欲と願いと切望のリンケージ

2-8  『配信活動は行動力と多様性が命』

 曰く、その配信者は学園都市のほぼ全ての情報を握る情報屋である。

 曰く、その配信者は高級ビルに住んでいるのに金欠である。

 曰く、その配信者は承認欲求が人一倍強くゲリラ放送をよく行う。

 曰く、その配信者の素顔はメイクをしなくても美少女である。

 曰く、その配信者はオタクに優しく沢山のアニメトークが出来る。

 曰く、その配信者は配信中にゲロを吐いても笑顔で…………、


 笑顔で……、


「――って、後半明らかにおかしいだろ! なに人の噂に勝手に自分達の欲求込めてんだオタク共!!」


 @inara_231:草。


 @tameruki_4:ゲロ吐いても笑顔は草。


 @iouah_9a:wwwww


 @ewuidw_325:その通りなんだよなぁ。


「いやその通りだよ? その通りだけどさぁ、せめて噂であるならもっと他の人が釣られる様なモンにしてくんない? 例えば「口を開けば笑顔になれる女」とかさぁ」


 @yeroa;lk_i4rqw:口を開けばゲロ吐く女。


 @vsdhjiop65_4uw:口を開くたびに失言しかしない女。


 @ou34t65_754:口を開けばエナドリしか飲まない女。


「誰がエナドリ中毒じゃ! 失言しないしゲロも吐かねーから! あいや、前に虹鉄99時間耐久やった時に一回吐いたけど……アレはノーカンだかんな!」


 @54rtff_556:あの時の顔まだ覚えてる。


 @rtekjla_09:くえりんのあの顔めっちゃ助かったわ。新たな扉開けました。


 @nc jzxkul_xxr:エナドリ飲みすぎて気持ち悪くなって吐いたやつなwww。


 @weigj_dt0:あん時の切り抜きまだ見てる。めっちゃ興奮するよね。


 @fmdskj_453:わ か る。


「いやちょっと待って、あれ見ないでって言ってるじゃん! あ゛~もうなんでよりによってあの回の切り抜き八十万も行くかな~! おかげでメッチャ黒歴史なったんだから! オタク共のせいで!」


 @rejk_43fd:ゲロ顔助かる。


 @kjsdy64df_3:抜いた。


「特殊性癖しかいねーのかウチのチャンネルには!!」


 狭い部屋。ごちゃごちゃな内装。散らばった資料やごみ袋。壁に貼り付けたのは重要と判断して記録しておいた情報の数々。天井からぶら下がるのは低電力でもなけなしの明かりを灯せるように繋いだ試験管風の照明。

 それでも主な明かりはテレビとパソコンの明かりのみ。

 それに照らされ画面に映るのは灰色の髪を腰まで伸ばし、スチームパンク調のゴーグルを首に下げ、大きな紺色の瞳をした美少女――――大人気配信者「クエリ」。

 の、姿を保った美少女「ノエル」


 今日も今日とて雑談配信をして視聴者からスーパーチャットをせがみそれを糧に家賃を払おうと計画する。唯一の収入源が配信である以上、定期配信は命綱なのである。


「……でさー、コンビニの店員はアタシがクエリなの気づいてめっちゃしつこく話伸ばそうとしてくんの! 応援してくれるのは嬉しいけどマジでしつこかったわ」


 @kjnhdkcu_9:たまにそういうのいるよね。


 @nhbyu_234:話したいからって邪魔してくる奴な。


 @mn_6:いるいるそういうの。この前ベルナムさんも同じ目にあってた。


「マ? ベルナムさんも同じ目に会ってたの? いや~、これも有名人の定めなのかね~」


 コンビニで買ったジュースを飲みながらお菓子を片手に視聴者との雑談を続ける。これだけならまだ普通の配信者と同じだ。

 だが配信者が多くなってきた昨今ではただ配信をしているだけでは高みへは上がれない。特にロクに仕事もせず配信だけで食っていこうとしているクエリからしてみれば視聴者やリスナーは欠かせない存在。今後も彼ら・彼女らの目を引く為にも配信者にはある程度の特徴が必要になる。


 @nhuwefa4_75sa:そういえば例の祭りってそろそろじゃない?


「――――」


 とあるコメントが目について僅かな一瞬が思考を変える。

 配信者とはリスナーから求められる物にどれだけ答えられるか、または気軽に受け流せるかで評判が決まっていく。柔軟に対応して過激な物は受け流さなければネットという電子の海に一生の恥を晒すだけ。それは行動派配信者にも同じ事が言える。


「例の祭り、ねぇ~。アタシはどうしよっかな~」


 @fd_f35fdw:え、参加しないの?


 @c,mnkhb_5:くえりんなら参加すると思ってた。


 @mjhr2w_6rdf:参加しようぜ! 頑張って応援する!


「え~、参加してほしい?」


 @mjhy5wsq1113_5r:してほしい!


 @5d2qdgy_9os:またいつもみたいなの見せて!


 @982_ded4:頑張れ♡ 頑張れ♡


「そっかそっか~、そこまで参加してほしいならちょっと一肌脱いじゃおっかな~」


 調子に乗せられるふりをしてリスナーの反応を煽る。

 まぁ、その祭りには元から参加するつもりではいたし言わなくても参加していただろうが、やはりこうやってカマをかけた方がネット上での反応は大きくなっていく。地道な引きが大きな魚を釣るのだ。


「そんじゃ、アタシも応募しとかないとね。――ローデン・フェスティバル」



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ローデン・フェスティバルぅ?」


「そ」


 初めての言葉を聞いたジンが疑い深いような声で復唱する。


 喫茶店兼バーの【magic & bar】は基本的に昼から営業している。店主の黒隴こくろうにはなんだがそこまでの知名度はないから客はそこまで来ないし、固定客もいるがチマチマとしか来ず、忙しくなるのは固定客全員が休みの日曜日のみなのだそう。

 そんなこんなで構成員兼定員としてアルフォード達は制服に着替えて来客に備えるのだが……あまりにも客が来ないので雑談に耽っていた。


「我らが学園都市三大校の一つ、ローデン学園様が誇る超大規模イベント。一か月前の学園都市誕生祭とは違って一般応募も可能で、大手企業から個人事業までなんでもござれ。体験型って意味合いならある意味誕生祭よりも楽しいイベントだ」


 そう説明するとイベントや祭り事には疎いジンが「ふ~ん」と鼻を鳴らしながらも客に出す用の茶菓子を口に放り込む。そんな彼にリアはいつ作ったのか、専用のハリセンでスパァンッ!と良い音を立てて頭を叩いた。


 ローデン学園の敷地は学園都市に存在する学校の中でも一番と呼べるほどに大きく、その大きさは一つの街を覆い隠してしまうほどだ。というか、実際にローデン学園が取り仕切る区画は「自治区」とも言われたりして一種の独立都市と化している。

 そんな中で開かれる超大規模イベント。エリート学園の宣伝も兼ねているからその人気度は高く、五年単位で開催される学園都市誕生祭とは違い毎年参加する人は絶えない。


 数年前には人気過ぎて交通麻痺が発生してしまったほどだ。コレを目当てに海外からやってくる人もいるし、今となってはすっかりと学園都市を象徴する催しとなっている。……のだそう。


「私達も何かいも行ったけど、祭りの規模が大きすぎて全部は回り切れないの。寄り道出来る所が凄く多くて、食べ物も充実してるから時間がたりないのよね~」


 リアがそう言うと食に目がないジンが一瞬で真剣な表情になる。彼からしてみれば祭りなんて遠く離れた幻想の催しだったのだろう。そこにある食べ物ともなれば気になるのも当然だ。


「食べ物って……屋台とかか?」


「うん。焼きそば、たい焼き、たこ焼き、お好み焼き、りんご飴、わたあめ……。メジャーな食べ物からマイナーなものまで沢山あったよ」


「中には魔獣の肉まで売ってたよね。ゲテモノ好きが並んでた」


 二人して当時売られていた物を並べていくとジンの喉から「ゴクン」と生唾を飲み込む音が耳に届く。


 そうやってローデン・フェスティバルについて話していると手空きになったフィーネが背後から喋りかけて来る。


「あら、もうそんな時期でしたか」


「先輩は行くんですか?」


「もちろん。実はこの時の為に貯金をしておいたのです♪」


 確かローデン・フェスティバルは車椅子の人も体験できる様にほぼすべてのアトラクションで車椅子用の枠が作られていた。出来るだけ多くの施設や屋台を回るなら出費はそれなりに嵩むし、貯金をしてまで楽しむ価値があるのは本当の事だ。だからこそフィーネは満足げに牛の貯金箱を鳴らした。


 まぁフィーネの性格なら楽しみにしているのは理解できる。だが彼女の後ろから姿を現した黒隴も貯金箱を用意していた事には驚かされる。


「祭りには俺も参加する」


「えっ、黒隴さんも!?」


「てっきり黒隴さんはダウナー系の落ち着いた方が好きな人かと思ってました……」


 リアと二人してそんな反応をしているとフィーネは黒隴の肩をバシバシと叩きながらそのウキウキ具合を教えてくれる。


「黒隴はこう見えても私より賑やかな事が好きなんですよ。ね、黒隴?」


「誰だって暗い方より明るい方が好きだろう」


「もぅ、素直じゃないんですから」


 そんな会話をしている二人を見てリアは視線だけで「私達も行かない?」と質問を投げかけて来る。

 だが別に祭りの参加を断る理由はないし、元より参加するつもりでいたから口元を緩ませると顔を縦に振った。


「俺達も行くか」


「本当!? やった!」


「おー、俺も行きてぇ!」


 ローデン・フェスティバルは年々その規模を増している。それは入学する生徒が増えている証でもあり、今後はますます繁盛していく事となるだろう。そうすればするほど楽しむ機会は増える。

 祭りでの収入はそのまま費用として回されるだろうし、数々の企業も参加しているからまさに全盛期とも言えよう。


 そこそこに迫ってきた催しの会話に花を咲かせて五人で話し合っていたが、あるタイミングで黒隴のスマホに通知が来ると彼は僅かばかりに目の色を変える。


「……すまない、予定変更だ」


「え?」


 いきなりそんな事を言われるから何事かと首をかしげる。黒隴がすぐに動き出す程の連絡と言う事は《リビルド》としての任務だろうか? 《リビルド》としての任務という事は――――。


「新たな任務が入ったんだが……俺だけで対処可能な規模の任務だ。悪いが、俺は参加できない」


「そんな……!」


 黒隴の言葉を聞いて真っ先に反応したのはフィーネだった。

 フィーネと同じで彼だってわざわざ貯金箱を用意するほど楽しみにしていた祭りだ。それなのにいきなり「任務が入ったから君達で楽しめ」だなんて言われたらそんな反応にもなる。自分よりも楽しみにしていた事を誰よりも知っているからこそフィーネは反対意見を募らせた。


「駄目ですそんなの! 黒隴だってローデン・フェスティバルの事をすごく楽しみにしていたのに……!」


「あぁ、そうだ。……だが今回限りという訳ではない。祭りは三日間行われるし、来年もまた開催される。それを楽しみに待てばいいだけの話だ」


「またそんな事……!!」


 良くも悪くも黒隴の冷静でクールな状況判断能力がフィーネに心配をかけている。「また」と言うからには以前にも同じようなやり取りがあり、その時も彼は自分の楽しみをお預けにしたのだろう。

 だがこっちとしても黒隴は仲間だ。いくら重大な任務と言えど一人だけ仲間外れにするのはあまり良い気がしない。


「どんな任務なんですか?」


 そう問いかけると黒隴は少しばかり悩んだ末に答える。


「簡単に言うと潜入調査だ。とある場所で大規模の実験を行っていると情報部が掴んだらしい。その為の調査を行ってほしいとの任務だったが……」


「……俺達じゃまだ場数が足りない、と」


「あぁ」


 潜入調査は戦闘よりも深く凄まじい技量が求められる。それが要塞のような場所であればなおの事。二千年前も砦に忍び込んで潜入しようとした結果、早々にバレて目的を達成するまで衛兵達とドンパチしていたものだ。


 確かにリアもジンも潜入向きの技術は会得していないし、フィーネは車椅子で下半身の自由が利かない。アルフォードはは血法・言霊・仙術で潜入でも殲滅でもなんでもござれな性能を発揮できるが……流石にそこまでしてしまうと怪しまれる。消去法的にも潜入調査を行うのであれば最も場数を踏んでいる黒隴が適切か。

 大規模の実験とはいえ《リビルド》が目を付けるほどの事だ。相手は実験の事を隠したがっていて、探る者を迎撃する為の設備もかなりの物だろう。


 まぁ、そもそもの話として重大な任務であればあるほど新入りが出しゃばる物ではない。黒隴の言葉が正しいからこそリアもフィーネも何も言えなかった。


 だからこそぶっきらぼうのジンが正々堂々と言える。


「それって決行日とか決まってんスか?」


「あぁ、ローデン・フェスティバルの開催中はある程度の注意が引かれるはずだからその日に決行せよ、との事だが……」


「――なら行動あるのみしかねーだろ」


 ジンは立ち上がると自分の腕を変形させて指を様々な道具に変える。そうやって自分の器用さを見せつけるとハッキリと言う。


「俺が道具になる。俺は自分で考えるよりも誰かに使われた方が実力を発揮するみてーだからな」


「ジン……」


 地下基地での一件を通してジンの考えは変わったのか、自らそう名乗り出て黒隴を説得しようとする。


 確かにジンを“利用する”という点であればこれ以上に便利な道具もそうあるまい。武器から武具までなんでもござれ。別の生き物になれないだけでそれ以外の事なら大抵こなせるジンの体質は潜入調査で上手く使えば大成功を収められる。


「それに、俺ァこんなんでもスラムで生きて来た。人をやり過ごすくらいの知恵なら頭ン中に叩き込んである」


 エルフィの一件では自ら提案する事の少なかったジンが自信を持ってそう言っている。その変化は黒隴にも伝わっている訳で、彼は真っ直ぐに見据えるジンの瞳を受けて少しばかり考え込むと小さく頷いた。


「……分かった」


「決まりだな」


 話が終わるとジンは満足げに鼻を鳴らしてこっちを見て来る。当然彼の意図は察しているつもりだが……それでも彼と黒隴だけを置き去りにするような形になるのは少しばかり抵抗がある。


「ジンがやるなら俺も……」


「お前はリアと一緒に回ってろよ。ま、俺と黒隴のコンビでぱぱっと片付けてきてやっから。その代わり合流したら出費はお前持ちな」


「…………」


 彼なりに気を使ってくれているのだろう。ここで無理やり押し通そうとしてもそれを良しとはしないだろうし、ここは手を引いて彼に託すのが一番いいのかもしれない。

 それでもリアは不満そうな表情を浮かべていたが、こっちが頷くとリアも致し方なしとでも言いたそうな表情で納得した。


「……頼むぞ」


「おう。バッチリ期待してていいぜ」


 その言葉にジンはVサインで答えた。

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