第8話 ダーラムの牢獄にて旅人の取り調べあり

 そうこうしているうちに収監所しゅうかんじょに着いた。

街の外れ、街の北西に位置しており、門と中心部から離れている。

高い壁に囲まれた建物で、街の外壁に接している。

中に入ると薄暗うすぐらくて見通みとおしが悪い。

おそらく囚人しゅうじん把握はあくさせない為だ。

パスパルムさんが書類を提出ていしゅつし、看守かんしゅはその書類に目を通す。

パスパルムさんと看守は二言三言ふたことみことわして手続きが完了したらしい。


「盗人よ、ここでお別れだ。

恨むなら自分の行いを恨め。

俺たちはそれを規則に従ってひっらえただけだ。

俺たちを恨むなよ。

じゃあな!」


「パスパルムさん、ブリザさん、お手数をお掛けしました」


 看守に縄を握られながらパスパルムさんとブリザさんに頭を下げる。


「ははは、マジでお前変わってんな!

そういやお前、名前はなんて言うんだ?」


「僕は、ヘテロフィロス・オスマンサスです。

名乗りもせずにすみません」


「いや、気にするな。

普段はいちいち盗人の名前を聞いたりしないが、お前はほかの盗賊とはちがって礼儀作法れいぎさほうをわきまえてるから、すぐに出てくるかもしれんしな。

じゃあな、ヘテロフィロス」


「パスパルムさんとブリザさん、お元気で!

さようなら〜!」


 立ち去る二人の後ろ姿に声を届ける。

二人は軽く手を振ってくれた。

その姿はすぐに角を曲がり見えなくなった。

僕はうつむき、隣の看守に聞こえないようにつぶやいた。


アルジェント イン オキュリスArgentum in oculis

【私の目に銀色を宿せ】


 たちまち旅人の目が銀灰色になった。

顔を上げ、看守に向き直り、挨拶あいさつをする。


「これからお世話になります。

ヘテロフィロス・オスマンサスといいます。

看守さん、どうぞよろしくお願いします」


 深々と頭を下げる。


「よし、じゃあ早速こっちに来い」


 お辞儀の途中から、縄を強く引かれて付き従う。一瞬だけ目が合った時に表情がくもったことは見逃さなかった。

きっとこの国でも偏見がある。

それを確かめるためにわざわざ瞳の色を変えてみたのだ。


「淡目のお前なら盗みの一つや二つじゃあないだろう。

洗いざらい吐いてしっかりとつぐなうのだな」


 淡目とは、灰色や白に近い色の目を持つ人に対する差別用語だ。

旅人の生来せいらいの目の色は黒に近く、差別対象というよりは優遇対象ゆうぐうたいしょうとなる。

基本的に目の色が濃ければ濃いほど美しいとされている。

黒は最上位だ。

銀色や灰色、薄い青などの目の持ち主は、日差しの影響で失明症になることも多く、ほかの目の色よりも多くの場合、待遇たいぐうが悪く、地位が低い人が多い。

色の薄い目の赤子あかごは「大成たいせいできない」と嫌われ、早くに捨てられることもある。

結果として薄い目の色の子は親無しが多くなり、路上生活や孤児院で暮らすか、旅に出るのが日常的である。


 旅人は呪文と精神統一チャネリングを組み合わせることで、見た目や機能を一時的に変化させられる。

その一時的な変化でさえ、差別する側には気づけない。

そもそもこの変化は魔法の一種で、ほとんど普及ふきゅうしていないので、色を変えることができるなんてそもそも思わないのだろう。


 地下室に連れてこられた。

光が差し込む窓がなく、ロウソクが一本だけ灯されている。

商人にあふれた街の喧騒けんそうが遠い。


「まずは、出身地と年齢から言え」


 看守が置いてある椅子に腰掛こしかけ、聴取ちょうしゅが始まった。

僕が答えた内容をメモに取っている。

少し誤字脱字があるものの、おおむね正確だ。

『シルバーアイズ』とも記載している。

さすがに調書には差別用語の『淡目たんもく』とは書かないようだ。

案外あんがい真面目な人なのかもしれない。

ひとしきり聴取に答え、看守はあまり納得していないような口振りで言った。


「お前の証言からすると、お前は昨日ダーラムの国有森林に無断むだんで踏み入り、きんじられている無断むだん採集を行った。

採集品目は薬草、樹木の枝、苔と菌類、つる科植物、木の実、小魚。

それから夜間に猪の子供に採集したものを食べられた。

いくつかの薬草で薬を調合し、効果を確かめるために内一本は服用した。

これで間違いないか?」


「はい!さすが聴取に慣れていらっしゃいます。

むちゃくちゃ正確です!

すごいです!」


「で、お前は何で捕まったんだ?」


「え?無断採集で捕まったんだと・・・思います」


「お前の荷物は預かっている。

今持ってくるから、どれが自分で調合した薬か証言しろ」


「あ、はい、わかりました。

えぇと、一応持っている薬はどれも僕が調合したものです。

昨日森で調合したものも分かります」


 暗くてよく見えないが、看守のいぶかしんでいる雰囲気が伝わってくる。

僕の荷物を持ってきて、一つ一つ確かめていく。

しかし、さすがに数が多いので、後半は調合した薬だけ確かめるようになった。


 地下の聴取室を出たのは夕刻ゆうこくだった。

精神統一チャネリングを維持するのもキツくなってきた。

小さな変化なので普段は維持するのは簡単だ。

さすがにご飯も食べずにここまで拘束されっぱなしだと、非常に疲れてしまう。

途中何度もお腹の音が鳴り、ちょっと気まずかった。


「悪いな、坊主。

あまり時間はかからないと思っていたんだが、すっかり遅くなっちまった。

お前がシルバーアイズだとしても、薬の調合ができるなんて凄いことだ。

少なくとも俺には出来ない。

お前の薬が本当に効くことも実感している」


 そうなのだ。

看守さん、改めブルームさんは、聴取の途中で腹痛に見舞われ、僕の持っていた腹痛薬を一本贈呈ぞうていした。

最初はうたがって飲んでくれなかったが、腹痛に耐えかねたのか意を決して飲んでみてから、症状が改善されたのだった。


「一応言っておきますが、僕の薬は万能薬では無いですし、原料を採集できないので、今は数にも限りがあります。

くれぐれも、お腹をこわすような食生活や生活習慣を見直して、予防することが大事ですからね」


 これは薬を売る時に毎回言うことだ。

薬だけでは全ての人は健康で居られない。

健康に良い習慣や健康的な食事は、全ての人に効く特効薬だ。

薬がこの生活習慣や食事の代役を努めることはできないのだ。


「坊主はそこらの医者より医者らしいことを言うな。

それも長く旅をして気づいた事なのか?」


「旅の実感でもありますし、調合を教えてくれたお師匠の言葉でもあります。

たぶん、お師匠はお医者さんだと思うので、医者の言葉と言っても過言ではないかもしれないです」


「そうか、医者の言葉なら納得だな。

今度から気をつけるよ。

おっと、誰か来てる。

坊主、ちょっとそこにいろ。

逃げるなよ、逃げたら罪が重くなっちまう」


「わかりました。

ここで待ってます。

待ってる方のところに早く行ってあげてください」

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