第13話 俺の隣に君が居座ってる話。

『今日の放課後。皆が帰るまで教室で待っていること。大事な話があります。』


 夏休みへの未練もなくなり始めた九月の半ば。授業中に一枚の手紙が回ってきた。空きスペースには猫の絵と『ドキドキッ』という謎の擬音まで添えられている。肝心な差出人の名前は記されていないが、こんなことする奴を俺は一人しか知らない。


 差出人と思われる少女は教科書で防壁を作り、その隙間からチラチラとこちらの様子を伺っている。隠れるつもりがあるのかないのか。とりあえず今構うと面倒くさそうなので一旦放置しておこう。


(今日は一体何に付き合わされることやら…。)




「以上でホームルームを終わります。お前ら気を付けて帰れよ」

「はぁー疲れた。帰りゲーセン寄ってこうぜ」

「ちょ、先行ってて。おれ職員室寄って藤岡にプリント渡さないと」

「あいよ」「じゃあ俺たち下駄箱で待ってるからな」


 帰りのホームルームが終わると徐々に教室から生徒の姿が減っていく。俺たち以外に教室に居残っているのは、菊沢と羽村を中心とした女子五人のグループとメイクの話で盛り上がっている女子二人。あとは窓際で駄弁ってる男子三人の計十人だ。


(皆が帰るまで教室で待ってること…って書いてあったし、気長に待つとするか。)


「ほら。やっぱりローズ系の方が合うよ。ピンクのリップも可愛んだけどね」

「確かに、いつもよりいい感じかも」

「でしょ〜?他にもオススメのやつあるけど家で試してく?」

「いいの?行く行く」


 メイクの話で盛り上がっていた二人はテンションそのままに教室を出ていく。やる事もないので隣に座っている雪菜に視線を向けるが、今は話しかけちゃダメだよ!というオーラを全身に纏っているせいで話しかけられない。せめて本を逆さまにして読んでいる理由だけでも知りたいのだが、今は難しそうだ。


「あ、そろそろ僕バイトに行かないと」

「了解。じゃあ俺達も帰るか」

「オッケー」


 十六時を回ると、窓際で話していた男子達も荷物をまとめて教室を後にする。こんな時間になっても外は昼間のように明るく、青く澄んだ空は茜色に染まる気配すら感じさせない。


(これが夏の底力か…。)


「おーい。雪菜と小林くんもカラオケ来る?」

「今なら半額クーポンもあるからお得だよ!」

「あー…。楽しそうだけど遠慮しとくよ」

「私も。今日は小林と用事があるからね」

「ありゃ…残念。また暇してそうな時に誘うね」「ゆきゆきまたね~!小林にもグッバイ」

「おう。またな」「ばいばい」


 カラオケの誘いに来てくれた菊沢と羽村に手を振り、別れの挨拶をする。教室に残っていた最後のグループを見届けると、俺は凝り固まった背筋を伸ばし雪菜の方に体を向ける。


 手紙には大事な話と書いてあったが、実際は『黒板で絵しりとりがしてみたくて…』とか『放課後の教室で黄昏れてみたくて…』とか、そう言うしょうもない話が待っているオチだろうから、特に期待せず聞くとしよう。


「それで、大事な話って?」

「ちょっと待ってね。心の準備もあるので。そう焦らず」

「さいですか」


 心の準備とやらを始めてから三分。ようやく覚悟が決まったのか雪菜は俺の手を引き、生温い風の吹き込む窓際まで移動する。


「去年の夏。小林が初めて会いに来てくれたあの日から、今日で丁度一年経つんだけど。覚えてる?」

「お助け係の時か。九月だったのは覚えてるけど、流石に日付けまでは」

「そんな…酷いよ小林。私は全部覚えてるのに。あの日、嫌がる私を無理矢理外に引きずり出して」

「ダウト。あの日は『原宿に服買いにタピオカ』とか言って玄関にさえ出てこなかったはずだ」

「ちょっ…!それは忘れていいやつだから」


 過去の失態を引きずり出され、顔を赤くする雪菜。どうやらイケイケの若者を演じようとして大失敗した過去は、彼女の中で黒歴史として残っているらしい。


「ゴホンっ。小林がいじめてくるので話を戻すね。つまり今日は出会って一年目の記念すべき日。せっかくなので、私こと雪菜ちゃんは小林に日頃の感謝を伝えようと思ったわけですよ」

「なるほど」


 雪菜はドヤ顔で大事な話の正体を明かすと、カバンの中から可愛らしい包みを取り出し俺の前までやってくる。


「小林。いつも私のわがままを聞いてくれてありがとね。友達になってくれた事も、前を向く勇気をくれたことも、側にいてくれる事も。すっごい感謝してるよ。これは言葉で伝えきれなかった分の気持ちです。お収め下さい」

「これはご丁寧にどうも…。俺も近いうちにお返しするよ。ありがとな」


 感謝の気持ちを伝えてくれるだけでも嬉しいのに、わざわざ手紙とお菓子まで用意してくれるとは。七色に輝く手作りクッキーを見て、俺は心と胃が温かくなる。これは家に帰ってからゆっくり食べよう。


(手紙は今読んだ方がいいよな…。)


 お菓子と一緒に渡された白い封筒を開け、中に入っている手紙を取り出す。縁にシアン色の花が描かれたその紙には、小さく丁寧な文字でこう書かれていた。



『貴方のことが大好きです。』



 宛名と共に書かれた"たった十一文字の言葉"を俺は何度も読み返し、暴れ出しそうな心臓に落ち着けと言い聞かせる。完全に油断していた。まさか言葉で伝え切れなかった気持ちとやらに告白が混ざっているとは。


「あ、あのっ!返事は急がなくてもいいからね?これはラブとライクを混ぜた感じというか。もちろんラブ多めではあるんだけど…。」


 雪菜は謎の補足を終えるとカーテンにぐるぐると呑み込まれていく。おそらく恥ずかしさがキャパオーバーしたのだろう。最後の最後で日和ってしまう辺り雪菜らしいなと思い、俺はそっと手を差し出す。


「いきなりで驚いたけど、付き合うか。俺たち」

「…っ!」


 クーラーの切られた教室。カーテンにぐるぐる巻きの少女とそれを見守る少年。ロマンチックとは程遠い光景だが、現実なんてこんなものだ。格好つかないぐらいが丁度いいのかもしれない。





「えへへ〜。小林〜?小林は私の彼氏なんだよね?」

「まあ、付き合ってるからな」

「そっかそっか♪付き合ってるもんね」


 俺は浮かれモード全開の彼女を連れ、家路を辿る。かくいう俺も浮かれたい気持ちで一杯だが、家に着くまでは我慢せねば。


(どこで誰が見てるか分からないしな。)


「ほほ~ん。なんか怪しいとは思ってたけど」

「ゆきゆきと小林って付き合ってたんだ」

「…。」


 何故だ。校舎を出て数分。背後から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。何故カラオケに行ったはずの菊沢と羽村がこんな所に…。そんな事を考えながら俺は後ろを振り返る。


「も〜。付き合ってるなら言ってくれればいいのに」

「付き合い始めたの今さっきだからね。二人はどうしてここに?」

「水樹が学校に忘れ物しちゃったらしくて」

「忘れられた体操着を求めて!」

「なるほど」


 胸を張りここにいる理由を話す羽村とその付き添い。どうやら彼女たちは忘れ物を取りに学校へ向かっている途中らしい。つまりタイミングが少しでもズレていたら、あの告白現場を目撃されていたわけか。危ない危ない。


「それでは初々しいカップルのお邪魔しちゃ悪いし、そろそろ失礼しますか」

「そだねっ。二人ともばいばーい」

「おう。気を付けてなー」「ばいばーい」


 菊沢と羽村に本日二度目の別れの挨拶をし、俺たちはその場を後にする。どの道あの二人には雪菜と付き合い始めた事を報告するつもりだったので、丁度良かったのかもしれない。


「あーあ。とうとう雪菜と小林くんもリア充の仲間入りか」

「うらやましいの?」

「そりゃ恋人のいる青春とか最高じゃん。あたしも恋人欲しいな〜」

「そんな花っちにオススメの子が!なんとここにいます!付き合っちゃうー?」

「え〜どうしようかな〜。とりあえず可愛いから撫でとこ。よしよし」


 目を輝かせながらアピールしてくる少女を両手でわさわさと撫でてあげる。冗談なのは分かっているが、水樹の言葉に嬉しさと寂しさを感じてしまう。もし、水樹が今の言葉を本気で言ってくれる日が来たのなら。


 優しく私を撫でる手の向こう側。どこか寂しそうに笑う彼女と風に揺らめく金色の髪。どんなに勇気を出して伝えた言葉でも"友情"というフィルターがいつも邪魔をする。もし、今の言葉が本気だったと伝える勇気が私にあったのなら。



『『この気持ちもいつか…。』』


 


「なんか、今日はやけに暑いな」

「ね。こんな日こそアイスだよ。チョコミントアイスを食べよう」

「相変わらずだな。そんじゃ途中でコンビニ寄るか」

「うん♪」


 俺は記憶にこびり付いた爽やかな匂いを思い出しながら、雪菜との思い出を振り返る。去年の夏。雪菜と出会ったあの日から色彩の薄かった俺の日常は、記憶に残るほど色濃く鮮明な物に変わっていった。思い返してみればあの日からずっと…。



俺の心には君が居座っていたのだろう。








ここまでお付き合い頂きありがとございました。

本編はこれで終わりますが、オマケで二人が付き合った後の話や、菊沢と羽村の恋路について載せるかもしれません。その際はよろしくお願い致します。


ミンナ- アリガト-

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俺の部屋に『不登校少女』が居座っている話 みょうが @mamezakura

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