2-15 『愛娘救済RTA走者、白朴』
「先生、少しお話が」
「…………」
翌日。
だからなのだろうか。彼は数秒だけ間を開けると覚悟を決めたように短く息を吐いて言う。
「……ここじゃ場所が悪い。俺の執務室で話そう」
そう言って歩いていく白朴について行く。
そりゃそうだ。なんたってこれから話すのは“神秘”についての話題なのだ。ローデン学園でも取り扱おうとしている代物で、一手間違えれば学園都市の禁忌にすら触れることになる。そんな話題を誰かに聞かれたら問題になりかねない。
互いに無言で執務室まで辿り着くと彼は誰にも入られない様に鍵を閉めて魔術にて防音措置まで取る。これから話す話題はそこまでするほど慎重にならなければいけないという事だ。
「それで、話って? 君が前置きをしてまで話し合うだなんて珍しいな」
「誤魔化さないでください。先生も分かっているんでしょう。――あなたがしようとしている事がどれだけ危険な事なのかを」
「…………」
鋭い瞳でそう問いかけると白朴は返答でも相槌でもなく沈黙を選んだ。
だが、彼なら分かっているはずだ。いずれ目の前にいる少女が自分の選ぼうとしている選択の重さと、その真実に辿り着くだろうという事を。
事実ノエルは辿り着いたしその重みも理解した。故に白朴は言う。
「……まさか、本当に辿り着いてしまうとはな。君にとってその真実は途轍もなく重苦しく苦い物だっただろう」
「うん。それはもう」
真実を知った時の衝撃と失望は昨日の……いや、時間的には今朝の二時からずっと引きずっている。もちろん今だってそうだ。今もずっとその真実が嘘であってほしいと心から願っているし、同時に嘘でないからこそ心が砕けてしまいそうなほど張り詰めている。
とても苦しい。出来る物ならこの苦しみから早く解放されたい。
だが、真実を知ってしまった以上はもうこの苦しみから逃げられる事は出来ない。
「先生、学園都市の“神秘”を使うだなんて危険すぎる。一歩でも間違えれば禁忌に手を染める事になるんだよ? それに、仮に“神秘”を使って成功したって、それでフェルシィが戻って来る可能性なんて……!」
数多くのサーバーやデータベースにハッキングを仕掛けて分かった事だ。
学園都市には“神秘”と呼ばれる不可思議なエネルギーが満ちていて、それは俗に言う「超能力」を発現させる為の種でもあるのだとか。世界の
数多くの企業が幾つもの実験に乗り出したが成功と呼べる結果のレポートは何一つとして生み出されていない。強いて言えば【
しかし危険な事に変わりはない。“神秘”に手を出す以上白朴もその危険性には気づいているはずだし、何より大事な娘の命が掛かっているのだ。
「分かっている」
だからなのかもしれない。
娘が《呪い子》であると知った時から解決策を追い求めて、心を擦り減らして、ノエルという一縷の希望を得ても尚、正常にならない愛娘を助ける手段が一つしかないのなら――――。
「だが、もうこれしかないんだ。これしか道が見えないんだ……!」
「――――」
彼の瞳に宿った感情は本物だった。怒り、恨み、悔しさ、妬み。その全てがフェルシィに向けられた感情なのだというのは即座に理解できた。
当然だろう。ただの親友であるノエルはその真実を知って心がどうにかなりそうなくらい搔き乱されている。なら、彼女の父である彼はノエルが経験している以上の苦しみを何年も抱え続けていた訳で……。
フェルシィという少女に向ける感情の重みが違った。
「別の道があるんじゃないか」。その言葉は何年も別の道を模索し続けて来た白朴からしてみれば悔しくて無力さを覚えた過去を掘り返されるだけだ。日頃から会っていた彼は一体どんな思いで愛娘と接してきたのだろうか――――。
…………。
…………。
ただの親友。そう、ただの親友だ。
重い女だなぁ。自分でもそう思えた。
「……一つだけ」
「え?」
「一つだけ、可能性があるかもしれない方法がある」
――――――――――
―――――
―――
『――迎撃準備よし! 撃て!!』
とある部活の隊長がそう言うと後輩の生徒達は引き金を引いて一斉射撃を行った。その後方からはドローンによる爆撃も行われて防衛ラインに近寄ろうとしているロボットを蹂躙していく。
しかし硝煙の中から出て来るのは固い装甲を持ったエンジニア部製のロボット。元々警備会社に提供して品定めしてもらう予定だったその装甲はたかが生徒達だけでどうこう出来るものではなかった。
『先輩、これ以上はムリです! 敵の数が多すぎます!!』
『くそっ、ノエルの奴……! 後退するぞ! 殿はF、G隊で行う!』
『『了解!!』』
そんな生徒にしては中々に軍事組織らしい連携が取れた行動で撤退していく。やはりカリキュラムが他とは違うローデン学園でテロを起こすのであれば街一つをハッキングしなければ割に合わないらしい。
まぁ、軍事部だなんて物騒な部活もあるくらいだ。噂では毎年三人は協約部門に配属される生徒もいると言う話だし、ただ一か所でテロを起こしたってさして問題にもならない。ならば問題になり得る範囲でテロを起こせば――――。
五つのモニターに映るのは幾つもの監視カメラや定点カメラ。そこには慌ただしく行き交ったり精密な連携でロボットを迎撃する生徒達の姿が見て取れる。そんな監視されているとも知らない生徒相手だからこそ、彼らの動きを全て見透かせているノエルはマウスの操作一つで内側から崩すことが出来る。
『ひゃぁっ!? こ、こんな所にまで……!』
『奥に逃げるわよ! 全体通達しておいて!』
あらゆる裏口や排水路までモニタリングしている事もあってローデン学園の区画内ほぼ全域にロボットが走っている。それらを対応しているからこそ全ての区画内で激しい抗争が起こっていて、上空に飛んでいるドローンから見下ろす光景はさながらAIの侵略戦争の様だった。
至る所に硝煙が燻り黒煙が上がる。破壊されたロボットは火花を散らして焦げ臭いにおいを残す。
その全てを自分が行っていると考えるほど、罪の重圧で心がどうにかなりそうだった。
『……本当にいいのか。こんな事をして、君の夢は……』
暗号通信でスマホから白朴の声が響く。生徒に重罪を背負わせた最低な先生の言葉には悔しさと無力さが乗っかっていて、ノエルは素面を演じながらも返した。
「平気平気。夢なんて個人データ改ざんすればいくらでも叶えられるから。それよりも、そっちこそ本当によかったの? 私の提案なんかに乗っちゃって」
『…………』
「ま、舞台は整えてあげる。あとはそっちで頑張ってよね。……しくじらないでよ」
『……あぁ』
そろそろ潮時だ。白朴の短い相槌……もとい、短い別れの挨拶を聞くと机の上に置いていた拳銃を持ってスマホを撃つ。何度も何度も。修復できないくらい粉々に。
そこまでした頃に扉の向こう側から数多くの足跡が聞こえて来る。そこからは何やら「捕らえろ」や「強引にでも」という単語が聞こえる。どうやらノエルの場所を特定して捕まえに来たようだが……想定していたよりもずっと遅かった。それほど盤面を乱せていた証にもなるのだが。
ローデン学園の全ての区画にてテロを起こしたのだ。普通なら投獄では済まされない。が、捕まる気など毛頭ない。
「さ~ってと、そろそろ行きますかね」
パソコンの前に生徒手帳とIDカードを置いていく。これを置いていくという事はもう二度とローデン学園に戻れないという証でもある。
だってこれらは生徒であることを保証するという事だ。失くした程度で学籍を失う訳ではないが、ノエルのしでかしたテロはローデン学園の歴史の中で未曽有の大人災となっただろう。そうなれば学籍を削除され追放されるのは当然の事。
特大の例外でもない限りもう二度と区画内に足を踏み入れる事は出来ない。特に学園の主要施設には特に。
「……またね。フェルシィ」
そう言ってノエルはこの場所から逃げる為に部屋から出ていった。背中まで伸びた髪を揺らし、スチームパンク調のゴーグルを首に下げ、ミリタリー風のパーカーを羽織った少女――――これから名を馳せていくスーパーハッカー「レイラ・マキナ」として。
――――――――――
―――――
―――
後日、ローデン学園で起こった前代未聞のテロは犯人の逃亡による操作をしていた人物の失踪により幕を閉じた。
主犯生徒であるノエルにより全区画で全体の四割が損害を受け、一部の区画ではあまりの損傷に交通機関や一部のライフラインが停止する結果となった。
これによりローデン学園はノエルという生徒を指名手配し、更には学籍を削除・追放する事で全てのヘイトを一人に向けた。そりゃ、たった一人の技術で自治区の四割を削ったのだ。そうならない方がおかしい。
……と、そんな電子新聞を読みながらも隠れ家で一人パソコンを操作する。
「数値は条件達成。後はこれが功を成すかどうかだけど……」
椅子の背もたれに寄りかかって天井を仰ぐ。
フェルシィを助けられるかもしれないと白朴に示したもう一つの方法。それはあまりにも非人道的な物だった。
――【セントラル・タワー】最深部にはどんな願いでも叶う
――あるらしいって……。
――でも、それが可能性。あったらあったでいい。なかったら…………あとは、お願い。
「先生、見つけたかなぁ」
これからどうしよう。学籍を剥奪された以上学生として生きていく事はもうできない。《ODA》に頼るのも無理だろう。どこかでバイトをしようにも常に変装していなれば指名手配犯がいると通報される。
だからといってただハッキングで食っていくのも面倒だ。これからの生活を整えるのであれば唯一取っ組みやすい手段は……。
「……配信活動、やってみっか」
そう言って再びパソコンを操作すると
「アカウント名? そうだなー、え~っと……」
生徒としてのノエルを連想させるものはダメだ。アカウント名を作るのであれば自分とは何も関係のない物にしなければならない。
まだ配信の方向性なども全く決まっていないし行き当たりばったりだから何も決まっていないが、とりあえずは仮でもこんな名前にしておこう。そう思ってキーボードを打った。
「じゃあクリエイターからとって……「クエリ」っと」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……なるほど。それでその後に結局上手くいかなかった白朴は“神秘”に手を出して、くえりんはそれに強く反対する思想を持った……と」
長い彼女の話を聞いてアルフォードは完全に状況を把握する。テロ事件後の流れも簡潔に考察するとクエリは……いや、ノエルは顔を立てに振るった。
「白朴が“神秘”に手を出したのはここ最近。だから“神秘”でとんでもない事が起こる前にどうしても止めたかったの。でも、これを話すと君達は職務上白朴も捕まえる事になっちゃう。……それは、フェルシィがかわいそうだと思って……」
「…………」
予想以上に深く入り組んだ愛憎と事情に黙り込む。
確かに白朴が“神秘”を利用しようとしているのなら《リビルド》の構成員として彼を捕まえなければならなない。
“神秘”とかいう美しい響きの名前でもその実態は魔神の骸から湧き出るエネルギーだ。善にも悪にも成り得る力場の“水”――――と言っても差し支えない。彼の選択一つでまた【崩壊現象】が起こってしまった場合、今度こそ学園都市はその機能を停止する事になるだろう。
そうなれば今までの様に仲間と笑い合ったりする事なんて出来ない。
何よりそうなった結末の一つを知っている。
文明の止まった都市の中で起こる動乱。鳴り止まない悲鳴。視界を埋め尽くさんばかりに建物や床へ飛び散った鮮血。瓦礫の隙間から見える人の腕。
そして、それらを守ろうと奮起した顔見知りの冒険者達の骸。
動乱を止める為に致し方なく振るった刃にこびりついた鮮血。
壊れた街の中でただ一人立ち尽くす孤独の静寂――――。
「……白朴の事情は分かった。でも、お前のしている事はローサリティクス条約に違反している。俺達が掴まえれば打ち首は免れないだろうな」
「そんな……」
「――――」
公安や政府の許可なく“神秘”の実験を行う事は条約によって禁止されている。それを犯した白朴は良くて終身刑。悪くて処刑と言ったところか。それほどなまでに“神秘”を勝手に扱う事は許されない事なのだ。
彼自身もそれを分かっていたのか、アルフォードの言葉を聞いてただ静かに黙り込んでいる。
《リビルド》の責務は世界や都市を崩壊させる可能性のある危険因子を排除する事だ。それは結果的に多くの人を救う事になるだろうし、直接その事件に関わった人からは沢山の感謝の言葉を貰える。実際にルゥナからは今も合う度に涙と感謝を貰っている。
だがそれは今回の様な事情であれば一を犠牲にして万を助けるという言い方にも変換できる。
些細な「一」だ。それが減ったところで世界が終わる訳でも、都市が滅亡する訳でもない。ただ白朴という一人の教師がいなくなるだけ。そこに生まれる空白はすぐに誰かによって補充されるだろう。
しかし、そのたった一つに深い感情を抱いている人がいるとしたならば、その人は一体どれだけ悲しむのだろうか?
正義と悪の狭間で葛藤するだなんて漫画やアニメでよくある話だ。その結果としてよく主人公は義務や責務を無視して敵も救う選択を選ぶ。それが最も読者や視聴者に支持される展開であり、見ていてカタルシスのある展開だからだ。
「だから、お前に問いたい」
当然、アルフォードもそう言う展開が大好きだ。それを目指せるのであれば目指したいし、みんなで笑っていられる未来が一番のハッピーエンドだろう。
なればこそ。
「娘を助けたい。その想いを――――少しだけ、もうちょっとだけ、見返りがあるかも分からない誰かに向ける気はあるか?」
「――――」
そう問いかけた瞬間に白朴の瞳に浮かんだのは、まるで神様の様に救いの手を差し伸べる少年だった。……まぁ、手は差し伸べていないし神様でもないのだが。
白朴は数秒だけ黙り込んで深く考える様な素振りを見せる。そして彼の隣にある培養相に触れるとフェルシィを見つめながらも言った。
「……俺とフェルシィに血は繋がっていない。だが、俺は彼女の事を本当の娘の様に愛してきたつもりだ。だから、例え目覚めた時に俺の事を忘れていたとしても……俺はこの子を助けたい」
「――――」
「だが君は敵だ。そう簡単に信じる事は出来ない。だから……」
やがてその視線はノエルに映る事となる。
「ノエル……頼む。ただ一言でもいい。彼らを信じてって言ってくれないか」
「…………」
他者からかけられる言葉ほど心が揺さぶられるものもそうあるまい。白朴の場合は疑心暗鬼になっている上に敵の言葉で心が揺らいでいる。だからそれが嘘だとしても自分の心を安心させるためにノエルを利用したかったのだろう。
が、ノエルがそんな事を許すはずがない。
「やだ」
「――――」
「自分で選んで。私は……この五年間ずっと自分で選び続けて来た。誰にも頼れないで、誰にも縋れないで、それでもフェルシィを助けたいって思いでずっと準備を進めて来た。――白朴。あなたも父親なら、自分の娘を救うかくらい自分で選ぶべきなんじゃないの?」
「――――」
ノエルの言葉に黙り込んだ白朴は俯いて足元を見た。
疑心暗鬼の人間にその言葉を投げかけるとはノエルも中々の鬼畜だ。だが……二人に共通する大きな存在は確かに二人を結ぶ懸け橋になる。一度は途切れてしまった橋でも誰かによって直された橋を渡れるのであれば…………。
「俺は……」
白朴は息を吸い、答えを出した。
「……フェルシィならきっと躊躇わないだろう。ならば俺も、そうしたい」
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