2-18  『見える世界と見ている世界』

 アルフォードはリアが話し始めた過去の出来事を聞きながら自分自身でもひとりでに思い返していた。


 七年ほど前。

 十歳……小学五年生くらいの頃の話だ。


「おいお前ら~、グラウンドでサッカーすっから早くいくぞ」


「「は~い!」」


 教師の男がそういうとほとんどのクラスメイトの子供たちが元気に返事をして明るい声が教室の中に響き渡る。

 彼らは先生の声を合図に各々で席から立ち上がるとその後を追って廊下へと出た。


 ……五年生になってからはや三か月。それほど時間が経てば彼らにはある共通のルールが生まれ始める頃であり、彼らはソレに従って無意識に行動している。

 「クラスで疎外されている子に関わってはいけない」。そんな共通ルールに乗っ取って。


 クラス内で男子と女子のグループに分かれるのは当然として、その中でも四つのグループに収まっていればそれなりにクラス内の纏まりは取れているだろう。クラスで阻害されている子、というのはそれらのグループから外され、入ってくる事を良しとはしない子供の事だ。

 そういった子は大抵いじめの温床となる。俗にいう「陽キャと陰キャ」というヤツだ。


 だからこそみんなとはワンテンポ遅れて席から立ちあがったリアは最後尾を歩いて誰とも会話をせずにいた。


 だから彼女が人知れず足を止めても誰も気付かない。

 先生すらも。


「っ…………」


 リアは外に出て足を止めると、突然道に迷った子供のように周囲を見回しておどおどし始めた。助けを呼ぼうにもどうせ声をかけたって誰も気にしないことが分かっている為黙って一人で悩み続ける。

 だってこっちから気づいた所で歩くのが「怖い」と意味不明な事を言うのだから。


 日常的にそんな訳の分からない行動をする子だ。相手への共感や理解が極めて薄い子供からしてみれば自分達とは違う行いをする彼女は極端に言えば「形が人ではないからこそ嫌われる虫」のようなもの。理解できないものほど疎外する傾向にある子供には一度たりとも理解されないのだ。


 だが、そんなの可哀そうじゃないか。


「どうした、リア?」


「あ……ぇと……」


 アルフォードは足を止めたリアに気づいて問いかける。だが、普段からあまり人と会話をした事のない彼女は幼馴染にすら言葉が詰まってしまって上手く喋れないようだった。

 だからハッキリと言葉に出したのは問いかけられてから数秒後の出来事だ。


「……そこに……いる、の。こ……こわい……から……えっと……」


 彼女の中では相当勇気を振り絞った方なのだろう。自分にしか見えないからこそ他人に共感されない化け物の事を口にしたリアの声は酷く震えていて、今でも泣き出してしまいそうなほど弱く脆かった。


 魔眼が制御出来ないリアは通常時と開眼時の中間あたりの効果を常に発動している状態になっている。だから眼球そのものに変化は無くとも脳に負荷が掛からない程度には魔眼を発動している事になる。

 だからこそ見える化け物。例え害はなくても「普通ではないものが見えてしまう恐怖」は確かにそこに存在する。


 それはどれだけ共感しようとしたって見えないアルフォードにはどうしようも出来ない。共感だけで彼女を救うことは出来ない。

 だからこそ。


「じゃあ、またこうすればへっちゃらだな」


「――――!」


 手を繋いで微笑みかける。するとリアは大きく目を見開いて顔をよく見つめてきた。その瞳に薄く浮かんでいた光は次第と強く瞬く。


「見えない……」


「ふふんっ、俺のまじないだからな」


 「手を繋ぐおまじない」をした事で……手を繋ぎリアの中にある“神秘”を間接的に制御した事で一時的に魔眼の効果を消滅させると、リアはまるでヒーローでも見るかのような目で見つめる。

 ……いや、違う。リアにとってアルフォードは自分だけのヒーローなのだろう。怖がった時は「手を繋ぐおまじない」をしてくれる。いじめられている時は助けてくれる。一人でいる時は手を繋いでくれる。

 それがどれだけ彼女の救いになっているのかなんて当然わかるはずもない。


「さぁ、行こ」


「……! うん!」


 そんな依存なんて悟るはずもなくただひたすらに彼女の手を引いていた。



 ――――――――――


 ―――――


 ―――



 魔眼。それは人間の体内に循環する魔力……いや、マナが突然変異を起こして生まれる物。自然的に生まれる物があれば人工的に作らされる物もありどちらにしても生成される確率が一億人に一人とかいうとんでもない確率な為、魔眼の取引は最低価格でも十億くだらない。

 そして魔眼の制御は体内に循環するマナの操作だけでなく眼球その物に宿る“神秘”の制御も必要なため凄まじい困難を極める。


 二千年前に出会った男はある魔眼を有していたが、こっちの人生の終盤に差し掛かるまで制御する事は出来なかった。その男が言うには魔眼を会得してから制御できるまでかかった月日はざっと二十年。その男はこと思考回路においては天才と呼ぶべき頭の回転の良さを有してはいたが……そんな男でも制御に二十年はかかる。

 当然だ。魔眼の制御は“神秘”の制御。マナを扱うのとは訳が違う。マナを足し算だと例えれば“神秘”は円周率を二万行丸々暗記しなければいけない様な物なのだから。


「……アル。アル~?」


 順当に考えればリアが魔眼を制御できるまであと十年かかる。だが彼女はまだ子供だ。ただ目が良くなるだけならいいが、彼女の魔眼の性質は――――。


「アル、入るわよ~?」


 小学生にしてはあまりにも哲学的な思考に耽る。そんな事を考えすぎていたからか、母のレーゼンの声を聞き逃していた事を彼女が部屋に入ってきてから知る。


「お母さん。どったの?」


「あらも~っ、私の前で隠し事なんて通用しないのよ~?」


 レーゼンはこっちの問いかけに対して何かを理解してるような素振りと口調で空気をツンツンとつついている。そんなウザ絡みをしてくる時のレーゼンは決まって何かしらの核心を掴んだ時と決まっている。一体何を掴まれたのか……とドキドキしていると彼女はリアのことについて話し始めた。


「リアちゃんがアルの事呼んでたわよっ! もう、あなたも隅に置けないんだからっ!」


「リアが?」


 リアが呼ぶだなんて割といつもの事だ。家が隣だし日常的に家族とも関りを持っているから何かと呼ばれる事があったがレーゼンがここまで反応するという事は……まさか今日の出来事だけで……?

 その考えは当たっていた。


「おまじないだなんて魔法であの子のハートを鷲掴みにしちゃうだなんて、この女たらし~っ!」


「ち、ちがっ、おまじないっていうのはその、まぁ安心させる為ではあるけど……」


「さぁさ行った行った! あ、でも夜ご飯が出来るまでには戻って来るのよ~♪」


 レーゼンはそう言って腕を引っ張ると強制的に部屋から引きずり出して玄関まで向かわせる。やがて背中をドンッ! と強く押されると扉の向こう側で待っていたリアと直接対面する形となった。

 そんな様子を彼女は満面の笑みで見つめながらゆっくりと扉を閉める。


「……えっと……リア、こんな時間に呼ぶだなんて何かあったのか?」


「あっ、えっと……ご、ごめん……。ただ、お礼を言わなきゃって思って……」


「お礼?」


「手を繋ぐおまじないの……お礼……」


 そう言ってリアは軽く頭を下げると感謝の言葉を述べた。心の底から感謝してのだと分かるくらい普段のたどたどしい口調とは別のハッキリとした言葉で。


「その、ありがとう」


「…………」


 だがこっちからしてみればその「おまじない」は歩きスマホをしているような感覚でいるだけ。なにも感謝されるほどの事ではないのでは、とつい思ってしまう。

 けれど彼女が心からその「おまじない」に救われていたのは言うまでもなかった。


「……まぁ、別に……。これからもリアが不安ならいくらでもおまじないをかけてあげるし」


「…………!」


 そう言うと今度は目を丸くさせて顔を真っ赤に染めた。

 だがそれだけで来たという訳ではあるまい。感謝の言葉なんて今までに何度も日常生活の中で聞いてきた。会話の場を設ける理由はたった一つしかない。


「そ、そそっ、それで、え~と……これが本命なんだけど……」


 リアは最初こそ真っ赤に染まった顔を隠すために手で覆っていたが、次第と心構えがついたのか手をどけると真っ直ぐに見つめてくる瞳がそこにはあった。


「……私の眼、なんだか様子がおかしいの」


「様子がおかしい?」


「うん……。その、帰って来た頃にアルのおまじないが消えていつも通りになったんだけど……えっと、何て言えばいいのかな……。目がモワモワするっていうか……」


「モワモワ?」


 視界がぼやけるとかなら分かるが魔眼保有者の言葉だ。それに視界がぼやけているだけなら魔眼に宿る“神秘”の特性で再生するはず。おまじないの副作用という訳でもない。であればそれは魔眼由来の異常になる。

 つまり――――。


「目の前がこう……モワって綿みたいなのに触れてるみたいな……あっ、麻酔。目の部分にだけ麻酔のあの感覚がある感じ」


「――――」


 リアには彼女自身が保有している眼が魔眼だとは伝えていない。それを知るにはまだ早すぎるし、荷が重すぎる。だからと言って言いふらせる様な物でもない。故に今は二人だけの秘密として片づけている。この事を誰にも言わないのはその約束が原因でもある。

 そして、たった一人にしか共有できない話題であるが故にリアは幼馴染に対して次々と言葉を並べた。


「最初は収まるかなって思ったんだけどその感覚が強くなっていって……。目が見えない訳ではないんだけど、その、妙に気持ち悪くて……」


「リア、それって特定の方向に向いたら強くなる……とかある?」


「え? う~ん……」


 そう言うとリアは素直に従って周囲を見渡す。まだ推測の域は出ないがもし予想通りであるとしたら……。という予想は当たっていた。


「あ、こっち! こっちを見ると何か目がモワモワってする!」


「――――」


 同じ方向を睨む。

 リアが指をさした方角は普通に街並みが広がっているだけで何か特別な物がある訳ではない。円環塔を指されるよりよっぽどマシだ。……が、それはそれとしてこの事態もそれなりに最悪のラインに踏み入っている。


「もう来たのか……」


「アル?」


 小声でつぶやいた言葉に反応して名前を呼ぶ。けれどそれをスルーしてリアの手を握ると優しく微笑みかけて言った。


「リア、今日はこっちでご飯食べよう」


「え?」


「そのままじゃ不安でしょ? 少なくとも、ウチにいれば母さんも父さんも白鍵もいるから」


 いくら幼馴染といってもいきなり誘えば当然驚くものだ。十歳の子供は特に距離感が曖昧なのだから。

 だが依存と呼んでもいいくらいアルフォードに溺水しているリアはその提案を疑う事もなく顔を縦にふるった。


 満面の笑みで。

 そして、心から信頼した顔で。



 ――――――――――


 ―――――


 ―――



「あの、えと……いいの……? 一緒にお泊り、とか、しゃって……」


「週一で不安だ~ってお忍び宿泊しといて何言ってんの。ほら、早く寝よう」


 十歳の小学生とはいえ暗い私室に女の子と二人きり。その上互いに異性だと認識している少年少女。これであと五年経って同じ状況になっていれば漫画とかで「何も起きないはずがなく……」みたいなモノローグが入りそうな展開ではあるがこっちは精神年齢が二十八歳だ。大切な幼馴染にやんちゃな真似は出来ない。


 リアをベッドに寝かせて毛布を掛けると安心そうな表情を浮かべて目を閉じた。だが、魔眼の効果は今も少しだけ働いている。目を閉じていても物体の動きがわかるリアは中々隣に寝ころばない様子に問いかけてくる。


「……アルは寝ないの?」


「うん。ちょっとやる事があってさ。お泊り会だけど……先に寝てて」


 リアの手を握って彼女の眼に宿る“神秘”を制御する。魔眼を無効化される感覚を安心して深い眠りに落ち始めていると錯覚したのかリアは小さく頷くとそのまま全身の力を抜いて小さな寝息を立て始めた。


 ……さて、これで残る関門はあと一つだ。

 白鍵はメイドとして家にいる以上割と夜遅くまで起きている。そして元暗殺者である彼女の感覚は非常に研ぎ澄まされており、こっそり外出しよう物なら即座に気づかれて部屋に連れ戻される。夜に外出するのは至難の業だ。

 彼女がどれほどの練度を有しているのかは分からない。だが、そんな彼女にも仙札コレには反応できまい。何よりも彼女は今一般家庭のメイドの仕事中という暗殺よりかは気が抜ける空間の最中にいる。流石に人知を超えた力である仙術には叶うまい。


「……ごめんな、リア」


 仙札を消費して透明化と物理判定削除の効果を得る。これにより今自分の体は現実世界には存在しておらず、透明化で周りにも見えないという真の透明人間状態となる。


「心配、かけるかも」


 そんな事を呟きながらも部屋から出て行った。

 それこそ愛人を守るために死地へ赴く兵士のような心構えで。


 家から飛び出してリアの向いた方角へ向かう。距離があるだろうから手首から血法で血の糸を放出し、それを壁に吸引させ、自分の体内に戻すことでパチンコの要領で空へ飛び出す。


 念の為に仙札で変装を行い黒髪を伸ばして服は執行者とでも呼べるようなコート調の物を選ぶ。そうやって必要な準備を整えると身近で一番高い場所まで辿り着く。


「すぅっ」


 この言霊を使うのは実に二千年ぶりか。感覚的には十年ぶり程度だが。


「――――“Satelliteサテライト”」


 二千年前に使用していた“透明な感覚ステリオ・ルイナ”とは打って変わって現代風に変化させた言霊で周囲の索敵を行う。

 この体では初めて使う言霊だからか大量に流れ込んでくる情報を一斉に処理することが出来ずに思わず頭痛が走る。そんな懐かしい感覚を味わっていると地形や生物の中から目的の情報を見つけ出した。


「……見つけた」


 目的の場所を見下ろす。

 場所は放置された建設現場。資材も置きっぱなしで不良やゴロツキ共が隠れるのには丁度良さそうな空間だ。まぁ、今回そこにいるのはそんな生易しいものではないのだが。


「はぁ~……行きたくねぇ~……」


 相手を知っている以上やる前からやる気が削がれる。だが今ここでやっておかないと後々後悔することになるのは目に見えているし何よりもリアの安全を守るためでもある。

 かつての師匠に修行をつけられるよりはウン百倍マシだと自分を納得させて高層ビルから飛び降りた。


 そうして足音を消して建設現場跡地へ。

 相手は自分たちの存在に気付いている者がいるだなんて知りもしないのだからペラペラと会話をしていた。


「ついに見つけた……。今宵我らの祈願はついに果たされる……」


「あの少女から眼を摘出し捧げる事が出来れば、ついに我らは……」


 そんな如何にもアニメや漫画に出てきそうな悪役の会話をする彼らは全員が能面や福笑いのお面をつけてフード付きの白いコートに身を包んでいる。それだけならただの怪しい宗教団体なのだが……無視できない理由は彼らの囲んでいる物にあった。


「我らは……なんだって?」


 そうしゃべりながら暗闇から姿を現す。当然、彼らは気づくはずもないのだから驚愕したのがまる分かりの動作で振り向いた。


「貴様っ、いったいどうやって我々を……!?」


「さぁ、どうやってでしょう。まぁそれを答えるつもりはないしそれ以上の質問を聞くつもりもない」


 手早く片付けよう。

 そう思って手首から血の太刀を作り上げ、握る。


「――お前ら全員ここで殺すから」

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元豪傑少年の覇道録~転生したら二千年後だったけど自由気ままに生きていきます~ 大根沢庵 @takuwann

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