎゅっと絞ると、さらに香りが広がった。

果実の果汁を先程の硝子器グラスに注ぎいれ、加えて二種類の粉粒を硝子器グラスにつまみ入れた。

硝子器グラスをかき混ぜて僕の席の硝子器グラス置きにのせてくれた。


「この果物はラモーネという柑橘物です。

とても酸味があり、ビタミンCが豊富です。

これを絞って、果汁をお水に加えます。

さらに、砂糖と塩でミネラルを加えると、乾いた体に必要な水分とビタミンC、ミネラルを満たすお飲み物でございます。

では、お試しを」


「わぁ!ありがとうございます!

いただきます」


 硝子器グラスを手に取ると、ラモーネがとても爽やかに香る。

未知の飲み物に一口だけ口を付けると、刺激的な酸味を感じた。

その酸味と塩分、糖分が混ざり合うことで、味に緩急がついて、飲み口が柔らかいお水と良くあっているように感じた。

硝子器グラス半分程はんぶんほど飲んだ。


「爽やかですっぱくて塩味しおあじもあって甘くて、とっても美味しいです!

ありがとうございます!」


感想を添えてもう一度感謝を伝える。

給仕ウェイターの男性は柔らかい笑顔でうなずいてくれた。

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