泣いてでも進むことを

2-17  『回想の前振りは丁寧に』

 学園都市の第十七地区にある小さなお店【magic & bar】。そこは昼間は喫茶店として営業し、夜はバーに変貌して営業される。その雰囲気の変わりっぷりを魔法の様に演出したいという事でそう言う名前になった【magic & bar】だが、残念ながら平日はあまり客が出入りしない。


 しかしバイト代はしっかりと出るし何か買う時は経費で落とす事も出来る。そんなお店には三人のバイトがいるが、その三人は少し特殊であった……。



 ■□■□■□■□■□■□



「――右右! 右にいるって!」


「左奥からきてっぞ!」


「わからいでか! っつかゲームになるとるっさ!」


 客として訪れた天才的美少女ハッカー(自称)を最新ゲームの実験台としてプレイさせながらも指示厨の如きやかましさで囃し立てると、ノエルは文句を言いながらも的確な動作と精密な射撃で敵BOTを狙い撃ちしていく。

 その際に洋式のタイルカーペットの上で胡坐をかくノエルの体が左右に揺れる。


 フィーネと黒隴こくろうはそんな光景を日常のBGMとして放置しつつも夜のバーに向けて色々と仕込みを始めていた。


 ノエル……いや、クエリは手に握ったコントローラーを精密な動きで操作して銃のコントロールを制御している。しかし天才ハッカーと呼ばれた彼女でも物量には対処しきれない様で増えていく敵を対処しきれずにHPを全損してしまいゲームオーバーの表示を拝んだ。

 それを見て被っていたVRヘッドセットを外すとゲームが終わってから開口一番に文句を言う。


「ッだ~!! ンだこのクソゲー! 二度とやらんわ!」


「惜しい~。やっぱくえりんでも無理か~」


「最終ウェーブのラッシュがキチぃんだよな」


「あとさぁ! 最後ら辺に手榴弾と一緒にソーセージ投げてくる奴いなかった!?」


「「いた!」」


 そんなゲームの話題に花を咲かせていると買い出しから戻ってきたリアが三人で戯れているのを見る。


「ただいま戻りました~。……って、まだやってたんだ」


「だってどんだけやっても最終ウェーブがクリアできないんだもん! ねぇくえりん!」


「ゲームクリアはゲーマーの責務! クリアするまで逃れる事は出来んのだよ! ねぇアルフォード!」


 二人してゲーマーとしての責務を話しているとリアは呆れたように溜息を吐いて荷物をカウンターに置く。それらを黒隴に渡すと靴を脱いでカーペットの上を四つん這いで近づいてくる。


「へぇ~、一応最終ウェーブまで行ったんだ」


「リアもやってみなよ、このクソゲーさが分かるから!」


「そんなアプローチでもやる人はゲーマーくらいだよ、くえりん」


 口ではそうは言いつつも大好きな配信者からの誘いは断り切れないようで、リアは渋々上着を脱ぐとヘッドセットを装着してコントローラーを握る。テレビの画面ではリアの見ているVR映像が流れて動作確認を行っていた。


「んじゃ~コンテニュー押して。そこから最終ウェーブ始まるから」


「え、いきなり? 私出来るかな……」


 リアはゲーマーではない程度にゲームをするが、彼女の得意分野はFPSよりもどちらかといえば格闘ゲームだ。何でも魔眼で相手の動きを見極めてフレーム単位で操作できるから楽しいのだとか。

 そんな常人では理解の及ばない感覚を持っているリアだが、ことFPSではどうなるか……。


 今やっているゲームはタワーオブディフェンス「風」のFPSで、プレイヤーはその場に留まり向かって来る敵を迎撃するのが目的となる。銃の種類やスキル構成によって迎撃の仕方は数多く分岐し、ビルドによっては銃器を持たず兵器を操作して迎撃する事も出来るのだとか。

 今回はそのVRバージョンがリリースされたという事でプレイしている。果たしてリアの腕前はいかほどな物か。


 最終ウェーブからスタートという事もありゲームが開始された瞬間から障害物からは数々の敵が顔を出して銃を撃ってくる。プレイヤーは身体を左右に振るか頭を下げる事で攻撃を回避できる仕様なのだが……。


「――すぅっ」


「え? えっ? ……えぇぇぇええっ!?」


 リアは回避をせずに息を止めて集中し、敵が撃つよりも早く倒してなんと序盤の敵の進行をノーダメージでクリアしてしまう。


「嘘でしょ、これハードコアモードなんだけど!?」


「VRだからかえって感覚が鋭利になってるのかも……」


 流石に序盤のノーダメージクリアはクエリも予想外だったようで驚いている。

 しかしこれは凄い事だ。実際に銃撃戦を経験しているとはいえ、ここまで早く対応できるとは。

 が、これはあくまでゲーム。実際の銃撃戦みたいに敵が一々隠れる事がなく、倒れれば次の敵が絶え間なく表れて銃を撃ってくる。流石にコレにはリアも追い詰められていった。


「あーやばいやばい! HP減って来たよ!」


「リア頑張れ! もう少し!」


 声を掛けても反応がない。それほど集中しているのか。

 ステージも終盤に近付いて敵のラッシュが激しくなる。リアは応戦し続けるがHPは徐々に減っていく。やがてこのゲームをクソゲーたらしめているロケットランチャーを持った敵が現れるのだが……。


「避けられなっ……!」


「あ」


 しまった、リアにVRをやらせるのはマズかった。

 リアには魔眼がある。だから回避できなかったり防御するしかない場面では魔眼を開眼させてダメージを最小限に減らそうとするクセがあるのだが……リアの魔眼は色んな効果と共に視力も途轍もなくよくする。数㎝しかない液晶画面越しに魔眼を開いたりなんかすれば……。


「アッ!!!!!」


 ヘッドセットを投げ出したリアは目を抑えてカーペットの上でのたうち回った。


「ああああぁぁぁぁぁぁッッ!!!!目がぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!(猿叫)」


 液晶画面から得られる情報量が多すぎて頭がパンクするに決まっている。感覚的には目が内側から破裂している感覚なのだろう。リアの猿叫と悶えている姿がその激痛差を物語っている。

 とりあえずそのままでは可哀そうなので仙札を使って眼を治癒しているとクエリがふと問いかけてくる。


「……っていうかふと思ったんだけど、リアのその魔眼って本当に魔眼なの?」


「え?」


「いやさ、確かに魔眼っていう部類には入ると思うんだけどちょっと違うような気がしてるんだよね。今まで数多くの機密事項を覗いてきたけど、その中で魔眼って定義されてるのとはちょっと違う気がするっていうか……」


「――――」


 そうは言われても魔眼の定義自体が少し曖昧だしなぁ。

 そんな事を考えながらも言われてみればと思い返す。二千年前では基本的に魔眼と呼ばれる物は任意のタイミングで通常時と開眼時で切り替える事が出来、発動する事で視覚に特殊な効果をもたらす物……というのが魔眼の定義だ。


 リアの場合は光速をも超える物体の動きを目で追える「動体視力」を始めとして、通常不可視なマナの動きや構成・幻術・因果律をいじくったり【超常存在】がよく使う別次元に移動する因果魔術や相手の魂の形を見破る「解析能力」、物体を透視して壁越しに相手の存在や物体を見透かす「透視能力」等々……数えれば数えるほどその特異さが露になる。


 更にリアの魔眼は神々の使徒である《神々の眷属者エルダー・ワーズ》の言葉すらも“視た”。今思い返せばそれだけでリアの魔眼がどれだけ特殊なのかに気づくべきだったか。


「リアのその魔眼ってどこで手に入れた物なの?」


 クエリにそう問いかけられるがリアにとって魔眼は自分のトラウマを掘り返される様な物だ。だから慎重になって視線を向けて話していいかと問いかけるとリアはうんと頷いた。


「……リアの魔眼は天性的に持った物なんだ。神様にでも授かったのか、胎児の段階で上位存在に与えられたのか……。いずれにしてもリアは生まれつき魔眼を持ってた」


「生まれつき魔眼を……」


 説明するとクエリは顎に手を当てて深く考え込んだ。

 しかし、いくら数多くの機密事項を目にしてきたとは言ってもその知識量には限りがあるはずだ。何よりこの時代の世界には二千年前ほど世界に“神秘”が満ちておらず、唯一満ちているのは魔神の骸で運営されているこの学園都市だけ……のはず。

 それでもさほど解明が進んでいないこの時代でそこまで的確に決めつけられるものではないのだ。


「……ダメだ、分からん。な~んか違うと思ったんだけど……」


「――――」


 そう。分からなくて当然だ。



 だってリアの魔眼から零れ出る“神秘”は全て偽装しているのだから。



 仙術による“神秘”の制御はそう珍しい事でもない。フェルシィの体に流し込んだ“神秘”の調整だって仙術で行ったものだ。


 “氣”と“仙術”は似て非なる物。けれどその本質は瓜二つ。ならば干渉して操作出来ない理由はどこにもない。


「違うって言われても私自身、魔眼以外に思い浮かばないし……」


 使用者であるリアにすら“神秘”を制御している事は伝えていない。そして、彼女の付けている髪飾りが“神秘”を制御する為に丸一年夜通しで作った仙具である事も伝えていない。


 理由はいくつかある。彼女には“神秘”が宿っているからこそ普通の人間ではなく、だからこそ普通の少女として人と接してほしいとか、この事がバレて厄介な連中に狙われない様にとか、色々と事情はあるが……。


 「“神秘”に呑まれた者は二度と帰ってはこない」


 二千年前から言われている“神秘”を扱う際に注意される謳い文句だ。強力なエネルギーを使って強力な術を発動しても召喚した存在に自分が引き込まれたり、気が狂って発狂したり、存在自体が歪になって……と危険が多い。

 当然リアにも同じ事が発生する危険性がある。ならばその危険性は出来る限り避けなくては。


 だが、リアに魔眼の秘密を隠し通している一番の理由は――――。


「……《リビルド》で調べらんねーの? 地下基地なら結構設備も整ってっぞ」


 ジンはそう言って地下基地へ行くことを提案してくる。あそこは命令がなければ行ってはいけない、的なルールはなく自分から行けるから確かにその手もあるのだが、リアは悩ましい表情を浮かべながらも返答した。


「実は以前、その事でベラフさんに連絡した事があるんだけど……」


 スマホのメッセージでのやり取りを見せると彼女がベラフに何を言われたのかを教えてくれる。


「魔眼自体が貴重な物で解明も進んでいないから、《リビルド》が保有する設備でも科学的な解明は見込めないって。あの人曰く上位存在とか仙人とかに会えれば何かわかるんじゃないかって言ってたけど……」


「上位存在、仙人、ねぇ……」


 あまりにも聞き馴染みのない言葉にクエリは腕を組んで低く唸っている。

 当然だ。あまりにも人の世が進みすぎてしまった現代ではそんなのほとんど空想の話だ。実際に学園都市に住むほとんどの人物はそれらの存在を空想の存在だと認識している。故に上位存在や仙人に会うだなんて一生に一度もあるまい。

 ……まぁ、アルフォードは二千年前に散々関わっているからかなり可能性の高い手掛かりくらいなら持っているのだが。


「そんなの本当にいんのか? まぁ実際に仙術使ってる奴がいンだから探しゃいるんだろうけどよ」


「っ…………」


 仙術に関してはただ使えると言う話をしているだけでどうやって使えるようになったのかまではまだ話せていない。隠さなければならない事情もあるからジンの目線に冷や汗を掻きながら目をそらした。


「そーそー。ねぇアルフォード、何か手掛かりとかないの? 仙術使えるんだから師匠とかいるんでしょ?」


 いない事はない。だがそれを話してみんなが信じてくれるかどうか。それに転生者だという事が知られればきっと――――。


「い、いやぁ、俺のは確かに仙術ではあるけど師匠はいないっていうか……」


「師匠がいない?」


「そ、そうそう。俺は生まれつき謎の感覚があったんだけど、それがあるタイミングで完全に操作できるようになって、それが結果的に仙術として扱える様になった……的な?」


 それらしい嘘をついて誤魔化す。

 普通ならそんな事を言われたって信じないだろうが、今ここにいるのは《リビルド》の関係者だ。構成員はいずれもそれ相応の技術や業を持っているのだから話術次第では信じさせることも不可能ではない。

 何よりここには既にそう勘違い幼馴染がいる。


「それって……あの時のアレ?」


「へ? ……あぁ、うん! そう、実はあの時のアレで“氣”を扱える様になったんだ」


 しかし「あの時のアレ」というのは二人しか分からない単語だ。だからジンとクエリは首をかしげると当然の問いかけを投げかけて来る。


「あの時のアレ? ってなに……?」


 が、それはそれであまり人に話していい内容でもない。特にはリアの性格や生き方にも関わる話だから、あまり自分の事を語られるリアにこの話題は少しばかりこそばゆいかもしれない。

 そう思っていたのだが……好きな配信者の前だからか、もしくは信頼できる親友だと思っているからか、リアは自分からあらすじを話し始めた。


「えっとね、実は私とアルって子供の時に死にかけた事があって……」


「死にかけた!?」


「今思ってみれば私が魔眼を扱える様になったのも……。ねぇアル、話してもいいと思う?」


「え? 俺に振る?」


 リアはそう言って問いかけて来る。

 とはいえ経験したアレはそう簡単に話していい物ではない気がする。何せアレは学園都市の闇に纏わる事件だったし、いくら《リビルド》の関係者とは言え構成員でもない人に話して良いのか否か……。

 まぁ、魔眼の件だけ隠せば問題にはなるまい。そう結論付けて顔を縦に振る。


「これは昔の話で少し信じられないような話なんだけど、私達は闇の宗教団体のドンみたいな人に狙われた事があって、なんやかんやでビル一つ爆破したりその中で生き延びたりして……」


「初っ端からクライマックス!?」


 リアは洋画さながらのクライマックスを語りながらも、過去に何が起こったのかを話し始めた。

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