2-9  『祭りは楽しんだ者勝ち』

 目前まで迫ったローデン・フェスティバル。ローデン学園の生徒達は様々な屋台やアトラクションを設置して最終調整段階に入っている。そんな光景を高い場所から――――ローデン学園の自治区の中枢に存在する特務機関を内包する巨大施設【セントラル・タワー】から見下ろしていた。


 窓に薄く反射しているのは鼻から上までを機械仕掛けの仮面で覆った成人男性。その姿を見る度に相変わらず自分が変な仮面をかぶってるなぁと思い知らされる。


 「ローデン学園の円環塔」とも呼ばれるこのタワーには重大機密が眠っている。それを暴きに来る輩も当然いる。数多くの学生が行きかう中に入り混じっていたって当然おかしくはないのだ。

 高所から目を光らせていると背後から足音が聞こえて振り返る。視線の先には戦闘用の「多軸攻殻機動型パワードスーツ」なる物を着用した少女が近寄ってきていた。


「先生、準備が整いました」


「ありがとう。流石だな」


「いえ、全て先生の指示通りにしていただけです」


 彼女は礼儀正しい言葉遣いで喋りながら次の指示を伺って来る。その瞳には何も感じさせない氷の様な冷たさが放たれていた。

 だがこれも必要な事の一つ。そう割り切って次の指示を出す。


「……時は満ちた。実験を開始する」


「はい」


 冷徹な声でそう告げると彼女はパワードスーツの機能を解放して一時的な臨戦状態に入る。彼女の後ろから続々とやって来た生徒達も皆同じように臨戦態勢に突入していた。


「これよりタワー内部に入ろうとする者は無条件に殲滅するのを許可する。――何人たりともこのタワーに入らせるな」


「「了解」」


 すると生徒達は目にもとまらぬ速度で動き出して各自の持ち場に移動する。五秒が経てば既に物家の空と化してしまった空間を見つめ、その更に奥に存在する“ある物”へと歩みを進めた。


「ついに始まるぞ、フェルシィ」


 巨大なタンクの中に閉じ込められた少女へと。


「――君の物語が」



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



『――さぁさおいでませ! 今日はLoden Festival(ネイティブ発言)だよぉ! 何が起こっちゃうのか、このベルナムさんが解説してあげよう!!!』


 ローデン・フェスティバル当日。一足先に任務へと向かったジンと黒隴こくろうを除いてリア、フィーネと共にローデン学園の自治区内に足を踏み入れたアルフォードはその盛り上がりっぷりに圧巻されていた。


「これまた去年よりも盛大に……」


「おぉぉお……」


 視界いっぱいに広がる人混みと、その頭上から降りしきるのは無数の紙吹雪。それらは地面に触れると溶けて消えていく。

 街中の至る場所から陽気なBGMも流れていて、その盛り上がり様はまさしく祭りと呼ぶに相応しい物だった。


 去年も一昨年も来ていたのにそれより派手に飾り付けがされている。ただの歩道にもソレ専用の飾り付けが施されて居たり案内標識が至る所に付いていたりと、祭りに参加する人を全力で歓迎する気概が感じられた。

 そして、そんな熱に当てられたのかフィーネは目を輝かせて周囲を見る。


「すごーい! これがローデン・フェスティバルなんですね!!」


「フィーネ先輩は初めてなんでしたよね」


「はい! この時の為にどれだけ期待した事か……!」


「それじゃ、知っている範囲なら俺達で案内しますよ」


「お願いします♪」


 フィーネの乗っている車椅子は自動駆動型の物だから自分の意志で動かす事が出来るが、道案内という事もあり取っ手を握ると押し出して道行く人たちと共に歩き始めた。


 それにしても賑やかな場所だ。人材的な意味合いで仕方なかったとはいえジンと黒隴が参加できなかったのは本当に惜しい。特にジンなんかは至る所に出店している屋台に目を輝かせていただろうに。


 任務の内容が内容なだけに手助けをする事すら出来ない。ここは少しでも早く彼らが穏便に、そして手早く済ませる事を祈るしかあるまい。


「アル……」


 だが。


「大丈夫。しっかり補足済みだから」


 手首から放出し続けている紐状の血を見せてリアの言葉なき質問に答える。

 手助けをする事は出来ない。だが《リビルド》に与えられた任務はいずれもその街が存続するか否かの重大事件に直結する。それなのに完全に放置して任せっきりにするなど風上にも置けない事だ。

 いざという時の為の最終手段。

 それくらい用意しておかなければ任務ではない。


「その点においては私も手を打ってあります」


 リアの言葉にフィーネも反応すると懐からスマホを取り出す。その画面に映し出されたのは学園都市のマップと、その中を動き続ける二つのピン。


「あ、そっか。GPS……」


「アルフォードさんの血法で状況の確認。そして私のGPSで位置の確認。これで向こうに異常があった際に素早く気づけます。とはいえ、黒隴がいるなら相当な事がない限りは援護に向かう必要はありません」


「信頼してるんですね」


「もちろんです!」


 フィーネは自信満々に笑顔で返す。

 そう言う事ならこっちも遠慮する必要はあるまい。既に必要最低限の準備は整えている。だからと言ってそれ以上の準備をしない、という事はしないが、少しくらい祭りを楽しんだって罰は当たらないだろう。


 リアが祭りのしおりを開くと両手を伸ばす程の大きさまで広がっていき、区画内の全ての展示物やアトラクション、屋台が事細かに記載されている。こっちはスマホでそれらの詳細を確認しつつも最初に行くところを決める。


「アル、まずはどこから行こっか。去年とは違っていっぱい増えてるよ」


「うーん……まずは軽い腹ごしらえからにするか。先輩はそれでいいですか?」


「はい♪」


 確認を取ると一番近くて美味しそうなケバブが食べられる屋台へと足を向ける。そうして料金の割には案外大きな肉を頬張り、その次は体験型のアトラクションへと向かい、その次は……。


 そうやって三人で至る所に行って回っては祭りを堪能する。以前まではリアとしか楽しまなかった祭りだが、もう一人増えるだけでこんなにも違うのかと驚かされる。これも祭りの醍醐味というものか。

 今思ってみればルゥナ達も誘ってみればよかったかもいれない。みんながいればリアもより一層楽しめるだろうし、“友達で楽しんでいる”感も増えるだろう。あとで連絡でもしてみようか。


 そんなこんなで祭り満喫し始めてからはや一時間。行き当たりばったりで楽しんでいたローデン・フェスティバルはあるタイミングで変化を迎えた。


「ねぇアル、次はここ行ってみようよ! 射的だって!」


「景品全部取って店主泣かせるからダメ」


「えぇ~っ!」


 次に行く所を決めるべく二人であれこれ言い合いを続ける。そんな光景を見てフィーネは和んだ微笑みを浮かべていた。

 しかしリアはとある方向に目を向けてからずっとそっちを見ていたから気になって問いかける。


「どうした?」


「ねぇアル、あの人って……」


「??」


 指をさした先を視線で辿る。その先にいたのは灰色の髪を肩まで下げた一人の少女だった。黒い無地のシャツにホットパンツを着用し、首からは銀色のネックレスを下げている。

 そんなラフな姿は学園都市じゃ珍しい物でもない。リアだってパーカーにシャツと短パンという組み合わせで来ている。

 しかしある人物の大ファンをしているリアからしてみればその人物は魔眼を使わなくたってその正体を判別するのは難しくもない。


「あっ、あの!」


「アルフォードさん、行っちゃいましたけど……」


「リアがあそこまでするって事はあの人か……」


「??」


 唯一状況を理解できないフィーネが問いかけてくるもその言葉は右から左へと流れてスルーを決め込んだ。

 リアが駆けつけていった先では周囲の人には聞こえない程度の音量で配慮すると、その少女の名前を一発で当てて見せる。


「くえりんですか!? 大人気配信者の!」


「…………!!」


 どうやら図星だったようで少女は面を食らったような顔をして驚愕している。そう言われてから姿を見てこっちも確信した。

 それはそれとしてフィーネに分かりやすく状況を説明する。


「く、くえりん……?」


「正しくは「クエリ」。最近大人気のトップ配信者です。「サイバー系活発少女」を名乗っていて、学園都市中を駆け巡っては色んな企画でリスナーを盛り上げてるんですよ。流行の最先端を行く人ですね」


「なるほど……。なら彼女の動画を見れば私も少しは……」


 そんな説明をしながらも歩み寄っていく。

 クエリは見つけられたことに相当驚いていたのか硬直していたが、数秒も経てばコホンと咳き込んで心を入れ替えている。


「あらら、バレちゃったか~。これなら平気だって思ったんだけど、これも人気者の宿命ってヤツかね~。君、もしかして私のファン?」


「はい、大ファンです!」


 ここだけみれば人気者とファンの会話でしかない。しかしクエリは普通の配信者や人気者にはないとある“汚点”を抱えているわけで、次第と表情に焦燥が滲んでいくとその汚点について問いかける。


「……ちなみに君がファンになったきっかけっていうのは……?」


「虹鉄九十九時間耐久生配信からです!」


「う゛っ……!!」


 見事に言葉の刃が鳩尾を貫いたクエリは胸元を抑えながらおとろえる。

 まぁ、全国にゲロを吐く姿を曝け出したのだ。男ならともかく少女であるならその事実は完全なる黒歴史となるだろう。更にリスナーがいるから配信を続ける限り無限に掘り返される。それはなんとも……ご愁傷様としかいいようがない。


「それにしても、くえりんも来てたんですね!」


「もちろん。だって私は――――」


「まだ【half Re;diverハーフ・リダイバー】トロコン終わってないのに!」


「ぐぅっ……!」


 【half Re;diverハーフ・リダイバー】……。現在クエリが実況配信しているゲームのビックタイトルだ。そういえば配信中は「トロコンするまで部屋から出ないから!」みたいなことを言っていたっけ。まぁ配信していない時なんてこんなものだろうが。

 ※トロコンは「トロフィーコンプリート」の略である。


 無意識のうちに言葉の刃を突き刺し続けるリアの肩に手を置いて制止させるとクエリに向かって言う。


「呼び止めてすみません。この事は内緒にするので、お互い祭りを楽しみましょう」


 しかしその言葉を聞くとクエリは態度を一変させる。


「お心遣いどーも、少年君。だが心配はいらないよ」


「え?」


「何せこのアタシ、トップ配信者クエリは今回出展者として参加しているのだから!」


 この祭りにはローデン学園以外の人たちも申請さえすれば出展できる。事実大手企業などは注目度を集めるべく大きな展示物を数多く並べている。それは個人でも同じで、本気の人から趣味の人まで多くの店や展示物を出している。

 そして自信満々に言ってのけたクエリの言葉は知っている企業よりも深い衝撃を与えた。


「「ええぇぇぇぇぇっ!?!?」」


「あはははっ、驚いた?」


「でっ、でもくえりんって何か出展出来るんですか!? 得意そうなのってキーボード打つくらいしか……」


 地味に失礼なことを言っているリアはさておき、クエリもその事についてスルーをすると指を鳴らしながらも自慢げに言って見せる。


「ズバリ、私の出し物は区画を巻き込んだアドベンチャー!」


「アドベンチャー……?」


「そうそう。ネタバレ主義じゃないから詳細は省くけど、私がみんなにプレゼントするのはみんなで体験できるアドベンチャーさ。もちろん、君達も楽しめる様になってるよ」


 アドベンチャー。

 そうはいっても区画を巻き込んだ、という規模の大きさからつい生唾を飲む。


 どんなに大きな企業でも大きな場所を貸し切っての展示や体験を行っている。中には一つの学校レベルの敷地を貸し切って魔改造してしまっているところもあるほどだ。

 応募要項では展示したい・体験させたい物のデータを送信し、審査員が現地へ赴き厳密な審査を行ったうえで許可を出すかどうかを判断している。そしてその規模に応じて貸切る場所は学園側が指定する、という内容だった。


 クエリがどういう内容で応募したのかはわからないが、まさか学園側が区画を丸ごと巻き込むような企画にOKを出すとは。これもトップ配信者としての実力が功をなしたのだろうか。


 クエリは振り返って背中を向けると軽く手を振りながら人ごみのほうへ向かって歩いていく。


「それじゃ、お互いに楽しもうね~。まぁ、私の企画は多分君達が経験した事の中でかなり印象に残るだろうけどね」


「…………」


 意味深な笑顔を向けて去っていくクエリを見送って手を振る。

 トップ配信者が大ファンに言うほどだ。期待を持たせるということはそれほど大掛かりなものなのだろう。事実リアはどんなことが起こるのかと既に目を輝かせていた。


「楽しみだね、アル!」


「そうだな。全力で楽しもうか」


 ここまでウキウキしているリアは珍しい。そんな珍しい一面を見れたのが少しうれしくてこっちまで楽しみになってしまう。

 話を聞いていただけのフィーネも待ちきれないようで目を輝かせていた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ローデン学園敷地内、体験型アトラクションの集うエリア。

 黒朧は少し大きい上着とTシャツに短パンという、如何にも「休日の父親」という様な服装で練り歩いている。ジンも同じようにパーカー付きのシャツと長ズボンという組み合わせ出来ているから、傍から見れば祭りを楽しんでいるだけの親子にしかみえないだろう。


「いいか、ジン。俺達が潜入するのはあの大きな建物……【セントラル・タワー】だ。警備員には怪しまれない様に自然体を装って……」


 しかしより一層親子っぽく見せている原因というのがあった。それはジンの両手で抱えられたポップコーンとLLサイズのジュース、そして頭に被ったタヌキのぬいぐるみ風の帽子だ。


「ウス」


「…………」


 これから行うのは潜入作戦。目的地に辿り着くだけでも監視の目を光らせている警備員の視線をかいくぐる必要があり、あまり目立った行動は避けるべきである。これほど大規模な祭りなのだから少しでも怪しまれれば視線をロックオンされるだろう。

 だが。


 ――これはこれで溶け込んでいる……のか……?


 ある意味では自然体で祭りを楽しんでいる訳だし悪いことではない。初めて子供を相手にするという困惑もあって、フィーネがいない状況に少し戸惑いつつも言葉をかける。


「……あまり目立たない様にな」


「ウス」

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