2-13  『バグ技を使うならリスクを冒せ』

 四年前。

 ローデン学園・ヴァリアにて。


 IT系だの何だのと、プログラムやシステムに関するあらゆる分野のプロを目指すべく研鑽する部活として名を馳せるヴァリア。言い換えればホワイトハッカー集団とでも言うべき部活で、将来政府や公安に貢献できる様に知識を蓄える為の場である。


 そんなハッカー集団の朝は早い。


「――解析終わんね~! なにこれ面倒くさすぎでしょ! 誰このプログラム組んだ奴!」


 部員の一人の少年が朝っぱらから三つの画面と向き合い頭を抱えながらそう叫んだ。キーボードの隣には積み重なったエナジードリンクの山がありその少年がどれだけ徹夜したのかを物語っている。

 そしてノエルは彼の後ろから椅子に寄りかかって絡む。


「おやおや、部長が組んだプログラムまだ解析出来てないの? アタシは三日で終わったけどね」


「三日三晩で終われるほど頭の回転が速いのはアンタだけなんすよ、副部長」


「へへっ」


 ヴァリア副部長、ノエル。それが彼女に与えられたあだ名。

 学園内での二つ名は《二番手の天才》だ。ローデン学園が設立されて最も天才とされている部長の二番手であるという事からそういう二つ名がついたらしい。自分はあまり関与していないからそれを知った時には驚いたものだ。


 部室を見渡すとサーバー管理室の様に機械が詰め込まれた部屋の中で数々のモニターが光っており、ソレが置かれている机の下では徹夜をして疲れ切った部員たちが寝袋に包まって睡眠を取っている。

 ここだけ見るとまさしくブラック企業の様に見えるが、居残りをするかしないかは任意で決められるし寝袋を持ち込んだのは彼らの判断だ。高校生なのに社畜の様に寝泊りをする光景は何とも言えないが。


 そんな酷い有様でもヴァリアでは普通の日常だ。

 何気ない会話に何気ない日々。そして時々依頼されるハッキングの仕事。それらを共同で取り組むのが自分の日課だった。


「そう言えば来週は待ちに待ったローデン・フェスティバルっすね」


 だがいつも通りの日常もイレギュラー要素が加わればいつも通りではなくなっていく。その一つとして毎年行われる行事について少年が口にした。


「確かヴァリアって祭りには参加しないんスよね。なんでなんすか?」


「ん~、部長曰くアタシ達の持ってる機械とかプログラムとかって普通じゃ絶対に手に入らない物だから歴代の部長達は人目に付く事を嫌ったんだって。アタシ達は今の所悪い事はしてないけど、万一これを盗まれたりされたらとんでもない事になりかねないから」


「あ~、なるほど」


 ヴァリアは部活の一つではあれどローデン学園からしてみれば中枢を担う一角にもなうる“組織”だ。まぁ、場合によっては大手企業のサーバーを余裕で落せるほどの技術を持っているのだから当然な気もするが。


 それにローデン・フェスティバルは沢山の人が来る。その人々全員が善良なる心の持ち主という可能性はゼロに等しい。

 実際に毎年祭りの中で事件は起こるし、例年その数は多くなっている。であれば人目に付くところに置かない方がいいのだ。


「それじゃあ副部長は今年も“彼女”と楽しむんすか?」


「もちろん」


 少年の言葉に自信満々で返した。


「――だって、アタシの唯一の親友だもん」



 ――――――――――


 ―――――


 ―――



 ローデン学園は複数の学校が集まって出来たマンモス校だ。それ故に区画内には幾つもの寮が存在する。その内の一つであるナヴィース寮には俗に言う「才能を持つ者達」が集められていて、あらゆる分野で特筆すべき功績を残した生徒達が暮らしている。簡単に言うならVIP寮というヤツである。


 全ての生徒の憧れとも呼べるその寮の部屋には自分の物もある。だが、寮について早々自分の部屋には戻らず廊下を駆け足で進みとある部屋の前まで辿り着くとハッキングでロックをこじ開け中に入る。


「フェルシィ~! 来たよ!」


「あっ、ノエルちゃん」


 普通ならばホテルさながらの間取りと装飾が施されている。だがフェルシィだけは特待生という事もあって通常の二倍は大きな間取りとなっている。だから名前を呼ぶと先に声だけが返って来る。


 顔を出すと机に座って座学に勤しむフェルシィの姿があり、彼女はこっちを見ると嬉しそうに顔を上げて立ち上がった。

 が、それはそれとしていつも通りの侵入に小言をぼやく。


「も~、またハッキングして入って来たでしょ! しっかりアポ取ってくれればいいっていつも言ってるのに」


「まぁまぁいつもの事じゃん。先生だってアタシにはロック意味ないって出入り認めてくれてるし」


「全くもう……」


 特待生はローデン学園が大事に“保管”している宝石の様な物。それに傷が入ればどうなるかが誰にも分からない以上、お偉いさんの様に不用意な一般生徒との接触は避けられている。


 そう言う理由もあって毎回ハッキングして勝手に入る訳だが、そんな問題行動は当然認識されているものの、教員達ではハッキングの技術に太刀打ちできないと分かっているが為に自分だけは勝手な出入りが許されている。


 彼女もいつもの事であるから小言を言うのはほんの数秒にして大人しく招き入れてくれた。


「それで、今日はどうしたの?」


「ローデン・フェスティバルが来週に迫ったじゃん? だから今年も一緒に行かないかなって今のうちに誘っておこうと思って」


 自分の部屋にあるものよりもふかふかなベッドに腰を掛けるとフェルシィは小さく笑いながら二つ返事で返した。


「それはもちろん。というか、ノエルちゃんが来るのがあと五分遅かったら私の方から誘いのメールを飛ばそうと思ってたよ」


「そうなの? ぃやった!」


 快諾してくれたフェルシィに思わずガッツポーズをしてしまう。

 彼女が承諾してくれる事自体は知っていた。特待生であるが故に友達と呼べる人がそんなにいないからこういう友達と楽しめるイベントには少しばかり飢えているのだ。


 しかし、同時に特待生だからこそ様々な制限が付いて回る。不用意に他の生徒に会ってはいけないとか、申請なく区画内から出てはいけないとか。三年生ということもありそれらの規制は去年よりも強くなっているから内心不安に思っていた。


「今年の祭りはエンジニア部が大きなアトラクション型の展示を行うんだって! それに食堂のおばちゃん達が凄く大きいステーキ作るらしいの! 一緒に行こうよ!」


「うん、もちろん!」


 すでに来週に控えた祭りに想いを馳せながらもあれこれ回る場所を提案する。去年も二人で回って歩いたが色んなトラブルが重なって全ては回り切れなかったのだ。今年こそは二人で楽しそうな所を制覇したいものだ。

 それにフェルシィは普段からあまり外に出る人ではない。ここで外に出ることの楽しさを知ってもらえればこれからも積極的に一緒になれるかもしれない。護衛ならば自分がいるから問題はないだろうし。


「それで学内のハッキングによると噴水広場では軽音部が生ライブを行うらしくて……!」


「うんうん! それで、それ……で……?」


 まだまだ話したりない事が多すぎて口が止まらない。だから早口になりながらも彼女に説明を続けるのだが、あるタイミングで歯切れが悪くなり何かを察した様な表情を浮かべ始める。

 それを疑問に思って彼女の視線の先を辿ろうと振り向くのだが……。


「どったの? アタシの後ろにお化けでもいんの~? なんて……ね……」


「お化けが悪い子を攫いに来たぞ」


「…………」


 曲がりくねった癖毛を切りもせずに目の所まで前髪が伸び、健康生活を微塵も感じさせないシワの入った白衣。目元にはクマができているが眼鏡がそれを隠すように付けられている。

 後ろにいたのはそんなお化け……などではなく、フェルシィの個別教育指導係の教師である白朴はくぼくがいた。


 しまった。つい話すのに夢中になりすぎて部屋に入ってくる者の探知を忘れてしまっていた。いつもなら誰かが入ってくればベッドの下に隠れてやり過ごしていたというのに。

 ある意味ではフェルシィの部屋への侵入は処罰対象でもあるため、脳天には白朴の拳が稲妻となって落ちる。


「あいだっ!」


「お前は何度言えば分かるんだ。ここはアポを取らない限り立ち入り禁止だと何度も言っているだろ」


「だってアポ取ろうと思っても二時間はかかるじゃん! アタシの部活っていつ終わるか分かんないし唯一の親友とはいつでも会いたいじゃん!」


 ギャグマンガ調のたんこぶが膨れ上がる脳天を抑えながらも白朴にそう反論すると彼は少しだけ面を食らった様な表情を浮かべては溜息を吐いた。


 いくら叱られたって意思は変えない。ノエルという生徒がそういう性格であることは彼も把握している訳で、心からの言葉を受けると少しの間だけ揺らいだ素振りを見せる。

 厳重注意をされてもやめない生徒だ。だから今回も叱ったって彼女は変わらないと判断したのだろう。大きなため息を吐いて素の反応を見せる。


「あのなぁ、これで責任問題問われるの俺なんだぞ?」


「またまた~。アタシが毎回ログ残さずに出入りしてるから最初の三回以降は呼び出し食らってないの知ってるんだよ~? お父さん?」


「けっ。可愛げのない生徒だ」


「可愛げはなくても顔は美少女だもんね~だ!」


 軽口を叩きながらもいつも通り白朴すらも会話に巻き込んでいく。

 白朴はフェルシィの個別教育指導係の先生であり、同時に義父でもある。彼女の事は実の娘のように育てているからこそ、彼女の唯一の親友であるノエルという問題児にはあまり手を上げられないのだ。

 そんな苦笑いを浮かべるフェルシィという名の盾を利用していると話題はローデン・フェスティバルへと移っていく。


「ねー、先生はどーすんの? 確か顧問の部活出店するんでしょ?」


「俺は例年通り仕事が盛りだくさんだからそれどころじゃないんだよ。楽しみたくても楽しめないのさ」


「大変だね~」


「俺だって楽しめる物なら楽しみたいさ」


 白朴は学園内でもそれなりに偉い立場に入る。だから彼にはやる事が常に絶えずに自分の時間はあまりないのだそう。そのあまり得られない自分の時間ですらフェルシィに割いているのだから驚かされる。それだけ彼女に抱いている家族愛が大きいという証拠ではあるが、たまには娘と父で祭りを楽しめばいいのに。そう思ってしまう。

 だから、


「だから――――」


 彼はいつも決まってこう言う。


「フェルシィの事、頼んだぞ」


「合点承知の助」



 ――――――――――


 ―――――


 ―――


 ローデン・フェスティバル当日。

 今年も去年よりいくらか規模が大きくなった祭りには例年通り数多くの人々が訪れて祭りを満喫していた。行きかう人々は笑顔を浮かべながら食べ物を口にしたりお面をつけている。

 人混みが入り混じる最中、フェルシィの手を引いて歩き回っていた。


「フェルシィ、大丈夫?」


「う、うん、大丈夫。ちょっと人混みに酔っちゃっただけ……」


 フェルシィはあまり外に出ない上に人が多くいる場所には近づかないように規制されている。だからあまり人混みに慣れてなく、彼女は少しばかり体調が悪そうな表情を浮かべていた。


 まぁ確かにローデン・フェスティバルは通常よりも遥かに多くの人が押し寄せる。そのせいで毎年至る所で救急車が待機しているほどだ。引きこもってばかりの彼女には少し刺激が強すぎたかもしれない。


「開催中は人が多く来るからね~。っていうか、もしかしたら去年の二倍近くは増えてるんじゃないかな……」


 彼女をベンチに座らせながらも行きかう人々を見渡す。正確な統計なんて分かるはずがないからただの憶測でしかないが、それでも人が増えている感覚は確かにあった。

 そして人が増えれば事件が起こる可能性も高まる。

 だからフェルシィはある事について問いかけてくる。


「そういえば、今回は大丈夫なの? ほら、去年も一昨年も何かしらの事件が起きたって駆り出されてたけど……」


 確かにそんなこともあった。この学園都市に住む人々や異形種は一部が野蛮人どもだからこういう人が密集する場では事件が起きやすく、去年も一昨年もその対応に追われてフェルシィと一緒に祭りを完全に楽しむことができなかった。が、今年は三度目の正直という事で自慢ついでに話し始める。


「ふふんっ、そこについては心配ご無用。今回はアタシ達ヴァリアが新たに開発したロボットが対応してくれてるからアタシが呼び出される可能性は限りなく低いのだ!」


「お~、流石はプログラマー」


「よせやい! 照れるぜ!」


 努力を親友から褒められるのが妙に照れくさくてバシバシと肩を叩く。

 しかし本当にロボットを作った理由はこうしてフェルシィと祭りを楽しみたいからだ。ぶっちゃけて言うのなら事件の対応とか面倒くさすぎてどうでもいい。だから開発を急いだのは正解だった。


 が、フェルシィの体調が悪い今ではあまり祭りを楽しむ事は出来まい。ここは少し休ませてから行動を再開するべきだ。


「休みついでに何か買ってくるよ。アタシはチキンでも買おうかなって思ってるけどフェルシィは?」


「いいの? それじゃあ軽めの物で」


「ん、おっけ」


 フェルシィの事は白朴からも頼まれている。だからなるべく彼女から目を離してはいけないのだが……そこについても抜かりはない。こういう場面があるだろうと思ってしっかりと護衛用のパーツを用意してきていたのだ。

 バッグの中からスマホサイズの機械を取り出す。するとコウモリの装飾が施されたその機械はバサバサと羽根を動かしてフェルシィの周囲で停止した。


 彼女に何か起こればその機械から直接スマホに通知が来る。そして何か起こり次第迅速に備えている小型ロボットが彼女のもとへ向かう仕組みになっている。これだけ準備していれば例え何かが起こってもどうにかなるだろう。


 そう思っていた。

 そうとしか思えなかった。


「フェルシィ~、ケバブあったからそれ買ってきた……け、ど……」


 買い物から戻ってきた時、鼻血を出してベンチに寝転ぶ彼女を見るまでは。

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