2-7  『乗り越えれば、それは一歩』

「よ゛がっだぁ~っ! 一時はどうなるかと思いましたよぉ~っ!」


「き、来てたんですね、先輩……」


 負傷から回復して病室から出たのも束の間、突如として現れては抱き着いてきたフィーネにアルフォードは驚いていた。


 ここに来たのは体力測定と健康診断の為だ。だからフィーネは来ないとばかり思って《神々の眷属者エルダー・ワーズ》の件はメールで済ませたのだが、まさかここに来ていた上に模擬戦を見られていたとは。


「よく頑張ったな、三人共。本当に凄い事だ」


「ありがとうございます、黒朧こくろうさん」


「特にジンとリア、二人は本当に頑張った。あの戦いは絶対に忘れないだろう」


「えへへっ、ありがとうございます!」


「そりゃーどーも……」


 黒隴も見ていた様で二人の戦闘について褒めちぎっている。まぁ、片方は新人な上に相手は構成員の中でもかなり上澄みの方だ。そんな相手に引けを取るどころか歯を食いしばって白目をむいてでも拳を振るいに行った二人の勇気は称賛物だ。

 まぁ、それが完全にいいのかどうかは別の話になるが。


「それにしても凄い戦い方をしていたな。ギャラリーの半分は二人の戦い様を見て半ば戦慄していたぞ」


「え、そうなんですか?」


「お前ら二人は必死過ぎて気づいてないだろうけど、傍から見れば狂気に近かったからな」


「私そんな風にみられてたの!?」


 白目を向いてでも殴りかかる光景を目にすれば嫌でも狂気を連想する。最後のラッシュはこっちも見ていたがかなり狂気的な物だったと表現しても過言ではない。いくらゴリ押ししかなかったとはいえあそこまで滅茶苦茶な戦い方をするとは。

 普段から戦闘狂だの何だのとリアから言われていたが、今回ばかりは同じ言葉を返してもぐうの音も出せまい。

 実際にそう言うとリアは少し頬を染めながらも目を皿にした。


 一先ず出会いがしらの会話はこんなところにして本題へと切り替わるべく咳払いで話題のシフトチェンジを行う。


「それで、メールで送った件ですけど……」


「大方あなたの予想通りになるかと」


 予想通りになる、というのは口外禁止というものだ。何せ相手は二千年……いや、それよりも遥か昔から存在している概念的存在集団。いくら世界の均衡を保つべく様々な情報を取り揃えている《リビルド》でもこればかりは知られてはいけないと考えるはずだ。


「しかし、《神々の眷属者エルダー・ワーズ》……上層部にいた頃に資料で目にしましたが、まさか本当に存在していたとは……」


「俺も存在自体は知っていたが、本当に実在するとはな。アレはまさしくそう呼ばれるだけの存在だった」


「――――」


 エルダー・ワーズ。古代神歴文字から翻訳された言葉で、その真の意味は「十二人の神律者」。神々を律する者達であり、絶対的存在に絶対的忠誠心を誓い、与えられた使命を果たすべく行動する一種の抑止力だ。

 二千年前に二度、三度か顔を合わせた事があるが……。


 ――我々は神々が創世せしこの世を守る為に存在する。つまり、どんな大悪党であろうと捌くのは人間で、我々は人間を守るべく力を振る意義がある。それが貴様でもな。


 ――天賦を授かった人から天賦を奪うのが目的だって言ってた。


「二千年の間に新たな使命が下った……? いや、でも二千年前に神は……。そもそも天賦って……」


 過去の記憶を思い返しながらもブツブツと呟いてい考察を始める。しかしそんな事をしていれば仲間から不思議に思われるのは当然の事だ。リアは肩をつつきながら顔を覗き込んでくる。


「アル、どうしたの?」


「へ? あぁっ、いや何でもない。えっと……確か《神々の眷属者エルダー・ワーズ》って過去に人類と衝突したんですよね。二百年くらい前に……」


「……よくご存じですね……」


「大図書館の本を全冊読破してますから。まぁ、それでも彼らの情報は一冊の本の末端に書き加えられているだけでしたけど」


 《七冠覇王セブンズクラウン》や《神々の眷属者エルダー・ワーズ》といった、現代では伝説として囁かれる存在は今や資料としてはそんなに残ってはいない。それが誰でも本を読める大図書館ともなれば猶更の事だ。それは時代と共に存在が衰退していったか、偉い人に揉み消された事を意味する。


 どちらも歴史を語る上で欠かせない存在のはずだ。何せ片や世界を守ったり滅ぼしかけたりして、片や世界滅亡の危機に現れ世界を救ったのだから。それらの歴史的大事件は教科書にも世界史の本にも書かれてはいなかった。

 今まで大きな権限を持ったこともない子供がそんな情報を知っていれば驚くのも無理はない。


「なァ、そのエルダーなんちゃらってのは何なんだ?」


「要するに神の使いって奴だ。言い換えれば上位存在。絶対的な武力を持ち、世界滅亡の危機に陥れば抑止力として現れ世界を救う……。俺達からしてみれば守ってくれるありがたい存在。……だったんだけど……」


「アルフォードさんの言う通り、彼らは二百年前に人類と衝突しています」


 アルフォードがよく知っているのは二千年前の《神々の眷属者エルダー・ワーズ》だ。だから何もかもが変わってしまった今の彼らの事は大図書館での情報でしか知らない。そういう理由もあってフィーネに視線を向けると彼女は解説を始める。


「あ~? ンで人類を守るのが役目なのに衝突すんだ?」


「それが分からないんです。資料では突如として天賦を保持する者の前に現れ攻撃行為を行ったとしか……」


 世界を守る為に作られた存在が人類を攻撃? いや……人類は世界に直結している訳ではない。世界を存続させるだけであればむしろ人間はいらないと言っても過言ではない。核戦争、バイオハザード、環境破壊……。世界を滅ぼすに値する行為は幾度となく行って来た。もしそれらを行える人間はいらないと使命が下ったのなら――――。


 違う。それなら人類はとっくのとうに滅んでいる。そもそも二千年前の時点で神は大部分が死に果てた。天賦を奪うというのならその目的は――――均衡? いや、それでもない。まだ憶測の域は出ないが、彼らが天賦を奪う目的は、


 神の……代行者神を装うなにかによる命令……?


「かつて衝突した際、人類はその一角と三人の上位存在と二百隻の戦艦他艦船、八十人の天賦保有者、千二百人以上の魔術師、千機以上もの兵器で挑みました」


「規模が戦争並みだ……」


「そして――――」


 フィーネの放った言葉は一瞬にして空気を重く蠢かせる。


「たった一夜にして全てを破壊し、一つの国を滅ぼしました」


「「っ……!!」」


 たった一人にそれだけの戦力で挑み、負けた。その事実は思ったよりも精神的に重みとして積み重なった様でリアとジンは顔を硬直させる。


 しかし、みんなは知らないだろうけれど当然の事でもある。なにせ彼らは神話の時代から生き残る《英霊》でもある。二千年前ですら勝てた例はなく、世界を滅ぼすに値する《厄災》やらなんやらを一太刀で斬り伏せていたのだ。

 《因果律の冠位者》の力を使っても倒す事は出来なかった。

 そんな相手にたかが上位存在三人と戦艦、天賦保有者、魔術師、兵器だけで勝てるはずもない。生身の人間が津波に対抗するような物だ。


「当然、未だ私達に対抗する術はありません。彼らが本気になれば人類はいつでも根絶やしにされます」


「そんなっ……。何でそんな相手が……!?」


「分かりません。ただ……リアさん、あなたの“視た”言葉が唯一の情報である以上、私達はそこから推測するしかなく、この問題は最重要機密となります」


「――――」


「これは《リビルド》にとっても、人類を含めた全ての組織にとっても重大な問題です。……今後は如何なる理由があろうとも口外する事を禁止します」


「…………はい」


 当事者のリアが一番その責任を強く感じているのだろう。彼らの強さと歴史の重さを前にしてその表情には緊張が焦げ付いていた。


 だからこそリアほど緊張はしていないジンが問いかける。


「でもギャラリーは沢山いたんスよね。あれはどーするんすか?」


 現れた男は魔眼でしか見えない訳ではない。あの場を見ていた誰もが見ていて、その中には下級構成員もいた事だろう。それだけ多くの人物が見ていれば必ずどこかから情報は洩れる。それは危惧するべき問題だ。

 そこについては黒隴が口を開いた。


「一部の者には箝口令を。一部の者には記憶削除をするとの事だ」


「記憶削除……」


「それだけ重大な事でもあります。あなた達も、くれぐれも気を付けてくださいね」


 漏らせば最悪の場合殺される。そう聞かされて平気でいられるのは飽きるほど死線を潜って感覚が麻痺した阿呆くらいだ。

 その言葉を聞いてリアもジンも慎重に頷く。

 対してこっちはさほど緊張もせず、ただ一人で深い思考に陥っていた。



 ――――――――――


 ―――――


 ―――



「アル、帰る準備出来た~?」


「もうそんな時間だっけ」


「元々日帰りだったんだから早くしないと帰りの電車とか間に合わないよ!」


 その後は模擬戦の後片付けの様子を見たりジンの案内のもと地下基地を見て回ったりと、帰りの時間になるまで初めての場所を楽しんだ。あれだけの事をしてみせたのだから周囲の目がどうなるかと思ったが、話題が広がる前に緘口令が出たというのもあってか、事情を知らない人は「なんかデカイ模擬戦があったんだって~」と口にしていた。


 そうして基地内部で食べ歩きをしていたりして今は中庭風に作られた広場で時間が過ぎるのを待っていたのだった。


「そんじゃあそろそろ帰るか」


 リアから声をかけられて腰を上げる。けれどそう言った途端にジンは体をピクリと反応させて同じ言葉を復唱する。


「帰る?」


「当たり前だろ。行こう、先輩たちが待ってるぞ」


「――――」


 しかしジンは言葉を聞いて呆然とこっちを見つめているだけだった。そんな反応をするからどうしたのだろうかと首をかしげるのだが……その数秒後には今の反応がなかったかのように立ち上がってリアの方へと歩いていく。


「どした?」


「なんでもね。行こうぜ」


 不思議に思いながらも「まぁいいか」と脳裏で片づけて後を追う。

 帰りも来た時と同じ方法になるだろう。行きは三人だけだったから軽めの修学旅行の様になったが、帰りはフィーネと黒朧がいるから部活帰りみたいな雰囲気がある。なんだかんだで先輩呼びをしているのもそれらしい雰囲気を駆り立てている。


 三人で来た通路を戻ってフィーネがいる場所を目指すのだが、あるタイミングで大きな通路へ出るとつい数時間前に聞いた声を聴いて思わず振り返る。


「おい」


「あ、その声は猿の大将」


「潰すぞテメー!!」


 間髪入れず挑発を行うと、視界の先に映ったウィルは怒りをあらわにしながら拳を握って殴る構えを取った。

 が、今はそんなに動けるほど余裕がないという事を頭に巻きつけられた包帯があらわしている。


 また水を差しに来たのかとリアは警戒する獣の様に睨みつけるが……どうやら今のウィルが接触してきた目的は侮辱することではないらしい。


「あー、その……悪かったな、色々と。……テメーの抱えてるモンがお前に与えた変化と、それを守ろうっつー覚悟を舐めてた。だから、すまねぇ」


「…………」


 あの性格なら絶対負けても更生しないんだろうなぁ、とばかり思っていたが案外人間味のある性格をしているらしい。後頭部を搔きながらふてぶてしく謝罪を口にするその姿はまさしく打ち解けた悪友そのものだった。


 だがジンからしてみれば耳障りで目障りで、どうしようもなく邪魔でしかない人物だったはずだ。だってジンはスラム出身。その詳細は知らないが人間不信に陥ったことなんて一度や二度ではあるまい。そんな彼にとって身分が違うと蔑み続けてきたウィルをそう簡単に許せるかどうか……。


「ジン……」


「あぁ。わーってら」


 こればっかりは心の問題だ。そして今後のウィルへの対応は彼の心次第で決まっていく。彼がウィルを許せないと言うのならこれからも会う度に敵対心は強まるだろうし、許すのなら軽い挑発くらいで済むだろう。事実、リアは「許さないなら全力で反省させる」とでも言わんばかりに人知れず拳を握り締めていた。


 ウィルも同じ事を思っているのだろう。表情には申し訳なさが張り付いている。

 当然だ。今まで蔑みいじめ続けてきた相手だ。普通なら言葉だけで許してくれるはずがない。


 もしジンの心が未だスラムにいた頃のままだったなら。


「許す気はねェ。でもそん面ぶん殴れてスッキリしたから今回は見逃してやる」


「ジン……!」


「アル、お前の言った通りだ。ムカつく奴の顔面ぶん殴ったらスカッとしたわ」


 ジンは振り返ると悪戯でも成功したかのような笑みを浮かべる。

 全く、一言目からひやひやさせてくれる。これで許さないとなったら危うくリアが暴走するところだった。今の彼女なら実力も申し分ないから本当に殲滅しかねない。


「だから次喧嘩吹っ掛けて来たりコイツらに手ェ出したら、テメーら全員ぶっ殺すからな」


 一先ずは丸く収まったと言っていいだろうか。まぁ丸くというよりかは四角く収まったとでもいうべき状況なのだろうが……。

 とりあえずジンが嫌な気持ちをしてなければそれでいい。そう片付けよう。


 ……とはいえ、完全には納得できていない人物がここに一人いる。


「例え手を出してこなくても――――」


 リアはジンの後ろから虎の威を借る狐の様に威圧しながらも言った。


「またジンの事馬鹿にしたらぶっ潰すから」


 彼女の仲間思いは充分に優しいと呼称すべき心情なのだが……ここ最近その領域が拡張されて半ば戦闘狂と呼んでもおかしくない大きさまで膨れ上がっている。その言葉を聞いたジンも「えっ、そこまで?」とでも言いたそうに呆れた様な表情で自分の背後に隠れたリアを見ていた。


 どうやら軽い挑発でウィルも調子を戻し始めたようで出会った時のように調子に乗った番長面を前面に押し出していた。


「はっ。そん時ゃ次こそ俺らがボコボコにしてやんよ」


 が、選択肢を大いに間違えている。

 ある意味かわいそうなほど。


「今喧嘩売ったな?」


「へ? あいや、今のはほら、俺のキャラ的にそういう冗談で……」


「売ったな? ――アル、やれ」


 リアがそう言うので血の斧を作り肩に担ぐ動作で近寄ると部下も含めて全員で「調子乗ってスンマセンしたッ!!!!」と迫真の謝罪を口にした。


 と、茶々を売るのもここら辺にしてそろそろ戻らなければ帰るのに遅れてしまう。別に遅れたからって何かが起こるわけではないが、未だ寝食は家でしているため遅くなっては両親と白鍵に心配をかけてしまう。

 フィーネと黒朧も待っているから切り上げなければ。


「まぁ、そんな訳で俺達は行くから。お前も次からは言動に気をつけろよ」


「……おう」


 念のために警告するとウィルは今度こそ大人しく頷いた。

 あの様子ならば今回以上の問題は起こすまい。何よりもリアの威圧が思った以上に聞いているはずだ。


 通路を後にして基地へ来た時に使ったエレベーターへ向かっていると、ジンがふと話しかけてくる。


「……なぁ、今回の件なんだけどよ」


「謝罪ならいらないぞ」


「違ェ。そういうのはいらねー奴なんだって事は知ってる」


 ジンは立ち止まると少しだけ考え事をする仕草を見せる。足元を見降ろして深く考え込むと何かしらの覚悟を決めたように顔を上げ、真っすぐに見た。

 その瞳には雲一つない光が宿っている。


「あンがとな。お前らのおかげで、一歩踏み出せた気がするぜ」


「…………!」


 彼の過去はまだ詳しくは知らない。だが仲間がいるというのはいつだって自分を前に歩かせてくれるものだ。もし彼がスラムにいた頃の心に縛られ続けていて、自分達と行動を共にする事で新たな道を見いだせたというのなら――――。


「どーいたしまして」


「これからもよろしくね、ジン!」


「…………! おう!」


 浮かび上がった喜びの表情には、出会った時のような霧は一切かかってはいなかった。

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