2-12  『ゲーム終盤には強敵と真実を』

「アル……!?」


「アルフォード……」


 間一髪のところで現着したアルフォードにジンと黒隴こくろうは視線を向けて来る。そして現在進行形でお姫様抱っこをしているクエリもあまりにも唐突な登場だったからなのか、目を皿にして驚愕していた。


 状況は五人の生徒をジンと黒隴で対応していたが一人が隙を突いてクエリに攻撃を仕掛けそうになった……というので大丈夫だろうか。

 そしてこんな所で戦闘を起こすからには何かしらの対策も万全だろう。事実、タワー内部は戦闘によって悲惨な状況になっていたのにも関わらず接近するまで戦闘音は全く聞こえなかった。


 それに生徒達が背負っている武装は明らかに重兵器だ。プラズマでも放ちそうな見た目なのに外壁が破壊されるまで音が一切外へ漏れなかったという事は……。


「潜入、戦闘、裏切り、工作、窮地……って所かな?」


「君……」


「話は後で。まずはこの状況を何とかしないと」


 クエリを下ろして後ろに下がらせる。この状況だ。流石に強行突破をする事はあるまい。


 他の生徒が武装をしているのに対し赤髪の……ユセリアと名乗った少女の前に立つと拳を合わせて気合を入れる。

 さっき拳から打ち出していた灼熱の炎――――多分、魔術ではないだろう。恐らくはウィルの時と同じように天賦保有者か、あるいはエルフィの様に“神秘”の類か。いずれにせよ彼女はただ普通の場慣れしている生徒という訳ではないらしい。


「ふんっ。たかが一人増えたくらいで何が変わる」


「やってみるまで分からないぞ。もしかしたら俺がお前より強いかもしれないし」


「はっ! ――寝言は寝て言え!!」


 ユセリアは再び拳に炎を集めると業火と呼ぶに相応しい熱と力場を纏わせた。リアがいれば魔眼でその力がどんなものなのかを見抜けるのだが……まぁ、どの道魔術ではないのなら対策方法はいくらでもある。

 最近はあまり活躍していなかった言霊が真価を発揮する時だ。


「アル――――」


「そっちは任せた!!」


「っ……! あぁ、任されたぜ!」


 近づいて来ようとするジンにそう叫んで目の前の敵へ集中させる。黒隴はこっちの実力を知っているからなのか、心配すらしない表情でこっちを見つめていたが、やがて視線を三人の生徒へ向けて再び戦闘を始めた。


「駄目だアルフォード! 彼女の攻撃は……!」


「大丈夫」


 クエリは真正面から受けようとしている姿を見てそう警告を発するが、既に命中の間合いに入っている。ここから避けようとしたって下手に姿勢を崩せば全身に食らって行動不能になるだけだ。

 けれどこっちだって無策で突っ込んで来た訳ではない。こと異能力者相手であるなら負けるビジョンは全く見えない。


「死ね!」


 口の悪い掛け声で業火が放たれて連続した爆発を引き起こし近づいて来る。血で作った太刀を構えて刀身を触り、まるで羽毛を撫でるかのように緩やかな軌道で振り上げて――――。



「――“Counterカウンター”」



 一瞬の爆炎が数倍にも膨れ上がって跳ね返される。当然、そんなあり得ない軌道と効果で跳ね返された攻撃を前にユセリアは大いに戸惑いを見せて回避に遅れた。防御態勢を取ったのはその直後で跳ね返された爆炎に呑まれる。


「い、今の……」


「嘘だろ、ユセリアの攻撃が……跳ね返された……!?」


 それを見ていた生徒達は驚愕する。

 そして、ジンと黒隴、そしてクエリですら驚愕してこっちに視線を釘づけていた。


「アルフォード……今のって……」


 しかしこの場で唯一怯まなかったのは攻撃を受けたユセリアだ。硝煙の中から再び炎を膨張させると僅かに焼き焦げた匂いを纏って拳を放つ。


「――死ね!!」


「“Shieldシールド”!」


 不可視の障壁が業火を受け止めて超前傾姿勢を構える隙を作ってくれる。その隙を遺憾なく発揮すると高速で飛び出してユセリアの懐まで潜り込んだ。

 彼女の顔に焦燥が張り付く。咄嗟の判断で放った炎が彼女自身を苦しめるのだと理解したのは、攻撃を放ってから言霊で反撃された瞬間だった様だ。


「くそっ! これで――――」


「――“Counterカウンター”!」


 数倍の威力で跳ね返されて反撃をモロに食らう。だが決して悲鳴を上げる事はなく、歯を食いしばってただ真っすぐに相手を見つめていた。その視線だけで理解できる。彼女はただ腕のいいだけの戦闘員ではない事を。


「――負けるか!」


「っ!?」


 爆炎の中から手を伸ばして胸倉を掴んでくる。普通だったら怯むはずの攻撃を食らってももろともしないだなんて……。


 全力の頭突きを食らって額から血が噴き出す。直後に襲って来るのは業火を纏った拳のラッシュ。それも炎が乗っかっただけの威力じゃない。彼女自身が発揮する力も乗っかった鉄骨が折れる並みの全力ラッシュ――――。

 血法で身体を補強していなかったら胴体が千切れて飛んでいただろう。


「これで……!」


「――“Burstバースト”!!」


 炎の中から蹴りを繰り出して腹を抉る。

 “氣”を込めた蹴りは内側から体を破壊する。それはどんな防御力があっても関係なしの……ゲームで言う「強制クリティカル」+「確定ダメージ」攻撃だ。それに言霊を乗せる事で倍以上の威力を発揮する。

 普通なら内臓をシェイクされる激痛で立てなくなるはずなのにユセリアは血を吐き捨てながらもそこに立つ。


「今度こそ……!」


 ――これ以上時間はかけられない……。ここは全力で!


 手首から血の糸を放ってユセリアを捕まえる。放たれる業火は真正面から受けて彼女を引き寄せると思いっきり拳を解き放った。


「“Fullフル”――――」


「っ……?!」


「――“Burstバースト”ッ!!」


 “Full Burst”。通常の言霊よりも十倍近くの効果を強制的に発揮させる言霊だ。その分氣の消費量も多いからここぞという時に取っておきたかったが、今は祭りの最中で下の人達にパニックを起こさせる訳にはいかない。早く制圧しなければきっと騒ぎが広まって行ってしまう。


 が。


「まだ、まだだ……!」


「お前本当に人間なのか……? なんっつータフさだよ……」


 常人が食らえばまず死ぬ。防御面が硬い異形種が食らってもギリ死ぬ。それなのに生身の人間が真正面から食らって生きているどころかまだ立てるだなんて。

 いや――――、これは違う。


「……神秘の側か」


 学園都市に満ちる不思議な力魔神の力場の残影……。それを色濃く吸収して生まれて来たのだろう。でなければ今の一撃に耐えたのにも、彼女自身が放つ異能の炎にも説明がつかない。


 リアとフィーネが現着するまで時間ももうない。ジンと黒隴の戦闘ももうじき終わる。だが彼女だけが異質であるが故に行動不能にさせるのにはもう少し時間がかかるだろう。

 そう思って互いにタイミングを見つめ合って時間を稼いでいるとその時が来る。


「――アル!!」


 フィーネの車椅子は自立駆動式だ。だからリアは電動キックボードの様に車椅子の取っ手を掴み、上手なハンドリングで上層部まで駆けつけて来る。そしてハンドリングはリアに任せているからこそフィーネは車椅子の武装を展開するとユセリアへ先制攻撃を行った。


「アルフォードさん、ここは私達に任せてください! 今は彼女を!!」


「~~~~っ!」


 この場で唯一誰にも標的にされていないのがクエリだ。だがクエリは予測ではこっちを利用しようとしている協力者……もとい裏切り者。互いに最上層まで到達するのが目的なのであって、もし彼女がここで行われている実験を利用して何かを起こそうと言うのならそれは《リビルド》の理念に反する。


 区画内で行われたクエリの企画。それはこの戦闘から人々を遠ざける為だ。そして同時刻で戦闘が起こったという事は、クエリはこうなる事を見越して企画を立ち上げていたはず。

 つまり全て理解した上で作戦を練り、ジンと黒隴の二人と行動し、フィーネの憶測通りであるのなら今まさに騙そうとしている訳で――――。


 だが協力者である以上何かを知っているはずの彼女をこのまま置き去りにする訳にはいかない。最上層に到達した時、何が起こるのか分からないのだから。


「――ちぃっ」


「わっ!」


 クエリを抱えて最上層への階段へと突っ切る。それを阻止する為に放たれる攻撃は全てジンとフィーネが防いでくれる。


 そうして八段飛ばしで階段を駆け抜けて最上層への硬く閉ざされた扉を蹴り一つで粉々にすると即座に周囲を見渡して敵がいない事を確認する。

 幸いな事に最上層を最後の砦にする気だったのだろう。敵はいない。

 敵はいない、が……。


「……これはこれは」


 なんともまぁ分かりやすい実験だ。一目見れば何が行われているのかが分かる。

 謎の液体が詰められたタンク。そこに伸びる幾つもの極太のパイプ。そして、その中に閉じ込められた一人の少女。


 こういうのは漫画やアニメでも魔物だの何だのの因子を定着させる為に~だとか新しい力を植え付ける系の実験をされているものだ。今目の前で行われている実験もその類だろう。

 だって、隠す気がないほどの“神秘”の気配がするのだから。


 タンクの前にはコンソールを操作する一人の男が立っていた。その男が振り返るといかにも研究者が着ていそうな白衣と、教師であるネームタグを見せびらかした。


「……君達がここにいるという事は、彼らは敗れたのか」


「いや、俺の仲間が足止めしてる隙に一足先に駆けつけさせてもらっただけさ。お前の生徒達はまだまだ元気だよ」


 クエリを下ろして前に出る。


 曲がりくねった癖毛を切りもせずに目の所まで前髪が伸び、健康生活を微塵も感じさせない白衣のシワが連続徹夜を想起させる、如何にもマッドサイエンティストだと呼べるような姿だ。眼鏡をかけているのもポイントが高い。

 そしてこういう相手は大抵追い詰められた最終手段として自分自身に力を取り込み、その結果として上手く制御できず化け物に成り下がるのが定番の流れだが……どうやら彼は違うらしい。


「君はこの光景を「生命維持装置」だと言われたらどう思う」


「……少なくとも、その子を助けたいからって“神秘”を捻じ込むのは推奨しないな。仮に目覚めたとしてもその子がお前の知ってる人格じゃないかもしれないってのはお前が一番わかってるだろ」


「なるほど。君はどうやら普通の人間ではない知識を持っている様だね」


 彼の瞳と言葉が教えてくれる。目の前で行われているのは悪逆非道の人体実験ではなく、少女を助けたいが為に行われている実験だという事を。

 それにしても“神秘”を無理やり捻じ込むという手法には驚かされた。いくら絶大な力があるとはいえ不可思議なエネルギーを助けたいと思う少女に取り込ませるとは。まぁ、まだ少女がどういう経緯でそうなったのか、彼がどんな思いでこうしているのかを知らないからの判断なのだが。


 ならばクエリは彼女に取り込ませようとしている“神秘”を横取りしようとしているのか? だが一体何為に?

 そんな根も葉もない憶測から思考を巡らせる。


 男は依然として戦う姿勢を見せずに少女について語り始めた。


「……この子は《呪い子》と呼ばれる、生まれながらにして呪いを持った子なんだ。一部では根源的呪いとも呼ばれている」


「――――!」


「この子に掛けられた呪いは半身不随。その代償として超感覚を得た。だが……この子には荷が重すぎたんだ。常時得られる情報はこの子の脳の処理能力を大幅に超えて精神に大きな負担を与えていた」


「……それを和らげる為に“神秘”を取り込ませて脳の並列処理の方を底上げしようって考えた訳か」


「その通り」


 根源的呪い。

 その言葉は決して他人事とは感じられない言葉で、かつて自分の魂に蝕み続けていた呪いの事を咄嗟に想起する。

 呪われる苦しみを知っているから。


「……気持ちは分かるよ。大切な生徒だもんな。でも、“神秘”を扱うならそれのデメリットだって理解してるはずだ。もし一歩でも間違えたら超大規模のポルターガイストが……【崩壊現象】に似た【物理現象】が起こるかもしれないんだぞ」


 “神秘”は言わば魔神から微かにこぼれ出続けるエネルギーだ。それらは人に宿る事で異能力や超能力と呼べる力を発揮する。それを微かな存在なのにそれを実現させてしまう程のエネルギー量……。扱い方を間違えれば学園都市が滅びる。

 ローデン学園は学業としてではなく研究者も集い、同時に輩出している。そしてこの分野に手を出している限りその事実を把握していない訳ではないだろう。


 《リビルド》から与えられる任務はあくまで予測される結果を元に下される。だから一人の命を助けようとしている事実をベラフ達は把握していないだろうし、【物理現象】が発生するかもしれない可能性がある以上阻止しなければならない。


「分かっている」


 だから、この任務を達成するのならある意味彼の救おうとしている少女を殺す決断をしなければならない事にもなる。


「分かっている……だが、君もその立場にいるならどうしても諦めきれない感情というのは理解できるだろう。……私は、娘を諦めるなんて出来ない」


「――――」


 先生としてではなく父として、か。

 小規模ではあるがセカイ系父とは中々珍しい属性だ。学園都市や世界を滅亡の危機に陥れようとする輩は大抵が自己満足だろうから珍しく感じる。

 そして、父親であるが故にその覚悟は固く結ばれている事も悟る。

 娘を生かす代わりに学園都市が崩壊するかもしれない可能性を抱えるか、娘を死なせる代わりに崩壊する可能性を完全に消し去るか――――。


 瞬間、クエリの悲鳴にも似た叫び声が響いた。



「――――ふざけないで!!」



 黙り続けていたクエリが口を開いて放った言葉はあまりにも衝撃的な物だった。

 フィーネはクエリが裏切り者であるという予測を立て、その予測が正しいのだと思って考え事をしていた。だから男に対して怒りを露にしたクエリの言葉は一時的にこっちの思考を停止させる。


「くえりん……?」


「あなたがしてる事は人助けじゃない! 散々説明したはず。彼女に“神秘”を取り入れたって目覚めた彼女は本当の彼女じゃないって!!」


 “神秘”の事を知っているのは想定の範囲内。だがその口ぶりからまるでこの実験に関わっていたかのような雰囲気を感じて首を傾げた。


「くえりん、どういう事だ……?」


「君、知らないのかい?」


「え」


「彼女、クエリは……いや、三年生ヴェスタリア所属ノエルは……このローデン学園から追放された元生徒なんだよ」


「……え?」


 そんな疑問を抱えていたからこそ、点と点が繋がってひたすらに驚愕が体を貫いていた。

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