第7話 小さな旅人は取り締まられる

 翌朝。


「おい、いいかげん起きろ!」


 小さな旅人は、見知みしらぬ男の人の大声で目を覚ました。


「おふぁようござぃます・・・しつれれながりゃ、どちらひゃまでございまひょうか」


 あくび交じりにしぼり出した寝ぼけ声に、目の前の人は明らかに怪訝けげんそうなしかめ面を浮かべている。


「まぁ、なんだ。

一応名乗っておく。

私はダーラム街兵団がいへいだん ミスカンサス小隊所属 パスパルム一兵いっぺいだ」


「こりぇは、ごていねいに、ありあとうございまあぁうひゅ」


 あくびが止まらない。

辞儀おじぎをしようとしてようやく異変に気が付いた。

寝袋で寝ていたはずなのに、いつの間にかなわしばり付けられていて身動みうごきがとれない。


「あれ?え?なんだこれ?縄が」


「ようやく自分の置かれている状況に気づいたようだな。

しかし、盗人のお前は縛り上げられて当然だろう。

今からお前はダーラムで嫌疑けんぎにかけられる。

罪状は、この森での不法採集だ」


 やってしまった。

迂闊うかつだった。

ただでさえ寝起きで血色けっしょくの戻らない顔面から、さらに血のが引いていく。


「えぇと、パスパルムさん・・・?

この森はダーラム交易都市国の保護区か何かなのですね・・・ごめんなさい。

昨日、いくつかの種類の薬草を許可なく採集してしまいました・・・」


「自分の犯した罪を正直に白状はくじょうするのは良いが、話はダーラムのろうでたっぷり聞いてもらえ。

さあ立て」


 座り込んでいた旅人は、無理やり立たされて、縄で連行される。

なすがままに後をついていくしかない。


「荷物は検閲けんえつに回すから安心しろ。

もっとも、盗んだものは戻ってくる保証がないがな、はっはっは」


「あぅ・・・」


 おそらく彼の手柄てがらとなるであろう盗人の検挙けんきょに気を良くしたのか、パスパルムさんは上機嫌じょうきげんだ。



 パスパルムさんと、もう一人のダーラム街兵団のブリザさんに連れられて森を後にする。

手首と足首に縄が巻かれ縄のはしをブリザさんがにぎっている。

先ほどまでは縄の先をパスパルムさんが握っていたが、ダーラムの街が近づいてきたところでブリザさんに交代した。

二人の兵士にわきを固められて逃げられない。

門の前に長蛇ちょうだの列をなしているキャラバンの横をどんどん進み、街門がいもんへ近づいていく。

立ち並んでいる人達からはどうやっても注目を集めてしまうし、どうみても罪人ざいにんが捕らえられた格好かっこうだ。

そこかしこでヒソヒソとささやかれている話題の中心は僕だろう。

ここまで衆目しゅうもくにさらされたことがないので、羞恥心しゅうちしんから耳まで真っ赤に紅潮こうちょうしてしまうことを止められない。


 門に近づくと、門の前には十人ほどの門番らしき人たちが立っており、せわしなくキャラバンの荷物を確認したり書簡しょかんの確認をしている。

パスパルムさんも書簡のようなものを荷物から取り出して街の門番の人と何やら話をしている。

門番の人も同じような服装をしていて、パスパルムさんと談笑だんしょうしているので、知り合いのようだし、門番もダーラムの兵士なのかもしれない。

隣で僕を監視し続けるブリザさんに疑問を尋ねてみた。


「すみません、ブリザさん。

ここってダーラムに入る門だと思うんですけど、街に入るには、皆さん書簡のようなものを門番さんに見せているようです。

いったい何の書簡をみせているんですか?」


「なんだお前、通行証を知らないのか?」


「通行証・・・僕、通行証なんて持ってないですよ?

そんな人を街に入れて大丈夫でしょうか?」


「そんなことを心配してどうするんだ?

これから牢に入るやつに通行証なんて必要ないだろう」


「そうなんですね、通行証無しで街に入れるなんて、ちょっと得をした気分です。

でも・・・牢屋ろうや行きなのは困りました・・・」


「大人しく仲間の居場所や主犯格しゅはんかくの情報をけば意外と早く解放されることもあるらしいぞ。

なるべく早く本当のことを吐いてしまった方がお前のためになるさ」


「はぁ・・・」


 特に組織立った犯行とかではないので、もちろん主犯は僕自身で、知っていることもそれほど多くない。

犯してしまった罪は罪なので、解放されるにはしっかりとつぐなう必要がある。

暗い牢屋で過ごすことになる暗澹あんたんたる未来をうれいため息をつく。

ついに僕も犯罪者の仲間入りとは・・・。

しっかり情報収集せずに森に勝手に入って、貴重な薬草をんだのだ。

軽い刑で済まされるとは限らない。

旅の途中で見たように、絞首刑こうしゅけいや火あぶり、はりつけやさらし首など、怖い刑罰けいばつしか見たことがないので、思い出してしまうと足がガクガクと震えてきた。


「おい、お前。大丈夫か?

見るからに足が震えてるぞ。

まさか、俺たちの知らないところでとんでもない罪を犯してるんじゃないだろうな!?」


「え!?ぼ、僕、何をしてしまったんでしょうか?

薬草や菌類や木の実を少しと、小魚を一尾捕まえて食べてしまったことは、とんでもない罪になっちゃうでしょうか!?」


「その程度なら別に大した罪とは言えないな」


「ほ、本当ですか!?

よかった、いえ、よくはないですね。

ごめんなさい」


「はっはっは、お前、面白いやつだな」


 ブリザさんはおかしなものでも見つけたようにけたけたと笑っている。

そこへパスパルムさんが戻ってきた。


「ブリザ二兵にへい、対象の監視助かった。

にしてもどうした?

任務中に大笑いとは、らしくないぞ」


「はっ!パスパルム一兵、申し訳ありません!

盗人の状況に異常ありません。

こいつが少し面白いことを言うもので、思わず笑ってしまいました」


「そうか。おい盗人。

お前、何を言ったんだ?」


 パスパルムさんはいぶかしに僕に尋ねてきた。


「え、あの・・・通行証を持ってない話とか、薬草や木の実や菌類の採集と小魚一尾を捕まえたこととかがとんでもない罪になるかとか、ブリザさんに聞いてて」


「うむ?そうか。

まあいい、行くぞ。こっちだ」


 パスパルムさんの後に続いて街へ入る。

街の中に入ると大通りは人であふれていた。

交易都市国家というだけあって、さまざまな品々が連なっている。

きっとこの通りで買い物をするだけで生涯、何でも手に入る。

お金さえあれば一生、物に困ることはないだろう。


「あのお店。

随分と薬の値段が高いのですね」


 ふと目に飛び込んできた薬売りの露店。

その価格に驚いた。

旅人にも調合できる馴染みの薬が高値で取引されている。

しかも、何本かは売れている様子だ。

ブリザさんが僕のらした独り言に。


「ん?どこの店だ?

不正に高値で取引されているようなら、俺たちダーラム兵団が見回りで注意喚起ちゅういかんきしているはずだが」


「あそこです、ブリザさん」


 ブリザさんにも見えているお店を指差した。


「あそこの店か?

一瓶700大陸ダルク・・・特に普通の価格だと思うぞ?」


「えぇ!?700ダルクで普通なんですか!?」


「おいおい、この辺じゃ薬は高級品だぜ?

700ダルクならまだまだマシな方だ。

高い時は倍以上で1500ダルクの時もあるくらいだ」


「うゑ!!?」


 思わず声が裏返ってしまった。

1500ダルクといえば、二つ前の町なら高級宿に一泊して夕・朝食を食べてもお釣りがくるような高値だ。

それほどこの街の物価が高くて、それを買える人達が集まっている証拠なのだろう。

軽く見積みつもって、僕が持っている薬を一瓶700ダルクで半分売るだけで今後の路銀を稼ぐには十分かもしれない。

いや、例えばこれから通る都市の物価がもっと高くなるなら、ギリギリくらいかもしれない。

想像しているよりも物価の変動が大きくてこの先の道のりで食べていけるのか不安になってきた。

普通に調合できる薬でこれほど高いということは、日常的に買っていたものも、きっととてつもなく高いだろう。

そう思うと、血の気が引いて目が回ってきた。


「おい、大丈夫か?

下向いてふらついてると危ねぇから、しっかり前を向いて歩け、少年!」


 ブリザさんの屈強くっきょうな手のひらでバシッと背中を叩かれ、背筋がビシッと伸びる。


「は、はい、すみません!」


 案外加減をしてくれてバシッという音に反して痛みほとんどない。

むしろ、絶妙な加減だったので、背筋が伸びた時に心地よくすら感じた。


「二人とも、何をもたもたしている!」


 パスパルムさんが見かねて声をかけてきた。

こんなに人混みがすごいのに、小さな僕や多分たぶん後輩こうはいのブリザさんをちゃんと気にかけられる。

パスパルムさんは、きっとできる人なのだろう。


「はーい、今行きますー」


「お前、罪人なのに何でそんな呑気のんきなんだよ」


 ブリザさんより先にパスパルムさんの元にたどり着いた僕に、ブリザさんがあきじりにそうに言った。


「だって、お二方ともとても雰囲気が良くて、悪い予感がしなくて、ちょっと安心感すらあるんですもん」


「盗人にめられるようじゃ、俺達もまだまだだな。

ブリザ二兵にへい

明日からの訓練、普段より引きしめて挑もうか!」


「はっ!パスパルム一兵!

了解であります!」


二人のやり取りにニコニコとついて行く。

きっとこの隊の人達は冗談も言えるような温かい人達なんだ。

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