2-10  『スニーキングはバレても全員始末すればバレてない』

 ローデン・フェスティバルには前々から目をつけていたが、毎年開催される季節になると「今はまだその時ではない」と先送りにして準備を進めてきた。当時はまだ配信者としても拙く、個人事業もできる訳ではないノエル……いや、クエリは応募する条件は満たせていなかったのだ。


 しかし今となってみればクエリという名前の少女はトップ配信者となり、動画サイトでのチャンネル登録者数は八百万人。ネットでは最先端を行く女の子となった。


 血の滲む思いで積み重ねてきた努力……文字通り万年床に拳を握り過ぎて血を滲ませるほどに積み重ねてきた努力はついに願いをかなえられる段階へと入った。

 あとは作戦を実行するだけ。

 それで全てが報われる。


「……お、来た来た。待ってたよ~、お二人さん方」


 とある噴水広場で二人の人物を待ち続ける。そうして二人が到着すると軽く手を振りながらも一瞬のハンドサインで関係者だと伝える。相手も大人の男の方が同じハンドサインで答えた。


 やってきたのはふくよかな体形をした黒髪に少し大きい上着とTシャツに短パンを履いた……うん、如何にも「休日の父親」らしい服装をしていた男と、亜麻色の逆立った髪と鋭い三白眼でパーカー付きのシャツと長ズボンを組み合わせた少年だった。

 一見すれば祭りを楽しんでいるように見える親子だが、彼らは世界の危機を何度も退けてきた組織の一員だ。


「待たせたか」


「いんや、アタシもついさっき来たばかり。んで、あなたが黒朧こくろうで、そっちの少年君は……えっと?」


「ジンだ」


 亜麻色の髪をした少年はジンと名乗ると抱えていたポップコーンを全て胃の中に収める。これから潜入作戦を行うというのに凄い胆力だ。


「ごめんね~、アタシの事情で勝手に予定変更させちゃって」


「問題ない。行くぞ」


 だがそれはそれ。これはこれ。

 今日はみんなが楽しめるローデン・フェスティバル。こっちの個人的な事情で予定を変更してしまったことを謝るのだが、黒朧はクールに告げると感情を感じさせない態度で歩いていく。

 そんな姿を見てジンへと耳打ちした。


「君の上司、中々ハードボイルドな人だね」


「平然装ってんだよ。祭り楽しみにしてたしな」


「それは失礼な事をしちゃったな。……私の企画でぜひとも楽しんでもらわないと」


 後々開始される「企画」にニヤリとした微笑みを浮かべながらも黒朧を追いかける。その更に後をジンが追いかけてくる。


「それじゃあ黒朧さん、共同戦線を張った以上は情報交換と行こうじゃないか」


「うむ……?」


「ほいコレ、事前に抜き取った警備員の巡回ルートね」


 そう言いながらも戸惑う黒朧にスマホでデータを送信する。すると黒朧はまだ何もしていないのに一方的にデータを送られた事に驚いて少しだけ足の速度を緩めた。

 当然だ。メール交換すらもすませていないはずなのに連絡先をドンピシャで当てられれば誰だって驚くに決まっている。更に、送ったデータの精密さと情報量の多さに関しても黒朧は目を丸くしてこっちを見る。


「……!? 君、このデータと量は……」


「ん~、アタシもこの作戦にはマジになってるからさ。妥協はしたくないんだよね」


 ただの協力者が送れる精度と量ではない。だから常軌を逸した情報に黒朧は確信の目を向けてくる。

 が、事前に名乗っておいたが故に彼はすぐ平常心を取り戻した。


「……流石は学園都市一の情報屋といわれるだけはあるな。クエリ……いや、スーパーハッカー「レイラ・マキナ」」


「いやだな~、アタシはちょっと頭のいい天才的な美少女だよ」


 どうやら一連の流れで実力は認めてもらえたようで、黒朧はもう一つの名前を呼んでくる。そんな彼に対して太い腕をペシペシと叩きながら冗談任せに返した。


 レイラ・マキナ……。

 この学園都市において天才と呼ばれるスーパーハッカーの名前だ。最初はそんな名前ではなかったのだが誰が呼んだか、いつの間にかそんな名前が定着してしまっていたのだ。


 曰くその人物はありとあらゆる電子機器に干渉可能であり、その知能は現在も解明されていない【千年問題】にすら届くのではないかと言われている。

 特段何か悪いことをする訳ではないがその人物が動けば機械は意味を成さなくなり、過去にはとある大企業が丸ごと乗っ取られて崩壊寸前まで追い詰められたりもした。それはそれで悪い事なのだが、のちに判明したその企業の悪事が知られる事となり「レイラ・マキナ」はそれを教えてくれたという認識になった。

 まぁ、その実態はとある少女を救うためだったのだが。


 そんなこんなで良い噂も悪い噂も立ち込めるのがスーパーハッカー「レイラ・マキナ」だ。そんな彼女の表の面がトップ配信者の「クエリ」で、本当の面は「ノエル」となっている。

 この三つの名前が全て同一人物だとはネットを支配する存在ですら気づけまい。


「次はこっちからの情報提供だな」


「まいど~」


「……その言い方は心臓に悪いからやめてくれ」


「あははっ! 少なくとも仲間の情報までは売らないって!」


 そんなやりとりをしつつ、監視員からは「騒がしい家族か……」という言葉を小耳に挟んでこのまま【セントラル・タワー】を目指した。



 ※ ※ ※ [数十分後……] ※ ※ ※



「……三人になってる」


「三人? 一人合流してるってこと?」


 ジンと黒隴の二人に血を付けていつでも援護できる様に血の糸を伸ばしていたのだが……血の糸を伝って聞こえて来る会話から三人目がいる事を知ってアルフォードはそう呟いた。


「まぁ私達は任務には参加しないから、助っ人がいるなら明かされないのは当然の事なんじゃない?」


「いや、でも……」


 リアが首をかしげながらごもっともな言葉を口にする。

 確かにその通りだと思う。《リビルド》ほど任務に慎重さを出す組織はそうないだろうし、いくら仲間とは言えど参加しないのなら明かされないのは当然。

 しかし。


「この声どっかで聞いたような……」


 血の糸から聞こえて来るのは女性の声だ。年齢は十五~十八の高校生辺りだろうか。探偵の様に声色から相手の年齢や性格を判断できる訳ではないし、血の糸は話こそ聞こえる物のその精度は電話よりも悪いから完全に判断できる訳でもないが……どこか聞いた事のある様な声である気がしてならない。


 大体の位置は分かっている。三人は今ローデン学園の象徴とも呼べる【セントラル・タワー】へ突入している。まだ一応祭りの区画内だから尾行でもすればその正体は掴めるだろうが……。


「黒隴なら心配ありません。あの人、あれでもプロですから」


「プロ?」


 自信満々にそう言うフィーネに首をかしげて問いかける。そりゃ《リビルド》にいてかつ支部長を務めるからには何かしらのプロ並みの技術は持っていておかしくない。

 が、次にフィーネの放った言葉は大いに驚愕させる力を持っていた。


「黒隴は元軍人……そして一時期は協約部門の隊長を務め、裏の世界では最強の殺し屋とまで言われたプロなんですよ」


「協約っ……!?」


「殺し屋!?」


 あの少しふくよかな体形をした休日の父親みたいな男が元軍人!? 協約部門のトップ!? 最強の殺し屋!?

 と、属性盛りだくさんな経歴を知って思わず動揺を隠しきれなくなってしまう。だって協約部門はかつて自アルフォードが目指していたエリート組織だ。そこの隊長ともなれば実力は計り知れない。


 裏の世界で生き続けて殺し屋からも畏怖の対象ともなったルゥナですら協約部門の下っ端であるリーリアに苦戦していた。まぁ当時はリーリアに【ブラッド・バレット・アーツ】という武器があったが……下っ端ですらそれほど強いのに隊長ともなればどれだけ強いのか。


 それに裏の世界での殺し屋となれば白鍵しらかぎと同じ系列になる。いや、白鍵の場合は彼女自身がそう言っていただけであって実際はまだ把握しかねないが。


「なるほど……そりゃ単独任務も任されそうになる訳だ……」


「なんだかここに来てから身近な人がとことん人間離れしてるって自覚させられるね……」


「あら、あなた達も充分人間離れしていますよ?」


 そんな会話をしつつ人混みの中を歩いていく。

 最初は心配だったが黒隴がそこまでの実力者ならそうそう心配する事はあるまい。それにジンは能天気だがやる事さえ理解すれば器用にこなせる。言い方は悪いが道具としてあれほど完成された人材もいない。


 が。


 ――【セントラル・タワー】……。


 ローデン学園の円環塔とも呼ばれる大きなタワー。円環塔ほどではないがその情報はあまり行き通っていない。


 通常は学生のみ申請すれば出入り出来るし、今回の祭りに限って一般人も自由に出入り出来る様になっていはいるが、ああいう何かしらの象徴には必ず闇が隠されている物だ。

 円環塔が魔神を利用して学園都市を成り立たせていた様に、情報が隠されるほどその陰謀論は強くなる。そして黒隴達の行先が【セントラル・タワー】。そして、今回与えられた任務が大規模な実験……。《リビルド》が関わる限りその実験は学園都市を崩壊させるほどの何かなのだろう。


 であれば禁忌に触れる様な何かか。または科学を用いてとんでもない事をしようとしているのか。実態は不明だが依然として警戒は怠れない。

 言わば自分達は“緊急時用の増援バックアップ”なのだから。


「ねぇアル、三人の行先って……」


「あぁ。……今回も一波乱ありそうな感じだな」


 三人をGPSで監視していたフィーネのスマホを見てリアがそう問いかけて来る。

 祭りを楽しむのもいいが警戒もしなければいけない。全く面倒な話ではないか。楽しむべき場所で精神を張り詰めなければならないだなんて。


「ま、何かあるまでは祭りを楽しもう。二人ならしばらくの間は何とか――――」




 ピ――――。




 フィーネのスマホからビープ音が鳴り響く。同時に血の糸から手首にわたって伝わって来る振動。

 これは……。


「え、なに!?」


 突然のビープ音に動揺を隠し切れないリアは咄嗟にこっちを向いて視線だけで状況説明を求めて来る。けれど今は血の糸から情報を読み取るのに夢中で、フィーネはスマホの画面に食いつく様に目を張っていた。


「二人のGPSが消えた!?」


「この振動は……!」


 GPSの反応が消えた。そして手首に伝わって来るこの振動は明らかに普通の戦闘のそれではない。何か重火器を使用されてそれを全身に受けた様な……もしくは巨人の掌にでも叩かれたかのような、衝撃としてはあまりにも分かりやすい重撃。

 前言撤回。今回も一波乱あるのは確定した様だ。


 二人の状況は分かる。とりあえず生きてはいる。ジンに繋げた血の糸の方が衝撃が激しい所から見るに不意打ちをジンが体を張って防いだのだろう。もう一人の詳細は分からないが……。


「行きます!」


「――待って!!」


 とにもかくにも助けなければ何も始まらない。そう思って姿勢を低く飛び出す態勢を作った。けれど咄嗟に手を伸ばして腕を掴んだフィーネがそれを止める。


「戦闘が始まった以上現場の警戒度は跳ね上がります。今向かっても無数の警備ロボットに邪魔をされて体力を消費するだけです」


「でも……」


「落ち着いてください。私達はただ警戒の為に祭りへ参加した訳ではありません」


 彼女の言う事は正しい。だが二人の受けた攻撃は普通の物ではない。何よりGPSが消えるほどの……懐に仕舞っていたであろうスマホが破壊されるほどの外部からの衝撃は計り知れない。


 明らかなまでの緊急事態だ。いくら二人が《リビルド》の構成員とは言えど相手だって本気で襲ってくるはず。それに三人目の詳細が分からないのだからここは少しでも早く増援に駆けつけて状況を把握した方が最善なのでは。

 そう思うもフィーネは真っ直ぐに見つめると迷いのない光を見せつけた。その視線はまるで焦りを感じさせない。


「戦闘はもちろん視野に入れた上で準備を整えて来ました。そうでしょう?」


「それは……! そう、ですけど……」


「安心してください。私達は何度も同じ経験を重ねて来たんです。この程度のイレギュラーなんて日常茶飯事ですよ」


 フィーネは車椅子からホログラムのウィンドウを表示させると数回だけタップして操作し始める。かと思いきや車椅子が勝手に駆動し始めて部品の間に薄青い光を走らせると、四つのパーツが勝手に浮遊し始めてフィーネ自身を守るかのように空中で停止する。


「私はただ車椅子に乗っている可愛らしい美女ではありません。――先輩の本気を見せてあげます」



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 【セントラル・タワー】下層部。

 大きな回廊の様な場所を迅速に行動中だったジン達に突如として襲い掛かった途轍もない衝撃。何とか全身を硬質化させてその攻撃を受ける事に成功し、その結果として黒隴とクエリを守る事が出来たが……攻撃の大部分を受け止めた両腕の皮膚は硬質化したが故にポロポロと剥がれる様に落ちていく。


「ジン!!」


「ってぇ……!」


 電気も付いていない薄暗い回廊の中だ。足音を消していたし会話もしていなかったからバレないと思っていたが、流石は重要施設。潜入前にされたクエリの助言通り一筋縄ではいかないらしい。


 十m先も見えない闇の中で薄青い光の筋が迸る。それらはカクン、カクン、と曲がって光の輪郭だけで何かしらの武装をしているのだと理解させられる。

 そうしてアクションゲームさながらの、通路の奥から一個ずつ証明が照らされてその全貌が明かされるという演出と共に姿を現したのは一人の少女だった。その全身に纏った機械がシューッ、と排熱を行う。


「お待ちしておりました。お客様」


「アァ……!?」


「お客様って、まさか……」


 敵に対して「お客様」という発言に思わず驚く。だがそれ以上に驚愕の色を見せたクエリは目を見開いて少女を見た。


 黒い髪に感情を感じさせない漆黒の瞳。凛とした顔つきに冷徹さを体現したかのような完全武装を施した全身装着型の大掛かりな重武装。そして、軍事デザイン風に改造された制服の胸の部分に縫われた、闇が日照を蝕むロゴ。


「【エクリプス・スクワッド】――――」


「え、えくり……?」


 初めて聞いた単語に黒隴が思わず聞き返す。クエリはその問いに返すが、その声は震えて、怯えを隠せない腕は自分自身の腕で抑えていた。


「ローデン学園が保有する独自の特殊部隊だよ。その性質は公安直属の協約部門とまったく同じで、言い換えれば学生で構成された協約部門って言ったところかな……」


「……かなり大きい所だから何かしらの力を有しているとは思っていたが、まさか学生を戦わせているとは」


「気を付けて。学生っても実力は協約部門と同等。簡単に近づいたら危ないよ」


 クエリはそう言いながらも一時的に逃げる姿勢を取る。だがそれに比例するかの如く黒隴は一歩前へと踏み出して少女の前に立った。

 自分も加勢したいが……腕がこんな状態ではまともに戦えそうにない。


「ジン、彼女を守ってくれ」


「黒隴さん! 彼女は……!」


「黒隴……」


「大丈夫だ。これまでの状況とこの状況で大体の事は分かった」


 少女は全身に纏った武装を駆動させると、極太のアームを動かして背後から重量感がみっちりと伝わるミニガンを二丁取り出した。そして両腕は掌型のアームの中へと潜らせて戦闘状態へと入る。


「ここからは――――」


「お客様のもてなしはE/Sイー・エス:01――――このミリスが務めさせていただきます」


「正面突破だ」


 無数に放たれる弾丸の雨に対して、黒隴は真正面から突っ切った。

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