2-11 『近接攻撃はレベルさえ上げれば大体何とかなる』
ありとあらゆる機器が一斉に破壊されては爆発が引き起こされる。
回廊はまさしく清潔感が保たれた機密拠点らしい無機物感を醸し出していたがそれらは無数の弾痕と硝煙の匂いによって跡形もなく掻き消された。そして、クエリの護衛を任されたジンは相手に……ミリスに突っ込む黒隴をただ見ている事しか出来なかった。
銃弾の雨を突っ切って猛突進する黒隴に弾丸は当たっていない。それどころか掠ってすらいない。だから零距離まで接近した頃には無傷の黒隴が拳で武装をぶん殴って相手に損傷を与えていた。
「スゲェ……!」
「黒隴さん、何者なの……? いくら一人とはいえ【エクリプス・スクワッド】に優位を取るだなんて……」
アームを床に突き刺してブースターを起動すると一瞬にしてミリスは黒隴の背後を取った。そしてアームの武装をミニガンから近接特化のシールドと切り替えて自動防御からの手動攻撃で応戦しようとしている。
防御は勝手にしてくれるから攻撃だけに専念すればいいというのは実に画期的なアイデアだ。
だが。
「遅い」
「なっ――――!?」
剛力……いや、もしくはそれ以上の表現が必要かもしれない。
黒隴は握り締めた拳を振るうと硬そうに見えた二枚のシールドを粉々に砕き、それどころか本体もろとも殴り飛ばしてみせた。
ミリスは地面に転がって損壊した細かいパーツを撒き散らす。直後には腰からジェット噴射を行い態勢を立て直すが、その時には既に拳を振りかぶっている黒隴がいてアームを代償に回避する。
そして腕を前に翳すとパーツ毎に僅かな隙間が開いて光が漏れだした。
「――焼却!!!」
爆炎。
轟音。
回廊全体を埋め尽くすほどの爆炎が広がっては激しい爆発音を連続して轟かせながらも接近してくる。
「やばっ!?」
「クソだらぁ!!」
咄嗟にクエリを抱えて別の通路へと入り込み爆炎から何とか逃れる。
だが黒隴は間違いなく直撃した。普通の人間なら爆圧で骨すら残らない程の威力だ。例え生きていても全身黒こげで運がいい方だろう。
爆炎が収まり鼻を突くような硝煙と灰の匂いだけがその場に残る。聞こえて来るのはミリスが攻撃を行った後にする排熱の音だけ。
充分に警戒しながら回廊を覗くと、壁も地面も天井も全てが酷く破損して飾りつけは全焼し、コンクリートは砕けるか溶けている。そんな中未だ晴れない硝煙の中からは光の筋だけが蠢いていた。
「ンだよこの威力……」
「あの武装は内部にエネルギーコアっていう……まぁ、球体型の動力炉みたいなのがあるんだよ。そこから引き出される出力の最大値は爆撃並み。こんな威力でもまだ演習用火力みたいな物なの」
「うぇ~……」
クエリからのとんでもない話を聞いて驚かされる。要するにあの武装の中にとんでもない爆弾が仕込まれているという事か。流石にこれには黒隴も無事ではいられないだろう。
……と、そう思っていた。
「はぁ、はぁっ……! これ、で……おわ……」
ズシン。
重圧がのし掛かる様な気迫が踏み込んだ一歩と共に空気を震わせる。
「いい温度だ」
「~~~~っ!!?!」
傍観しているこっちにまで伸し掛かる気迫にミリスは身体を硬直させた。そして腕を伸ばして次の行動を行った瞬間――――一瞬の閃光と共に目が見える様になったころには影も形もなくなっていた。
「あ、逃げた」
「いい所だったんだが……」
退散した事を確認して回廊に踏み込むとその壮絶な痕跡に言葉を失う。
これが黒隴の実力なのか。ここまでされる程の攻撃を真正面から受けてもかすり傷程度で済んでいるこの男は本当に人間なのか……?
……いや、今はそれどころではあるまい。
「す……凄いね黒隴さん。あなた本当に人間……?」
「鍛えたからな」
「あ、そう……」
「進むぞ」
そんな淡々とした会話を繰り広げて奥へと進んだ。
――――――――――
―――――
―――
「……にしてもこんな所で何の実験をしてんスかね~」
正面突破を決めた以上潜伏はしない。だから道行く敵全てを片付けて中層部から上層部への階段を堂々と上がっている。そんな激しい動きはクエリには出来ないらしいので彼女は肩に担いで颯爽と階段を駆ける。
そんな最中にそう問いかけると息を切らして顔を青ざめたクエリが言う。
「し、知らないで来たの二人共……」
「え?」
「ここはローデン学園の全てが集う場所……。いわば自治区内の“神秘”を全て内包する場所と言ってもいい。そんな場所で行われる実験って言ったら一つしかないでしょ」
神秘? 内包?
何を言っているか分からなかったが黒隴は即座に理解を示して口を開く。
「受肉か」
「そう」
「え? なに、分かってないの俺だけ?」
訳の分からない会話をする二人に何も理解できない。事前情報からして曖昧だったというのもあるが、そもそも神秘とは一体なんなのだろう? それを知っている黒隴とクエリは一体……?
疑問に思っていると黒隴は手短に説明してくれる。
「話すと長くなる。簡潔に言うぞ。“神秘”はこの学園都市に満ちる不可思議なエネルギーの総称だ。そして時折その“神秘”を体に宿して生まれて来る者がいる。そしてここで行われている実験はその“神秘”を強制的に人間へ受肉させようとしているという訳だ」
「あー、つまり超能力者を作ろうって話?」
「その認識でいい」
「付け加えるとその実験が失敗すれば学園都市全体で超巨大規模のポルターガイストが発生するかもしれないの」
「それって……!」
「そ。《リビルド》のキミなら経験したと思うけど、一か月前の【崩壊現象】に似た事件がまた起こる可能性が高い」
忘れられない記憶を呼び覚まされて思わず喉が詰まる。
【崩壊現象】……。きっとあの光景は生涯忘れる事はないだろう。様々な建物が崩壊し、精神を汚染してくる謎の光に晒され、それに犯された人々がゾンビの様に壊れた街の中を歩き回る光景を。
「そして」
ついに上層部へと到達する扉を見つける。しかし頑丈そうなシャッターに守られたその扉はどれだけ爆薬を見つけようと傷つけられそうにない無機物感を醸し出していた。
そこへ向かって左腕をゴムの様に伸ばし拳を鉄球にする。そうして伸縮性と筋力と合鉄さを生かして扉ごと粉々に破壊するとついに上層部へと足を踏み入れた。
その先に待ち構えていた四人の少年少女の洗礼を咄嗟の回避で避けながら。
「ッ……!」
「それを阻止するという事は【エクリプス・スクワッド】に正面勝負を挑む事に等しい」
三人の少年と一人の少女は一番最初に現れたミリスと同じように重苦しい気迫を放つ武装を装備していた。各々の武装には些細な形の変化などが見られるが、それでもその実力はミリスと同等という事は嫌でも分かった。
黒隴はミリス一人だけなら余裕そうな立ち回りをしていた。だがあの動き・威力をする相手が四人ともなると流石に楽勝している姿が想像できない。あの時のミリスでさえ本気ではなかったというのに。
自分はクエリの護衛を任されている。だから黒隴は即座に前へ出ると臨戦態勢を取った。
「……なァ、ちと気になってたんだけどよ~」
「え? 今?」
四人の生徒達は黒隴達を前にして全てのアーム、武装を展開して初撃から全力攻撃を行うと示した。彼もそれに対して深めの構えを取る。
「
「E/S:03――――ロイド・ジョンズ」
「E/S:04――――バーンドーラ」
「E/S:05――――コン・レクリスド」
それぞれで攻撃を行うと視界を埋め尽くすほどの閃光が瞬く。黒隴はそれを見ても依然として真正面から受ける姿勢を崩さない。
「学園都市一の情報屋ってのは分かったぜ。でも――――お前、俺達を騙す気でいるだろ」
「――――」
そう問いかけた彼女の瞳が豹変するのは、案外すぐだった。
※ ※ ※ [同時刻] ※ ※ ※
ぴんぽんぱんぽ~ん。
軽いアナウンスが自治区内に鳴り響く。そして鉄塔から聞こえた声はネットを触れている者なら誰しもが聞いた事のある声だった。
『あ~。あ~。これで聞こえてるかな……よし、大丈夫そう!』
「あれ、くえりん?」
「これくえりんの声じゃね?」
「ママ~! くえりん!」
突然聞こえるトップ配信者の声。当然、知っている人なら普通に驚くだろうしファンなら予告通りやってくれたんだと期待に大盛り上がりするだろう。
時刻は昼。最も人が多く集まりやすい時間だ。
そして、これをするからこそ最も統率が取れなくなる時間でもある。
「――おい、何だこの声は!」
「分かりません! システムが勝手に……!」
管制室。
祭り全体の進行やプログラムの進行を厳守する為に各々の持ち場に付いていた生徒達と先生がシステムの異常に取り乱している。当然だ。本来昼頃は大きなパレードを行う予定だったのだから。
パレードを予告する為の音声案内や電子公告の切り替えなども行う予定だった。だからこそ、システムが勝手に動き出して全ての機能を一斉に入れ替えれば困惑するに決まっている。
『やぁやぁみんな、トップ配信者のクエリだよ~! ふふんっ、驚いちゃった? そりゃそうだよね~。ファンの人達ならともかく、祭りに参加してる人の大多数は私の名前しか知らないだろうしね』
「今すぐ切れ! 誤作動のアナウンスを開始しろ!」
「駄目です! こちらからの要請が全て遮断されています!」
「なっ、何だと……!?」
『いや~、前々からローデン・フェスティバルに参加してって言われてたんだけど中々企画が思いつかなくてね~。それで今まではスルーしてたんだけど、今回ようやく面白そうな企画を思いついて重い腰を上げたんだ』
勝手に動くシステム。次々と切り替えられていく設定。
管制室ほどシステムやプログラムに詳しい人材はそう集まらない。だからこそハッキングされているのだと理解するのは誰しもが素早く判断で来た。
「何故ハッキングされた! セキュリティは! ファイアウォールはどうした!? 一体誰から!?」
『さてさて、余談はここまでにして本題に入ろうか。アタシが立ち上げた企画……それはズバリ宝探し!』
「分かりません! 正体不明の接続です!」
『参加資格のある人はこの祭りに参加している君達全員! 関係者も大歓迎だよ~! みんなでじゃんっじゃん盛り上げていこうぜ! んで、今からルールを説明するね。たった今から祭りの区画内全域でアタシの用意した特製小型ロボットがかくれんぼを行うから、みんなでその子を探してほしいんだ』
「――ダメです、処理が追いつきません! オーバーライドします!!」
『もちろん手掛かりもあるよ! 探偵みたいに追うもよし、ネットで拡散して情報共有するもよし! ドキっとする罠も盛りだくさん!みんなで小型ロボットを見つけよう! あ、ちなみに数は秘密ね。全部捕まったら自動で終了のアナウンスが鳴るようになってるから安心して。そして掴まえた人にはなんと、アタシが開発協力してたフルダイブ型RPGの先行プレイが出来ちゃいます!』
「解析急げ! このままじゃ……!」
『それじゃあみんな――――』
管制室の明かりが一斉に消される。そして数秒後に予備の照明が付いて周囲が見渡せる程度には明かりが灯るが――――大きなモニターに映し出されていたロゴが管制室にいた全員を意識を覆した。
応援の言葉は参加者なら希望に。
関係者なら絶望に。
『――頑張ってね』
「……レイラ・マキナ……!?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――移動し始めましたね。……誘導、と見ていいでしょう」
『ってなるとくえりんの狙いって……!』
「あぁ。さっきフィーネ先輩が言った通り――――」
スマホでリアと通話をしながらも建物の一番高い所からがやがやと移動し始める人達を見下ろし報告する。そして同じタイミングでとある方向……【セントラル・タワー】の方へ振り向くと、上層部の辺りの壁が破壊されて硝煙が飛び出したのを目撃した。
「――俺達を利用したローデン学園への攻撃だろうな」
突如として破壊される【セントラル・タワー】の外壁。そこはローデン学園からしてみれば一つの象徴の様な物。そんなのがいきなり破壊されれば誰だって驚くに決まっているし、どうでもいい人でも音と衝撃で必ず視線を向ける。
その視線を吸い尽くす様に外壁にはホログラムが浮かんで【Start your adventure!】の文字が表示される。
そうしてほぼ全員の視線を奪うからこそほんの一瞬の間に闇を横切る影が行動できる。その動きをフィーネは見逃さなかった。
『アルフォードさん、先に行ってください。私達は後を追います』
「了解」
そう言ってフィーネの車椅子から分離した搭載端末――――ファンネル・ビットを見ると、浮遊する機械はまるでこっちの視線に呼応するかのように尖った先端をある方向に向けて分かりやすく先導してくれる。
フィーネが言うからには全て自分の直感のままに動いているのだそう。そして離れていてもその端末が感じる物は情報として車椅子に流れて来るのだとか。
何はともあれまずは現場の詳細な状況把握と援護だ。余計な事を考えるのはそれからでも問題あるまい。
――まぁ、私の企画は多分君達が経験した事の中でかなり印象に残るだろうけどね。
もしあの時に言っていた台詞が参加者としてではなく阻止する者として……好意的に思っていたトップ配信者が悪役でそれを止めなければいけない時の衝撃の事を語っていたとしたのなら――――。
――くえりん……。一体どんな気持ちでこの計画を練っていたんだろう……。
そんな言葉を脳裏で呟きながらも【セントラル・タワー】へと向かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
事前に潜り込ませておいたハッキングシステムは起動した。これで自分達の邪魔をする者はもうローデン学園の関係者しかいない。後は【エクリプス・スクワッド】を彼らに任せて自分は最上層へ……。
そう思っても動かそうとした脚のつま先まで流れ弾が届く。
黒隴は三人の生徒達を相手にしてもかすり傷程度でやり過ごし、そして反撃を与えて少しずつ追い詰めている。そしてジンは自分を守る為に身を張って全身を変形させながらも一人の生徒と互角に渡り合っていた。
行動したくてもこのままでは埒が明かない。ここで手を打つしかない。
「――私が一瞬だけみんなの武装の制御を奪う! その隙に封じ込んで!」
「ああ」
「わーった!」
ホログラムを展開して四人の武装のシステムに入り込もうとプログラムを打ち出す。当然それ相応の対策は取っているが、こっちは学園都市のほぼすべての情報を知れるスーパーハッカーだ。負けるつもりはない。
何とかシステム中枢まで潜り込むと掛け声を合図にホログラムを叩いた。
「いくよ! 三、二、一! ――ゼロ!!」
一瞬だけ彼らの武装が機能しなくなる。だが自己修復機能があるからすぐに動きは取り戻すのだが、二人からしてみれば一瞬の隙さえあればなんとでもなる。だから動かなくなった隙に攻撃を仕掛けると四人を一気に吹き飛ばした。
そして次に動かなくなるのは二人の方だった。
当然だ。護衛対象が戦場のド真ん中を突っ切って最上層への階段を目指せばその無茶な強行突破に驚くに決まっている。
何より、二人しか気づかずにいた脅威があったからこそ驚愕していたのだろう。
「――おい、危ねェ!!」
「え?」
闇の中から現れたのは少女の拳。そこにはアームなど一切纏わない純粋な肉体だった。
幸いジンが叫んでくれたから反応する事が出来て粒子バリアで拳を防ぐ事には成功するのだが――――驚愕せざるを得なくなったのはその後だった。
バキンッ。
拳がバリアを突破してくる。
「ぐっ……!?」
「クエリ!!」
背負っていたバッグで防御する事に成功する。だが粒子バリアで威力の大部分が減ったはずなのにその攻撃は重く、しっかりとした態勢で受け止めあにも関わらず思いっきり吹き飛ばされた。
いや、そもそも拳の威力がおかしい。粒子バリアは戦車の砲撃だって防ぐ。それなのにバリアを破って来たという事は……。
ジンと黒隴が助けに来ようとするも復活した四人の生徒に足止めされて近づいてこない。そして痛みのあまり蹲るこっちに悠然とした足取りで近づいてきたのは、生身の少女だった。
「お前がクエリだな」
その顔を、よく知っていた。
「なっ、君……!」
黒いシャツに紅色のホットパンツ。上着は軍事デザインの物を羽織っている。顔は凛としたクール系で碧眼からは氷の様な冷たさを感じ、それなのに真っ赤な腰まで伸びる紅緋の髪の毛からは燃える様な熱が感じられた。
「E/S:00――――ユセリア。出る」
業火を纏ったその拳は張り直したバリアを打ち砕き、外壁を完全に砕いで大規模な爆発を引き起こした。そんなものに巻き込まれれば普通なら死ぬだろう。
普通なら。
「へぇ、これはこれは」
「なっ、少年……!」
「お前……」
街中で出会ったアルフォードがお姫様抱っこで助けてくれたおかげで命拾いした。だが肝心の彼本人はユセリアを目の前にして好奇心の微笑みを浮かべていた。
「――中々、面白そうな事になってんじゃん」
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