2-16  『完走した感想』

 ユセリアの放たれる業火は既に焼き焦げた床を更に焦がして視界を埋め尽くす。けれどそれらが放たれる度にリアは足元から氷を生み出して相殺し続ける。

 冷気と熱気。

 それらが衝突して起こる熱膨張が衝撃波となって上層部の部屋を駆け巡った。


 離れたところでは黒隴こくろうとジンが四人の生徒と激しい抗争を繰り広げており、フィーネはビットを展開させて二つの戦局を同時に援護していた。


 体力が無限なのか、ユセリアは疲れを感じさせないフィジカルさで連続攻撃を仕掛けて来る。それらを捌こうにもずっと魔眼を展開させているリアの集中力は次第と摩耗していく。

 魔眼と魔術の並列展開が十分以上も続く経験なんてそんなにない。だから脳が負荷に耐えきれずに痛みを走らせていた。


「――死ね!!」


「っ……!」


 直接振るわれた拳を絶対零度の腕で受ける。

 事前にアルフォードが削っているはずなのにまるで痛みを微塵も感じさせない攻撃力だ。もしくはHPが減るほど攻撃力が上乗せされるスキルでも持ってるのか、というゲーム定番の流れを妄想してしまう。


 しかしそんな苦境にも終わりは訪れる訳で、防御が乱されたリアにユセリアが一際大きな炎を拳に宿し振るった瞬間――――男の声が響いた。


「――総員、戦闘終了!」


「っ……!?」


 声が聞こえた瞬間に【エクリプス・スクワッド】の生徒達は一斉に攻撃の手を止めてバックステップで後退した。こっち側もそれを確認して一時的に間合いを開ける。

 それから状況を確認すると、声が聞こえた最上層へ繋がる階段にはアルフォードとクエリ、そして白衣を着た男が見えた。


「アル! と、誰……!?」


「アルフォード……!」


 リアが反応すると即座にジンも反応して振り向く。

 彼の言葉で生徒達が一斉に手を引いたという事は彼が【エクリプス・スクワッド】を指揮している先生とやらなのだろうか? でもそうなったら何故そんな男と一緒にアルフォードとクエリが……?

 そう考えているとアルフォードが説明してくれる。


「みんな聞いて。白朴はくぼくとの話し合いでこの件に決着がついた。これ以上不用意な争いをする必要はない。だろ、白朴先生?」


「……あぁ。みんな、もう戦わなくてもいい。武器を下ろしてくれ」


「「――――」」


 白朴という男がそう言うと生徒達はゆっくりと武装を解いて非戦闘状態へと落ち着いた。非常に好戦的なユセリアも指示に従っているから相当な権限の持ち主なのだろう。

 しかしそれだけで理解できるものではない。


「アル、どういう事? この件に決着がついたって……一体何が……」


「白朴、話しても?」


「……あぁ。構わない」


 男から承認を得るとアルフォードは最上層で何が起こったのかを話し始めた。フェルシィという少女とクエリが親友だったこと。フェルシィが《呪い子》であった事。そんな彼女を助ける為にクエリが自らを犠牲にした事。そして今回の事件に至った詳細な経緯を。


 こっち側は当然として生徒達にも話していなかったのか、アルフォードの話を聞いていくうちに生徒達は目を皿にして驚いていたようだった。信頼していた先生が禁忌に手を染める様な思考だった事に落胆した故か、自分達を使役していた理由がただの我儘だったから故か……。

 どっちにしても良い意味でも悪い意味でも驚かざるを得ない過去と経緯を聞かされてただ深い驚愕が体を貫いていた。


「くえりんに……そんな過去が……」


「……ごめん。騙すような真似をして」


 だがそんな事を話されたからって全てを無罪放免にする訳にもいかない。だってここには支部長の黒隴と幹事のフィーネがいる。《リビルド》として白朴を逃すような真似は出来ないし、自分達を騙して利用しようとしたクエリにもそれ相応の対応がとられるだろう。

 そればっかりは逃れる事の出来ない事実だ。

 だからこそ、アルフォードは言う。


「――そこで、白朴を買収する事になった」


「……え?」


「白朴にはフェルシィを助ける手伝いをする代わりに今後は諜報員としてローデン学園の教師をしてもらう。無理のない範囲での任務なら無条件に協力。それで無罪になる訳でもないけど……少なくともこっちにも相手にも利益は生まれる。……黒隴さん、先輩、どう?」


 アルフォードはそう言うと黒隴とフィーネに最後の選択を任せる。

 二人からしてみれば敵を受け入れなければいけない選択で、信じられるかも分からない相手はそう簡単に仲間に引き込めるものではない。何より街を崩壊させる事も厭わない様な思考の持ち主だ。仲間に引き込んだからって完全に安全化されるわけではない。

 それらを考えればその提案を一蹴するべきなのだが……フィーネの思想はどちらかと言えばアルフォードよりだ。


「……いいでしょう。その提案を受け入れます。なにより、可愛い後輩の頼みですからね♪」


 フィーネが微笑みながらそう言うとアルフォードはそっと息を吐き、クエリは胸をなでおろした。

 彼女の許可が出れば後はトントン拍子進むのを祈るだけ。助ける手伝いと言うのはまだ何なのかは分からないが……まぁ、アルフォードは無策で自信満々に挑むような人物ではない。そこら辺は大丈夫だろう。


 諜報員としてのていであれば白朴も教師としてローデン学園に居続けられる。形だけであれば何も変わらない。

 だが、それを知った【エクリプス・スクワッド】は……。


「でも、先生……!」


「……すまなかった。君達を利用する形となってしまって」


 彼らからしてみれば騙されていた様な物なのだろう。彼に従っていたのは恐らく【セントラル・タワー】を防衛する為……かそれに似た理由だろうから、その実自分の目的のために騙されていたと考えるとその衝撃は大きいだろう。何よりも素直に従っていた所から彼への信頼度の高さが伺える。


「――今を持って私は【エクリプス・スクワッド】の指揮権を放棄する。以後、君達はユーリンの指揮下に入るといい」


「でも、先生……!」


「すまない。……俺は、ここまでだ」


 たった一つの我儘だけで都市すら破壊しかけた男の言葉は、ただただ静かに硝煙の匂いが漂う空間に放たれた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 日が暮れて空がオレンジ色に染められていく。

 賑やかな祭りの水面下で行われた学園都市の存亡を賭けた戦闘は人知れず終わりを迎え、人々はそれに気づく事もなく祭りを盛り上がらせ続けている。


 【セントラル・タワー】で起こった一連の戦闘や破壊も関係者すら知らない。だからその場にいた全員の口裏を合わせる事で騒動を隠蔽する事が出来、その結果すらも隠される事でその日は何の事件も起きない平和な祭り日和となった。


 その裏で涙が流れてた事を誰も知らない。


 培養槽から何かしらの装置に移されたフェルシィの体は数々のチューブに繋がれてその生命維持を保たれていた。

 《呪い子》の根源的呪いの解呪は上位存在でも出来るものではない。何故ならそれは世界意志その物が刻んだ物であり、世界意志に従う……つまりその世界で生きる存在には覆せない絶対的な呪いなのだ。だからこそ白朴は世界意志の生むエネルギーである“神秘”を利用しようとした。


 いくら魔神の骸から零れ出たとしても、そもそもの話として魔神は世界意志が生んだ正のエネルギーの結晶体みたいなものだ。そして呪いは変換された負のエネルギー。

 “神秘”は正の力。操る事は出来ても正以外の物は生み出せない。だから正と正を掛け合わせて負のエネルギーを生む。その負のエネルギーを同じ負のエネルギーである呪いにぶつければ――――。


「……ふぅ。白朴、やってみて」


「あ、あぁ……」


 “神秘”の掛け合わせはそう簡単に出来るものではない。一般人であるならそれこそ百万人に一人の天才でなければ叶わない程に。

 だが、ここには二千年前……つまり“神秘”が世界に満ちていた全盛期の頃、数々の仙人達から術を叩き込まれたアルフォードがいる。“氣”と“神秘”は全くの別物だが扱えない訳ではない。十分な量の“神秘”さえあれば根源的呪いの緩和くらいはそう難しい話ではないのだ。


 その技術が二千年前にも出来ていたなら、なんて思考はこの際捨て置こう。


 自分なりに調整を行って白朴に指示を出すと彼は機械を起動させてフェルシィの体に意識を覚醒させるに十分なアレコレを流し始める。


「アルフォード、これで本当に出来るの……?」


 心配そうに見つめていたノエルがそう言葉をふってくる。だが生前の十八年を通しても根源的呪いの緩和なんて行った事がなく、アルフォードはただ曖昧な回答を行う事しか出来なかった。


「“神秘”を扱える人間はそういない。だから人間よりかは正確な機械に頼むしかなかったけど、それも量子コンピューターでやってる事をノートパソコンでやろうとしてるだけ。その点、俺はある程度の“神秘”なら扱えるけど……百%成功するとは言えない。一応保険はかけてあるけど、それも気休め程度。一番重大なのはフェルシィの意識にその気があるかどうかだ」


「…………」


 現状は根源的呪いによって入り続けている無数の情報量がフェルシィの意識に蓋をする形で流れ込んでいて、あまりの情報量に脳が処理しきれずに焼き切れるのを防ぐため、生存本能が意図的に意識をカットしている状況だ。

 つまりその情報量さえ何とかしてしまえば意識を目覚めさせるだけのリソースが確保できる。


 言うは易く行うは難し。

 これほどこのことわざが似合う状況もそうそう巡って来るものではあるまい。


 仮に目覚めてもそれで終わりという訳ではない。根源的呪いが完全に解呪されない限り呪いを制御し続けるしか道はない。

 オズウェルドの時みたく《因果律の権能》を用いれば解呪できなくもないが、アレは非常事態用の最終手段であり本当に最後の切り札。世界滅亡レベルの事態でない限り使うのはあまりにもリスクが大きい。


 目覚めてもしばらくの間は全員で世話を見るしかあるまい。そうなれば必然的に彼女の居場所は――――。


 瞼が震える。

 微かに開いた瞼の先に待っていたのは透き通る様な翡翠色の瞳だった。


「フェルシィ……!」


「――――」


 目を開けた瞬間にノエルと白朴が顔を覗き込む。後は二人がどう結末を受け入れるかだけ。そういう人任せな結果になってしまう故、アルフォードやリアやジン達と共に少し離れた所まで下がって二人の様子を見た。


「フェルシィ、アタシが分かる……!? アタシ……ノエル! ノエルだよ!」


「俺達が誰だか覚えているか? 意識はどうだ? 喋れるか?」


 いきなりの質問攻めを食らうフェルシィだったが、そうなるのも無理はない。何せ彼女は二人が何年も重い感情を向けて来た少女だ。確かめたい事があり過ぎて質問攻めになってしまうのも無理はない。


 ここで覚えていな可能性は七割程度。意識が完全にシャットダウンされていたか、もしくは文字通り蓋をされていたかで結末が変わって来る。そして、二人はどんな結末であってもその事実を受け止めなければいけない。

 出来れば二人の事を覚えている事を祈る。だって、そうならなければあの二人がかわいそうではないか。


 隣で見ていたリアやフィーネも手を合わせて祈り始める。

 ……願いは現実に。昔、“神秘”で世界を救った勇者が言っていた言葉だ。


 そして、彼女は口を開いた。



「……の、えぅ……。お、とう……ぁ、……?」



 きっとこの瞬間、二人の中では世界が張り裂けて壊れてしまうほどの感情が湧き上がっていたのだろう。彼女の言葉を聞いた瞬間から二人の体は硬直して動かない。


 次に二人の体が動いた瞬間、五年にも渡って絶え間なく探し続けて来た救いを目の前にして子供の様に泣きじゃくり始めた。


「――よかった」


 ノエルは持ち上げたフェルシィの手を自分の頬に当ててその温もりを確かめている。瞳から大粒の涙が溢れているのに気づかず、ただ目の前の求めていた温もりに必死に縋るように。


「よがった……っ。ほんとに、よかった……っ!」


 五年。

 大好きな居場所を自ら切り離し、罪を背負って、それでも尚一人の親友の為に絶え間なく努力を重ね続けた果ての報い。

 彼女ほど友達の為に動ける人なんて勇者かそこらだ。そう思えるほどにノエルの涙には救いが溢れていて、零れ出る感情は本物だった。


 傍から見ていただけのリアは魔眼の影響でその感情を誰よりも強く受けている。だからなのか、隣では黙りながらも感動のあまり涙を流すリアの姿があった。


 白朴も同じだ。いい大人だろうに子供の様に泣きじゃくってはフェルシィの体を抱きしめている。大人も教師も関係ない。今はただ一人の愛娘を救い出せた父親としてその少女の温もりを愛おしそうに抱いていた。


「もう、会えないかと思った……っ! 私、本当にこれでよかったのかなって……そう思って……っ!」


 フェルシィからしてみれば目覚めた瞬間に知っている人が大泣きしながら自分に抱き着いて来ているのだ。普通ならば訳が分からなくて困惑するだろう。

 だが、フェルシィという少女があの二人をあそこまで夢中にさせる理由がその行動に秘められていた。


「……よし、よし」


 フェルシィは抱き着いて来る二人をか細いその腕で抱き寄せると、ゆっくりと頭を撫で始める。


「よぁ……た、ねぇ」


 ……その光景はまるで親に泣きつく子供の様であった。

 泣いて抱き着き、抱擁して頭を撫でる。どこの家庭でも一度は起こる自然な行動だ。そんな当たり前の光景であるはずなのに、今はその光景が眩しく見えた。


 でも、そんな泣き声もいつまでも続くわけではない。

 泣いて泣き喚いて、そうやって五年分の様々な思いを涙と共に発散した二人の声はいつの間にか寝息へと変わってしまっていた。

 まるであやされて眠る子供の様に、フェルシィの膝の上で。

 彼女はそんな二人を愛おしそうに撫で続けている。だが、二人が完全に眠ってしまうと視線をこっちへと移し替えた。


「……外で待っててくれる?」


「うん」


 そう言うとアルフォードを除いて全員が部屋の外へ出ていく。目覚めたばかりで状況説明も必要だろうに大勢で押しかけては困惑してしまうだろう。

 何はともあれ結果は見届けた。

 ……いや。


 奇跡は起きた、とでも言うべきか。


 アルフォードはフェルシィの傍へ歩み寄ると、二人が抱え続けていた物とこういう過程があって今があるんだよ、という説明をし始める。本来ならば三人で語り合うであろうはずの内容を、第三者と当事者の二人で。



 ――――――――――


 ―――――


 ―――



 ……で、結局事態が落ち着いたのはローデン・フェスティバルの最終日の午後となった。それまでの間は二人が寝落ちした事をアルフォードとフェルシィに謝っていたり、積もり過ぎた話が深夜まで語られたり、“神秘”の調整を行う為に長時間かけて集中したり……と、あれやこれやとしている間に三日の時が過ぎてしまった。


 そしてノエルと白朴から大体百五十回目くらいの謝罪の言葉を聞いたあと、晴れて全員欠けずに祭囃子へと飛び込むことが出来たのであった。


「終わった~っ!」


「アル、お疲れ様」


「今回のMVPはお前だな」


 外に出て新鮮な空気を吸いながらも背伸びをするとリアとジンからそう言葉が掛けられる。黒隴は頭を撫でてきて、フィーネはポンポンと肩を叩いた。


 これから祭りを楽しみたいところだが……残念ながら祭りはもう終盤も終盤。場所によっては既に店じまいをしている所もあるほどだ。一応念入りな計画を立てて臨むつもりではあったが、まさかこんなにも時間を取られてしまうとは。

 それも前を行く三人の笑顔を見ればおつりがくるくらいなのだが。

 謝罪は散々口にした。だからノエルは振り返ると精一杯のもてなしをしようと口を開いた。


「さぁさ、祭りももう終わ際だけど、まだまだ楽しめる所はあるよ!」


「あぁ。みんなには本当に助けられた。……なけなしではあるが、お礼をさせてくれ」


 フェルシィを間に挟み、一緒に手を繋いだノエルと白朴がそう言って案内役を買って出てくれる。

 そこまで言ってくれるのであればこちらとしても乗らない訳にはいくまい。


「……分かった。じゃ、お願いしようかな」


「参加できなかった分、みんなで思いっきり楽しまないとね」


「肉! 俺肉食いてぇ!」


「オーケー。案内ならバッチシ任せてよ!」


 そう言ってノエルは歩き始めるとフェルシィも歩幅を合わせる。そんな「一家団欒」と呼ばれてもおかしくない光景を目にしながら、こっちも歩みを進めた。

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