【朗読あり】記念スカーフをあの人に

武藤勇城

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記念スカーフをあの人に

 彼との出会いは入学式。

 身を包む学ランは新品で、短く刈った黒髪から薄桃色のシャンプーの香りが漂っていました。

 隣の席に座った私に入学パンフレットを手渡すとき、軽く触れた指先にドキッとして、思わず俯いてしまいました。

 まともに顔も見れなかったので、彼がそんな私に気付いていたのか分かりません。


 初めての学級会。

 名簿順に並んだ席は、やはり彼の隣でした。

 クラス委員を決めるとき、ハキハキと話す彼の透明な声色に耳を奪われて、すぐさま恋に落ちました。

 彼が委員長に立候補したので、私も背伸びをして副委員長になったことを彼は知りません。


 三学年揃った最初の学園会議。

 同じクラスから出席した彼と私は、やはり隣同士でした。

 自己紹介をするとき、緊張のあまり視界が真っ暗闇になって、倒れそうな私を彼が優しく支えてくれました。

 彼も女性に慣れていなかったので、「ごめんね、背中の辺りを触っちゃって」あとでそっと謝ってくれた音色は今でも明瞭に思い出せます。



 一年が過ぎました。

 おしどり夫婦だなんて、クラスのみんなに揶揄からかわれ、クラス公認の仲になった私たち。

 学年替えで別々のクラスになり、二学年の間は離れ離れでした。

 委員会会合で顔を合わせる以外、接点がなくなってしまったのです。

 内心の寂しさを隠して、私は明るく楽しく、橙色の学園生活を演じました。



 三学年になったとき、奇跡が起きました。

 再び彼と同じクラスになったのです。

 真っ赤な運命の糸を感じました。


 名前の並びが近い私たちは、またも隣同士になりました。

 一年間という時間が、逆に私たちの距離を埋めてくれました。

 バラ色の学園生活でした。

 彼とは学園の中だけではなく、外でも一緒に出歩くようになりました。


 白く透き通る初夏の道を、手を繋いで歩きました。

 夏休みの猛暑日に、紺碧の海岸を見に行きました。

 近場の見慣れた風景が、黄金に輝いて見えました。

 崖上にある象牙の灯台には、誰もいませんでした。


 買ったばかりの真紅のルージュ。

 初めてのキスの味は、薄紫色のもやがかかって思い出せません。



「嘘でしょう?」

「波打ち際で発見されたって」

「自殺らしいよ」

「新生徒会長を決めないとな」


 なぜ?

 彼のいない世界は灰色に霞んで。

 漆黒の宇宙には、私しかいないのではないかと錯覚します。


 あの思い出の灯台を胸に抱いて。

 崖の上まで届く波飛沫を眺めて。

 水色の海より多くの涙を流して。


 卒業式で彼に手渡す筈だった緋色のスカーフは、波間に消えました。

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