第5話 街兵団 森の警備にて森猪を食す

(獣の解体に関する閲覧注意)


 森猪を仕留しとめた小隊は、野営地に戻った。

森猪の毛皮を肉からぎ落して、適当に見繕みつくろった木の枝で枠組わくぐみをして、毛皮がピンっと張るようにくくりつけた。

森猪の毛皮はダーラムの数少ない高額な値のつく特産品だ。無駄にはできない。

一人の兵士が私の前にやってきて、敬礼けいれいをした後にこう続けた。


「サー・ミスカンサス小隊長!

ミレット二兵、これより森猪の毛皮処理をお任せ願います!」


「ミレット二兵、一人で問題ないか。」


「サー!一兵にて直ちに取りかれます!」


し、ミレット二兵!毛皮の処理を承認しょうにんする!」


「サー・イエス・サー!」


 周囲の兵にも誰が何を行うのか、よく聞こえるように承認意思しょうにんいしを伝える。

ミレット二兵は再度さいど敬礼けいれいの後、森猪の毛皮をかつぎ上げて河原へと向かう姿を見送る。

次の作業へ移るため、周りを見渡みわたしアイコンタクトとともに声を張って指示を伝える。


各員かくいん、聞け!

これより森猪の解体処理かいたいしょりを、リード一兵いっぺい

ミモサ二兵にへい

ミスカンサス小隊長の3名で行う!

他の者はフォックステイル副小隊長の指示に従い、火起ひおこしと解体部位かいたいぶい調理ちょうりだ!」


「サー・イエス・サー!」


「各員、行動開始こうどうかいし!」


 各兵員かくへいいんの声を聞いて号令ごうれいをかけ、早速3人係にんがかりで肉と骨と内臓の処理に取りかる。

ミモサ二兵にへい若手わかてで森猪の解体は今回が初めてだ。

たいしてリード一兵いっぺい中堅ちゅうけんで、何度も森猪の解体を行っている。

少なくとも私が小隊長になってから、うち隊の中で最も多くの森猪の解体を行っている熟練者スキルマスターだ。

今日は後育こういくも兼ねて、私自身も彼の技術を盗みにいくつもりだ。

あわせて、リード一兵いっぺいにはいつ私の後任こうにんや別隊を任されるとも限らない。

若手の一人や二人、あるいは自分よりも年上としうえにも配慮はいりょしながら、うまく指示を出して隊の一部でもぎょすることができるか見極みきわめさせてもらう。


 あとの者たちは適宜てきぎフォックステイル副小隊長の指示で火起こしや野営地整備、獣対策けものたいさくを行ってくれるだろう。

小隊員の総数は10名。

年齢がばらけていて若手と中堅がバランスよく配属はいぞくされている。

この隊ではフォックステイル副小隊長が最年長、私が次年長じねんちょうだ。

フォックステイル副小隊長には若手のころからの長い付き合いになる。

私が隊の行動決定を迅速じんそくに行えるのは、長年をともに過ごしたフォックステイル副小隊長が、となりでサポートしてくれていることが大きい。

おそらく隊編成時たいへんせいじにもその点を考慮こうりょしてくれたのだろう。


 川辺かわべに森猪本体をかついできた。

絶命時ぜつめいじに頭を落として最低限の血抜ちぬきを行ってから野営地まで運んできた。

あくまで運ぶ途中に血がしたたって、においで獣たちの道しるべにならないための処置しょちだ。

しかし、短時間たんじかんの血抜きでは十分ではない。

血を抜かないといたみが早く、味も相当落ちる。

水量が比較的多く、かつ、野営地より1キロメートルほどは離れた下流まで運び、改めて川中かわなかで血抜きを行う。下流へ流すのも獣対策の一環だ。


 極太ごくぶとった麻紐あさひもで森猪の両足をくくり、2人係りがかりで頭部とうぶがあった場所を下に向けてり上げた腕を維持いじする。

130キログラムほどはあるため、かなりの筋持久力きんじきゅうりょく要求ようきゅうされる。

残る1人が上方じょうほうからしぼるように森猪の体を圧迫あっぱくしていく、圧迫を素早く的確てきかくに行うことで抜けていく血の量が変わるので、り上げている2人への負担も軽くなっていく。

血が抜けきると体重は100キログラムを下回る。


「ミモサ二兵にへい、これよりリード一兵いっぺいが血抜きを行う!

血抜きは、抜く際の順序じゅんじょ圧迫方向あっぱくほうこうが重要だ。

血抜きが上手ければ私たちのような持ち支える者の負担をより軽くすることができる。

しっかりささえながら、リード一兵いっぺい手際てぎわを観察して多くを吸収するように!

次回はミモサ二兵にへいに血抜きを行ってもらう。以上!」


「サー・イエス・サー!」


 血抜きがそつなく終わり、続いて腹部ふくぶを切り開いて内臓の摘出てきしゅつづまりの排除はいじょを行う。

損傷そんしょうがなく食べられる臓器は摘出後てきしゅつごにきれいに血や汚れを洗い流しておく。

損傷や食用に向かない臓器や太いけんやスジなどは土をかぶせて昆虫や菌類、微生物びせいぶつなどの森の分解者ぶんかいしゃに引き渡す。

骨と肉と食用臓器しょくようぞうき入念にゅうねんに汚れを洗い流して野営地に持ち帰る。


 ミレット二兵にへいも毛皮の洗浄作業せんじょうさぎょうが終わったようだ。

毛皮をかついで野営地に戻る後ろ姿を追いかけるように野営地へ戻って来ると、すでに火の準備ができていた。

街で調達した物資ぶっし兵糧へいりょうの中から食用球根類しょくようきゅうこんるい根菜類こんさいるいの下ごしらえの最中だった。

大鍋には大量の水と香辛料スパイスねっせられている。

私は野営地を取り仕切しきっていた副小隊長に一声ひとこえかけた。


「フォックステイル副小隊長、解体班かいたいはん内臓摘出ないぞうてきしゅつ、洗浄作業が完了したため、これより個別解体こべつかいたいに移る。

摘出てきしゅつした内臓の調理を誰かに頼めるか。」


「サー・ミスカンサス小隊長。

いつでも大歓迎だ。

ソルガム二兵にへい

解体班より内臓を受けとれ!」


 副小隊長は穏やかな微笑ほほえみに夕食ゆうしょくへの期待が混ざったような表情をしている。

きっと私も似たような顔をしているだろう。


「ソルガム二兵にへい、内臓の調理は頼んだぞ!」


「サー・イエス・サー!」


 内臓を調理班に引き渡し、解体場所に血と内臓が抜かれた森猪を降ろす。


「リード一兵いっぺい

ミモサ二兵にへいに解体の手ほどきをしてやってくれ。

ミモサ二兵にへい

森猪の解体は初めてだろうが、リード一兵いっぺいたい随一ずいいち解体手腕かいたいしゅわんだ。

しっかり学んでみなに上手い森猪肉を振舞ふるまってやれ。

私も解体のサポートにまわる。二人とも承知したか!」


「サー・イエス・サー!」


 3人で協力して肉と骨にばらしていく、もも肉、ばら肉、肉、しり肉を今日食べる分と、明日以降のために干し肉にする部分で切り分けていく。

骨はスープとしてだしをとったものも含めて、街に戻ってからすりすりして骨粉こっぷんに変える。

できあがった骨粉は、兵士たちの実家の農家へ土壌どじょう改良かいりょう肥料ひりょうとしてくばる予定だ。

そうすることで街の農作物の出来できがわずかでも良くなるなら、街全体へも少しの貢献こうけんにつながる。


 それからほどなくして、作業を終えた解体班と毛皮のなめし作業も段落だんらくが付いたミレット二兵にへいが調理班に加わり、森猪の鍋や焼き物料理が出来上がった。

ここからは夜営やえい恒例こうれい宴会えんかいの始まりだ。

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