第9話 突然の釈放
看守のブルームさんがいそいそと来客の対応のためにかけていく。
僕はその場で立ち止まり、なんの気もなく待ち人の方へ顔を向けた。
すると、その待ち人と目が合った。
その鋭い眼光に一瞬でチャネリングが不安定になり、素早く顔を背ける。
どうしてあれほどまで険しい表情で、こちらを睨んでいたのだろう?
待たせたのが不味かったのか。
それにしては、離れていても分かるほどの
しかし、待ち人はこちらを見ていなかった。
ブルームさんと話しながら書類にサインしているところだ。
あの鋭い眼光を浴びないことに胸を
待ち人の出で立ちはシンプルでいて上品さも感じる仕立ての良さそうな
背筋がスっと伸びており、隙のない
それでいて、貴族や王族などとは違い、主張し過ぎず、どこか
一体何者で、どのような要件でここに来たのか気になってしまうが、この後、牢に入れられる僕にとっては
シンプルにかっこいいおじいちゃんがいるので、眺めていようと気持ちを切り替える。
先程の視線も気になるところだし、目を離すのは少し危ないようにも思えた。
ジロジロと待ち人を眺めている僕に、突然振り向いたブルームさんが尋ねてきた。
「おい、坊主。
お前一体何者なんだ?
お前を引取りに来たんだとよ」
「え、僕?ぇ、引取り??」
ブルームさんに
「申し訳ありませんが、どちら様でございますでしょうか?
また、僕は今日、初めてこの街に来たところなので、この街に知り合いがおりません。
誠に恐れ入りますが、僕を引き取るというお話は、人違いとかではないでしょうか?」
「突然の申し出に困惑されるのも無理はございません。
しかしながら、我が当主より貴方様を連れて参るように、たしかに
「それは、罪人として僕に
「いえいえ、申し訳ございません。
私は貴方様に我が当主のお客様として迎え入れよと命じられております。
外に
ブルーム看守兵にも承認を頂いている正式な手続きも完了してございます」
待ち人の男性はブルームさんにアイコンタクトと仕草で縄を解いてくれるように合図を送る。
ブルームさん素早く僕の縄を解き、僕の荷物を持ってきてくれた。
「ブルームさん、ありがとうございます。
短い間でしたが、お世話になりました」
「いやぁ、貴族の釈放命令なんて。
こんなことは
まぁ、元気でな坊主」
「はい、ブルームさんも食生活や生活習慣に気をつけてくださいね」
短い
ブルーベルさんに促されて、馬車に荷物を押し上げてから、自身も乗り込もうとする。
車高が高く、なかなか上がれない。
そこへすかさず手を差し伸べてくれるブルーベルさん。
壮年になっても顔立ちの整った状態を維持していて、この気遣いと立ち居振る舞いだ。
きっと、若い頃はモテはやされただろう。
僕の腰をグッと押し上げてくださり、無事馬車に乗り込むことができた。
「ありがとうございます。
ブルーベルさん」
「こちらこそ、不躾にもお手を煩わせてしまい、申し訳ございません」
「とても助かりました。
降りる時もお手をお借りしても良いでしょうか」
「よろしければ、お降りの際は台をご用意いたしましょう。
実は我が当主も幼い頃使っていたものがございます」
「それは、ぜひお目にかかりたいです」
馬車が動き出し、ブルーベルさんもとても友好的な態度を表面上とってくれている。
内心の緊張が少し解けてしまった。
ぐぅぅうぅぅ〜〜〜
盛大に鳴るお腹の音が二人しかいない車内に響く。
僕は恥ずかしさのあまり顔や手が紅潮していくことを止められなかった。
「あ、あははは、すみません。
朝起きてからご飯を食べる暇がなかったものですから。
あははは」
喉から水分が抜けて乾いた笑い声しか出ない僕に、ブルーベルさんは優しく微笑んでこう言ってくれた。
「お食事はまだのようですね。
料理長に客人のお食事の用意を頼んでおいて良かった。
彼も張り切っていたので、お口に合うと良いのですが」
「わあ、何から何までそんな。
僕、それほど大した者では無いので、あまりもてなされると、かえって申し訳ないなと思ってしまいます」
「いえいえ、客人をもてなすことは、私ども従者としては楽しいイベント事でございますから、お気になさらずにお
多少サービスし過ぎたとしても、私どもが楽しむために行っていることなので、深くは考えないでいただきたい」
ブルーベルさんは心遣いの達人かもしれない。
後ろ向きがちな僕を優しく
「ところで」
ブルーベルさんは一呼吸の間をあけて、
「誠に
私めは、貴方様をどのようにお呼びするのがよろしいでしょうか」
一瞬だけ牢獄で見たブルーベルさんの鋭い眼差しが
「ぼ、僕の名前は、ヘテロフィロス・オスマンサスと申します」
言ってしまってから、ブルーベルさんの眼光が鋭くなっていく。
既にこの名が偽名であることは
ブルーベルさんは静かにこちらを見ている。
心臓がバクバクと暴れ今すぐ逃げろと脳を
しかし一方で、冷静な自分が、逃げてもこの街にいる以上この人から逃れることはできないと身体を引き止める。
ブルーベルさんの眼光は
大きな傷を負っているようには見えないことから、戦場を無傷で生き残ったということだ。
歩く時の
身のこなしから相当な
今の僕ではたとえ相手が
僕には
「では、ヘテロフィロス様とお呼びしてもよろしいですかな?」
「は、はい。
あ、あの、ふぃ、フィーロとお呼びくださっても結構です」
「では、フィーロ様とお呼びいたしましょう。
率直にお聞きしますと、その目はいったいどうされましたでしょうか?
先程から
集中力が途切れかけている。
でも、これも最初から
これ以上取り
「僕は旅の者ゆえ、危険に巻き込まれるのを嫌います。
そのため、申し訳ないのですが、僕のような
そしてこの目は、まじないで少し目の色の見え方を変えていました。
この国でも目の色によって
旅すがら色々な町に立ち寄りましたが、ここのように大きな街なら違ってくるかと思ったのですが、結果はブルーベルさんならご存知でしょう。
そして、この目のまじないにブルーベルさんは最初から気づいていたのですよね」
顔を上げて本当の瞳の色でブルーベルさんをみる。
ブルーベルさんは深々と頭を下げながら謝ってくれた。
「
かしこまりました。
「お顔を上げください、ブルーベルさん。
あなたにもご事情がお有りなんですよね」
「私は、我が当主を
やはりあの眼光に込められた殺気は本物だった。
僕の
でも、考えてみれば貴族の人から見ればちっぽけな旅人の一人や二人、どうとでも出来てしまうのだろう。
これまでの旅でも、幾度となく権力に消された人の噂を耳にしてきた。
それが自分になっただけで、これほど恐ろしいことはない。
「そう、でしたか。
ご冗談だと思って、聞かなかったことにしますね」
動揺を隠すこともできず、僕は
ブルーベルさんはきっと嘘をついていないし、ましてや冗談も言っていない。
でも、今の僕に言える精一杯の強がりで、ブルーベルさんのせいではないことは伝えたかった。
屋敷に着くまでそれほど長い時間は経っていないのに、ここ最近で最も身の危険に
これから対面するであろう当主にも、十分な警戒が必要だろう。
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