2-14  『ヤンデレは条件次第で人権キャラになる』

 カクヨムには前書き機能がないのでここで書かせていただきます。

 投稿遅くなってしまって本当に申し訳ないです。ここからペースを取り戻していきたい……。




 〇●〇●〇●〇●〇●〇●





「それで、フェルシィの容態は……?」


「今はまだ何とも。発熱も依然として収まっていません。ただ、脳に何かしらの負荷が掛かった事が原因かと……」


 息を切らしながらフェルシィを医療部に連れて行った後、ノエルはその容態を十分おきに看護師に聞いていたのだが、既に三十分が経っても返ってくる言葉は全く同じで肩を落とした。


 ……気づけなかった。

 フェルシィの護衛の為に放ったロボットはあくまで外的危険を探知する為の物だ。だから突如としてベンチに倒れたって「ただ横になっただけ」と判断されて通知はこっちには来なかったのだろう。

 全くもって自分が情けない。白朴はくぼくから頼むと言われていたというのに。


 けれど何故いきなり倒れた? 脳に何かしらの負荷とは言われているが……まさか人混みに酔った事が原因? いや、それならほぼ毎年食らっている訳だしそんな事がありえるのか?

 ならば別の原因になるが……。


「フェルシィ……」


 脳に負荷。何かしらの演算系? でもそれも違う様に思える。

 彼女の事情は色んな所にハッキングしたおかげで知っているが、常日頃から脳で何かしらの処理を行い続けている、という情報はどこにもなかった。それならやはり外的要因なのか?

 だとしたらあの瞬間に何者から何かしらの術で攻撃された可能性もある。


 ……攻撃された?

 術で?


「っ……!!」


 ホログラムのウィンドウを開いて仮想コンソールを操作し始める。自分達がいた所から円状に設置されている監視カメラの映像を全てハッキングしてそれらしい人物がいたかどうかを調べ上げる。


 何かしらの術で攻撃を受けたのなら相手には必ず制約があるはずだ。例えば一定距離まで近づかなければならないとか、対象を視認しなければいけないとか。それらの条件だと仮定して探せば……。

 仮にフェルシィをこんな目に会わせた奴がいるのなら絶対に許さない。地の果てまで追い詰めて社会的に殺して――――。


 ぽすんっ。

 頭に丸められた本を叩きつけられて手が止まる。


「そんなことしたって犯人は見つかんないぞ」


「先生!」


 仕事で忙しいはずの白朴が背後に立っていた事に驚いて完全に思考が止まる。そりゃ、一応連絡だけはしたがまさかこんなにも早くやって来るとは思いもしなかった。


 白朴は前に歩いてガラス越しにベッドで昏睡するフェルシィを見ると一人でに喋り始める。


「……フェルシィが昏睡したのは超感覚が原因だ」


「超感覚?」


 あまり聞き慣れない言葉に思わず聞き返してしまう。

 言葉自体はごくまれに耳にしている。それがどんなものなのかはあまり分からないが字ずらだけで才能の域に到達しているのは分かるのだが……フェルシィがそんなものを持っていただなんて思えない。


「あぁ。人間は五感で感じる全ての情報で周囲の物を把握している。だが超感覚はその域には踏みとどまらない。五感の上に周囲の視線、感情の発露、質量の流れ、そして未来予知にも等しい圧倒的な直感――――いわゆる第六感を有するんだ」


「そんな……。で、でも、フェルシィの個人情報にはそんな事一個も……!」


「当然だ。俺が隠した」


「え……?」


 フェルシィにそんな能力があるだなんて初めて聞いた。そして白朴がそれを隠していたという事も。


 だが全てのプログラムなんてノエルからしてみれば木製のドアと全く同じで潜り抜けるなんて造作もない。だからありとあらゆる情報を見て来たというのに、どうやってその情報を隠したと言うのか?

 それはあまりにも原始的な事だった。


 白朴は自分の頭を指先でトントンと叩きながら言う。


「誰にも見られる事がなく、自分だけが隠せる場所……。ここだ」


「――――」


 知らなかった。

 知れる余地もない。


 流石に人の頭に潜り込むだなんて出来るはずもない。いやまぁ、やりようによっては人の脳をスキャンして情報分析として見つけ出す方法もあるにはあるが……非人道的な事は一切避けて来たから知るはずもなかった。


「じゃ、じゃあ、フェルシィが倒れたのはその超感覚が原因……なの……?」


「そうだ」


 人が多い所へ連れ出すと決まって体調が悪くなったのはそのせいだったのか。今まで何度も連れ出しては体調を崩していたから何が原因なのかと毎回疑問に思っては応えに辿り着けずにいたが、まさかそれが原因だっただなんて。


 それなら今までに感じて来た疑問が点と点で結ばれていく。


「なら、フェルシィが特待生なのは……」


「将来的に、超感覚による圧倒的な実力があると認められたからだ。まぁ上の連中は超感覚があるだなんて知らないから才能と認識してるが」


「他の生徒と不用意の接触を避けてたのも……」


「フェルシィの脳の負荷を上げない為だ。常人じゃ何も感じない寝る瞬間も彼女には無数の情報が叩き込まれている。それこそ、普通の人間なら脳が焼き切れるほどに」


「――――」


 今までフェルシィに起こっていた出来事、彼女の境遇。その全てに理解と合点がいって戦慄する。


 ハッカーをしているからこそ脳内の演算と情報処理がどれだけ大変なのかは理解しているつもりだ。あまりにも集中しすぎて知恵熱を出す事もあるから、集中する時は決まって冷えピタを張っているほどだ。

 それ以上の情報の処理を日常的に行っていた? そんな中人混みの中に連れ出してしまったらどれだけの負荷が掛かる?


「……何で黙ってたんですか」


 事前に言ってくれていればそれなりの対策も出来たはずだ。超感覚のせいで日常的に脳へ負荷が掛かっていたのならそれ用のプランも整えられたし、何なら一時的に感覚を遮断させる機械だって開発できたかもしれないのだ。それなのに何故。

 そう問いかけると白朴は答える。


「……超感覚とは言うが、フェルシィの能力は一種の呪いなんだ」


「呪い?」


「生まれながらにして魂に縛り付けられた呪縛……。呪い子や、大昔には根源的呪いとも言われた物だ。寿命を制限する代わりに力を与えたり、寝食を出来なくさせる代わりに超再生を得たり……。大きな物を代償として大きな物を得る、“化け物”を作るんだ」


「ばけ、もの……」


「そんな物を知られたら彼女は実験体にされる。……先生としても、親としても、そんな事は死んでもさせたくない」


 言い得て妙なのかもしれない。

 超感覚なんて常人には得られないし、会得出来る物でもない。だから空気の質量すらも感じ取れてしまうフェルシィはきっと、普通の人からしてみれば何もしていないのにこっちの行動を見透かしている化け物として映る可能性もある。


 当たり前の中に潜む当たり前ではない物。

 人はそれを化け物や怪物、それに類似した気味の悪い何かと認識するのだから。


「それじゃあ、フェルシィが失ったのは……?」


 だがそれなら彼女だって何かを代償にしているはずだ。しかしフェルシィは人間としてしっかり生きられているし、実際今まで超感覚の事を匂わせることはなかった。それなら何を代償としているのだろうか。

 ……その問いかけに返されたのは想像を絶するものだった。


「人間性だ」


「……え?」


 何を言っているのだろうか。天才の二番手とも言われたこの頭脳が理解できなかった。


 聞き間違えたのではないかと思って頭の中で聞こえた言葉を繰り返す。けれど認識している言葉は何一つとして間違いではなく、白朴はハッキリと「人間性だ」と口にした。


 人間性を失った? そんなことあり得るはずがない。だってフェルシィは今までずっと一緒にいたのに違和感がなかったのだ。そりゃ、精神的に少し弱い所があるなとは思っていたが、それが人間性の喪失と言われても納得できるはずがない。

 そう、普通だから納得できないのだ。

 呪い子は普通ではない。


「フェルシィは超感覚の代償に人間性を失った。……いや、制限されたんだ」


「で、でも、今までフェルシィと一緒にいたけどそんなの……。というか、そもそも人間性って言ってもどういう定義でそんな……!」


 人間性のない人、と言われて真っ先に思い浮かぶのは自己中心的だったり道徳心がなかったり、人としてダメな人という人間像だ。

 だがフェルシィは人想いで、優しくて、誠実で、奉仕的で……それらとは真逆の位置にいる人間だ。とてもではないが人間性がないだなんて冗談でも受け入れたくない。


 そんな認識を彼の言葉が覆す。


「人間性の喪失、とはいってもそれは性格としてじゃない。――生物としてだ」


「え」


「人として成り立たない存在……文字通りの人間性の喪失……。ノエル、これは君だけには隠しておきたかった事だ。これを言ってしまえば君はきっと今までの君ではなくなってしまうから」


「――――」


 息を吸い、白朴は真実を告げた。



「君が見ていたフェルシィという少女は、超感覚が無意識に起こした単なる反応の数々でしかない。そこに彼女の意志は……介在していない」



 告げられた真実は重く意識の底まで貫いた。

 まるで錨に括り付けられて深海まで引きずり込まれたかのような感覚だ。


 ただひたすらに信じたくなかった。だってそれを認識してしまったら、自分は今まで何に話しかけていたのか分からなくなってしまうから。フェルシィと認識していた少女が単なる反応の数々であるなら自分は一体何をしていたのか? どんな思いで話しかけていたのか? これからどうすればいいのか?

 思考が脳裏を埋め尽くす。処理しきれない思考回路がバグを吐いて頭の中で渦を巻く。それを直す暇すらもなく情報は回り続けている。


「わ、わたし、は……。私、今まで……」


 そんなはずがないと信じたい。だって人間性を失っているだなんて到底思えないほど今までの彼女は笑顔も悲しそうな顔も感情に満ち溢れていた。

 会話だってそうだ。面白おかしい話をすれば彼女は笑い、辛い話をすれば親身になって寄り添ってくれた。食べ物を食べる時でさえ常に楽しそうで笑顔を浮かべ、辛い物を食べたなら舌を出して悶え、冷たい物を食べたなら頭がキーンってなるのに眉間にしわを寄せていた。

 それが、その思い出の数々が全て――――。


「……すまなかった。いずれ話すべき事だという事を知っておきながら、君に話す事を躊躇っていた」


「――――」


 驕るつもりはないがフェルシィに友達と呼べる人物なんてノエルしかいない。白朴もそれを知っている。だからこそ深く傷つくのを恐れたのだろう。

 だが、白朴はどうだろうか?

 血が繋がっていなくたって愛娘の様に育てて来た彼女が内側に感情を宿していなかったと悟った時、白朴の心はどれだけ滅茶苦茶になってしまったのだろうか?


「……せて」


「え?」


「手伝わせて。フェルシィを助ける……いや、取り戻す方法、あるんでしょ」


「――――」


 呪い子だなんて言葉は二、三度しか聞いた事がない。けれどフェルシィは白朴の愛娘だ。そんな彼が本当の娘を取り戻すべく尽力していない訳がない。

 実際にそう言うと白朴は答えた。


「あぁ。方法がない訳じゃない。だが……」


「…………?」


「……まだ実現には至っていない。何よりリスクが高くて……」


 拳を握り締めながらも苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。

 その方法とやらが何なのかはよく分からない。けれどフェルシィを思っている彼がそこまで迷うような選択肢しかないのであれば、今彼がどんな気持ちで苦境に立たされているのかが自然と理解できた。そして、それは自分が手伝おうとしても励ましや何にもならないという事も。


「――――」


 だから何も言えず、黙り込む事しか出来なかった。



 ――――――――――


 ―――――


 ―――



「根源的呪いの解呪条件は魂の干渉による物でしか前例がない……。一般公開されている情報でもそれらしいものはなしと……。やっぱり禁術だからか……?」


 夜。

 自室に籠ってキーボードを叩きながらも収集する情報を一心不乱に紙へ書き写して壁に貼り付ける。


 五つの画面を同時に操作して複数のサイトを一斉に開き、それらを自分の頭のみで解析して情報を書き写す。そんな作業を始めて三十分が経過し、既に壁へ貼り付けたメモの数は三十四枚を突破していた。


 このままではダメだ。もっともっと深い所まで潜り込んで情報を探らないと。それこそ大手企業や犯罪行為と呼ばれる深く食らい闇の底まで潜り込んででも――――。


「…………」


 あぁ、完全にイケナイ思想だなぁ。

 そうは自覚している。だからキーボードとメモに書き写す手を止めてある方向を見た。視線の先にあったのは部長から渡されていた次期部長の証……まぁ、言い換えれば何でもハッキングツールである。


 ヴァリアはそれこそローデン学園の中枢の一つを担うと言っても過言ではない。大事件が起こった時、致し方なく大きなプログラムのハッキングをしなければ収束しなかった出来事もいくつかあった。だからそれを“善意で”行う為に作られたハッキングツール……『何でも閲覧君』。部長が信頼する者のみにしか渡されないヴァリアの象徴だ。


 ……いいや待て。今こんな行動をしているのは親友を助けたいからだ。

 そう、ただの親友。ローデン学園の中で……それなりに一般的な彩や青春を満たして来た人生の中で気の許せる唯一の親友。ただそれだけ。親友を助ける為に重犯罪を犯すとかまるで重度の依存症みたいではないか。ヤンデレか? 自分にそんな属性を盛った覚えはない。


 それに相手はただの反応。そこに友情がある訳ではない。言い換えてしまえばただの一方的な片思い。きっとフェルシィが呪いを克服して目覚めたとしても、その反応を覚えていなかったら……。


「……ばっかみたい」


 暗い部屋に閉じこもっているから思考も暗くなってしまうのではないか。そう思い至って電気を付ける。でも、それはそれでこの三十分間の集中の証であるメモ用紙の数々が見せつけられる。

 この三十分間、ただ一人を世界の中心の様に考えて行動していた重度のヤンデレみたいな行動の結果を。


「…………」


 認めるしかないのだろう。壁に貼り付けられた三十四枚ものメモ用紙が事実を語っている。フェルシィという親友に対して向けていた、親友としてはあまりにも重い感情を。


 劣悪な家庭環境だった訳ではない。両親は仕事で顔を合わせる機会は少ないが、最低三日に一回はビデオ通話をしてくれるし、贈り物だってしてくれる。

 学友と不仲だった訳でもない。友達は何人もいるしたまにカラオケだの買い物だのを楽しんでいる。

 それじゃあ何故こんなにも重い感情を向けてしまっていたのか? そう思ってしまうまでに至る原因は一体何か? 深く深く考え込んだ結果として答えは一つしかなかった。



 その反応がノエルの欲しかった反応だっただけ。



 自慢しても嫉妬せず褒めてくれる。ちょっかいを出しても笑って許してくれる。誘えば必ず来てくれる。くだらない笑いでもよく聞いて肯定してくれる。

 フェルシィが取った反応はその全てがノエルという人間が欲しがっていた反応そのものだった。だからもっと会いたい。もっと話したい。そうやって彼女に重い感情を抱く様になっていったのだろう。


 それは自己肯定感を高める為の道具になったから。


 果たして助けられたとして、それは自分の為になるのだろうか? 自分が満足するだけならば今のままの方がいいのではないか? 何の見返りも求めずただ人の為にだなんて馬鹿な綺麗事をする必要は……あるのだろうか……?


「フェルシィ、私は……」


 『何でも閲覧君』をパソコンに接続して、キーボードを叩いた。

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