2-6  『ぶちかませ鉄拳』

 途轍もない密度で打撃音と振動が響いている。それだけでリアは現在進行形で滅茶苦茶に崩壊している廃工場にジンがいると理解した。それも想像を絶するほどの戦いであるという事も。


 友達が全霊で戦っている。助けなきゃ。そんな思いは脚を加速させるが距離が遠すぎる。例えマナを使ったって一分で辿り着けるかどうか。


 ジンが苦戦している。

 自分が行っても役に立てるのだろうか?

 あれほどの攻撃をするほどなのに助ける?

 どうやって。

 なんだっていい。

 手段は。

 攻略法は。


 友達を助けたい。


 その思いは魂の底から力を生み出し、いつの間にか廃工場跡地へと踏み込み白色の玉を殴り飛ばしていた。


「な――――」


「り、あ……!?」


 全力で殴り飛ばした白色の玉は幾つものビルを撃ち抜いて遠くの壁へと激突する。その瞬間、大爆発を引き起こして基地全体に地鳴りを走らせた。


 それほどの力を拳だけで殴ったのだ。当然代償はそれなりに大きく拳の皮膚には少しばかり焦げたような跡と匂いがあった。やはり何の力かも分からないのに突っ込んだのは愚策だったか。

 ……いや、そんなの今はどうでもいい。だってさっきはジンを助けることが出来れば何でもよかったのだから。


 皮膚の焦げ跡から白い煙が出ている。それを振り払ってジンへ向き直ると想像も絶するほどの負傷を負った体を見た。


「ジン、大丈夫!? 生きてるよね!?」


「あ、あぁ……」


「待ってて、今治癒魔術をかけるから。――博愛なる精霊の母よ、かの者に癒しと慈悲を与え再び立ち上がるべき力を。“エクス・ヒーリング”」


 詠唱を口にして上位治癒を発動すると少しずつながらも大きな傷が塞がっていく。傷そのものは致命傷とは癒えずとも全身が酷い損傷だ。これは治癒の為に傍にいても十分は掛かるだろうか。

 そして相手がそんな事を許してくれるはずもない。ジンには少し悪いけれど応急措置を済ませたらそのまま休んでもらわねば。


 そう考えて治癒魔術に専念していたが、ふとジンの口からこぼれ出た言葉に少しだけ意識が持っていかれた。


「……ンでだ」


「え?」


「何で、来た。奴がどんだけヤベーのかは見てて分かったはずだろ……」


「――――」


 相手は未知の力を使う実力者。三人組の中で最も戦闘経験が薄く、土壇場の爆発力も分からないリアが来たって出来る事はないのではないか。……ジンは遠回しにそう言っているのだろう。

 悔しいが事実だ。魔眼で見えるからと言ったって対処法がある訳ではない。ジンがここまで負傷した相手に勝てる自信はない。


 でも。


「友達だから」


 本音は小さく吐露された。

 もうそろそろ応急措置が終わる。後は血が出ている個所に布をきつく縛っておけば貧血で意識を失う事もあるまい。

 自分の着ている上着を破ってでも布を確保すると傷口に巻きつけた。


「ジンは私の友達。私の数少ない、大切な親友……。見てるだけなんて出来ないよ」


「――――」


「待ってて、ジン。今、助けるから」


 立ち上がって振り返る。その頃になるとウィルも動揺から回復したみたいで木の杖を握り直しこっちに向かって構える。


「……よく弾いたじゃねぇか。だが、そんな偶然もこれで終わりだ」


 自分の周囲に幾つもの光の玉を生成する。それが魔術でも科学による物でもない、真に未知なる力だというのは魔眼で見ればすぐわかる。類似性があるのは……【超常存在】の纏うオーラだ。つまりそれは人ならざる物が持つ未知の力でもある。アルフォードがよく言っている上位存在と契約でもしたのか、あるいは……。

 まぁ、そんなのいいか。殴るだけだし。


「ドブネズミ。勘違い野郎。調子に乗ってる。他人を見下す。……だったわね」


「あぁ……?」


「私がこの世で嫌いな物の一つは、友達を侮辱したり傷つけたりする奴ら。そしてジンは私の大切な友達……。まぁ、何を言いたいのかって言うと……」


 親指を立てて喉の前で横に振り、言う。




「――アンタだけは絶対、地獄行きにしてやるから」




 あからさまな宣戦布告。それを受けてウィルは数秒間硬直したかと思いきや動き始めた頃には高らかと嘲笑って――――なんて事、なかった。


 彼はただじっと睨みつけたまま杖をこっちに向けている。その様子は喧嘩を吹っかけて来た時の様子とは明らかに違った。まるで目の前にいる相手を蔑む道具として見ているのではなく薙ぎ倒すべき障害として見ている様な、そんな本気の目を向けていた。


 どうやらジンとの戦闘で何か変化があったのだろうか。相手がその気ならばこっちだって本気でやるしかない。まぁ元からそのつもりだったが……相手が調子に乗っていない以上、前のエルフィの兼みたく腕の一本は砕かれる覚悟をしたほうがいいだろう。


「リア、駄目だ! ソイツの攻撃は普通のモンじゃねぇ! 生身の人間のお前が食らったら一撃で……!!」


「大丈夫よ、ジン」


 背後から警告を出してくれるが短く言いのけて臨戦態勢を取る。

 確かにあの力はヤバい。まともに食らえば致命傷は避けられないだろうし、ジンでもボロボロになるほどなのだ。身体に食らえば貫通して血が噴き出す事になる。それは魔眼で見なくとも分かる事だ。


 だが――――。


「終わらせてやる。この連撃で!!」


 無数の光が一筋の閃光となって放たれる。

 あぁ、マズイ。避ける隙間なんてほとんどない密度だ。どうにかしなければこのまま全身穴だらけになって死ぬだろう。……いやまぁ、模擬戦だから流石に死ぬ事はないだろうけれど、それでも重傷になるほどの傷は受けるはず。どの道この弾幕を捌かなければ殴る事は出来ない。


「例えどんな弾丸だろうと、どんな力場だろうと――――」


 アルフォードから貰った仙札を握り締める。今この場を切り抜けるのに必要な形は一体なんだ。武器は? 彩は?

 まるで柄を握り締める様に構えると一本の光る刃が現れる。


 振るった光の刃が閃光に当たると、甲高い音を響かせて光を相殺しする。


「――当たらなければどうって事ないから」


 一歩を踏み出して走り出す。向かって来る光の雨は全て光の剣で打ち消し、出来ない部分は縦横無尽に体を捻ったり回転させたりして回避する。傷は最小限であれば何でもいい。痛んでも体が動かせる程度であれば問題はない。

 そうやってブレイクダンスの様に舞ながら光を弾いて突き進む。


「なっ……!?」


 どれだけの密度で弾幕を放とうと干渉できるのであれば問題にはならない。それに今はアルフォードがくれた切り札もある。そして相手が魔術師である以上、白兵戦に持ち込んでしまえばこっちの物だ。体術も剣術も罠も全てが相手よりも勝っているのだから。


 防御の為に作ったであろう特大の光を一太刀の下に斬り伏せて活路を開くその先にあったウィルの表情はまるで化け物でも相手にしているかの如き動揺を見せていた。


 光の剣を顕現させていたエネルギーを全て拳へ回す。そうして光を宿した拳を振るうと光は尾を引いて線を描いた。


 これだけでも殴るには十分だろう。けれど未だ内側からこみ上げる様な何かが留まる事を知らない。魂の底から湧き上がる様な、そんな大きな意味を持った何かがついに限界まで達すると信じられない現象が起こった。

 一歩を踏み込んだかと思いきや絶対零度が解き放たれて空気が凍る。足の周りには数々の氷が生成され、熱膨張で加速された拳は自分ですらも認識できない程の速度でウィルの顔面へと打ち付けられた。


 顔面がへこんで吹き飛ぶ。次に彼が起き上がった時には大量の血が口と鼻から垂れて地面に血だまりを作った。


「え……」


 ジンがそんな戦慄を口にする。

 ウィルも何が起こったのか信じられずに地面を見て自分の体から出る鮮血をじっと見つめていた。


「が――――ぶっ、ごぼっ……! て、てめー、その力は……!?」


 殴り飛ばした体勢から戻って歩き出す。視線の先では予想外の痛みに動けないウィルがこっちを見ていて、彼の瞳の奥にはわかりやすいほどの驚愕が敷き詰められていた。

 抑えられない力をそのままに歩を進める。そうしていると彼は大きく杖を振るってさっきよりも大きな光を生み出した。


「は……。いいぜ、もう勝負なんて知らねぇ! 全力で潰してやらァ!!」


「ッ!!!」


 接近戦に持ち込めばいい。だが向こうにこっちの脆さが露見すればそれで有利のはずの近接が一気にイーブンにまで持っていかれる。だから悟らせない為に少しでも早く距離を詰めようと走り出すが、全く同じタイミングでウィルも走り出した。


 距離が近ければ近いほど大量の弾幕で隙を潰すよりも直感的に相手を潰せる。そしてジンのような高質化の技術がこっちにはない以上一撃でも貰えば致命傷になりかねない。


 距離が縮まる。拳の射程圏内に入る。

 正拳突きの様な構えを取ってグッと踏ん張ると全身から迸る全ての力を拳に収束させて打ち出した。だがそれはウィルも同じ。杖を握りながらでも振るった拳に宿る威力は通常の比ではない。

 だから互いの拳が命中することはなく、拳と拳の隙間にある力場の衝突が主な原因となって火のない大爆発を引き起こした。


「がっ……!?」


「っ――――!!」


 あまりの衝撃波に自分もろとも巻き込まれる。絶え間なく全身に叩き付けられる振動は脳を揺らして一瞬にして意識が朦朧となった。

 けれどウィルだって人間だ。同じように脳が揺らされれば脳震盪で気絶する。


 それなら――――。


「――――え」


 歯を食いしばって踏ん張る。左脚を地面が砕けるほどの力で踏み込み、右の拳を大きく振り上げて力を込めた。


 そして全身全霊で撃ち出した。


 全力の拳を打ち出すとウィルの体は完全に吹き飛んで大きな柱へと激突した。その衝撃を最後に残っていた一部の壁と天井が完全崩壊して廃工場跡地は文字通りの更地と化した。


 舞い上がる粉塵の中でウィルは白目をむくとようやく気絶でもしたのか力なく横たわる。


「ッはぁ! はぁ、はぁっ……ッあ゛ぁ……!」


 それを確認すると息をしていなかった事を思い出して口を大きく開く。酸素を絞り切った肺へ新しい空気を出し入れすると聞こえも見えもしなかった耳鳴りと眩暈は次第と回復していく。

 そしてそれを入れ替わる様に全身から力が抜けて尻もちをついた。体中から熱が抜けていくのを感じながらも肩を上下に動かし息を整える。


 全身が痺れている様だ。倦怠感が凄まじい。そんな初めての体験に困惑するが……その原因はすぐに分かった。額から零れ落ちるほどの血を流していれば当然だ。


「血…………。私のか……」


 ある程度意識が鮮明となってきたところで周囲を見る。遠くから見たときはまだ廃工場の形を残していたというのに今はもう更地だ。面影なんてどこにもない。大きな瓦礫すらも吹き飛んでなくなっているのだからむしろ面白くも思える。


 そんな粉塵満ちる更地の中に見知った人影が現れると真っ先に魔眼で誰なのかを認識した。


「リア!!」


「ある……。私……っぁ――――」


 心から信頼する幼馴染の到着によって張りつめていた心が解かれる。だから一気に意識が沈む様な感覚を得ると体は前のめりになって倒れ掛かった。

 それをアルフォードが支えてくれる。


「ったく、お前は相変わらず無茶ばっかり! 誰に似たんだか……!」


「へへっ……誰かしらね……」


 彼が隣にいると何故かどんな時でも軽口を叩けてしまう。今だって意識は薄れているのにこうやって返せている。本当に不思議な現象だ。


「……取り巻きは?」


「全部潰した。……ほら、鳴るぞ」


 アルフォードは体を横にして寝かせてくれる。そのまま目を閉じると模擬戦の開始時の様にブザー音が鳴り響いて女性の声が響いた。


『そこまで。【ヴィールド】の鎮圧により、勝者を【magic & bar】とする』


「……そっか。勝ったんだ、私達……」


「あぁ。お前と、ジンのおかげでな」


 彼はある方向へ視線を向ける。その先を目で追うと既にすぐそばまで歩みを進めていたジンの姿が目に入った。


「ジン……」


 負傷した姿なのも相まってか大人しいジンがしおらしく見える。やがて彼は両手で頬をパァンッと勢いよく叩くと言った。


「その……あンがとな。俺の為に怒ってくれて。……スッキリしたぜ」


「……らしくな」


「るっせぇ! 男のデレは貴重なんだぞ!!」


 そんなやり取りをするとアルフォードはぷっと噴き出して腹を抱えて笑い始めた。その茶化す様な笑い方をする彼にジンは肘でドつくと、アルフォードは更に恥ずかしがっているジンをみて笑い出す。その笑い声に釣られてこっちも小さな笑いを零した。


 仲間が笑いあって事の終息を迎える……。これこそ大団円というやつだ。それまでに痛い思いをしたが、まぁ、二人の元気そうな顔を見れるのであればそれも一興、というものだ。

 後は救護班が来るのを待つだけで――――。



 とんっ。

 少し離れた位置に人影が舞い降りる。



「え?」


 舞い降りたのは……男、だろうか? 影を纏う様な漆黒の布を全身に身に着けているから姿がよく確認できない。

 救護班の人? にしては掛け声もなしに来るものだろうか。

 であればまだ敵が? いや、さっき敵部隊を鎮圧したといわれたばっかりだ。

 ならば偉い人? 訳あって何も言わずに来たのだろうか。


 影が揺らめく。

 空気に滲んで消えていく。


『「やはりダメだったか。まぁ計算内だな」』


 視界が、塗りつぶされて……


「リ  見 な …!  ア!」


 声が、見えて……


「おいアル  ド  なに て!?」


 違う。コイツは、


『「しかし驚いた。まだ天賦を授かる者がいるとはな」』


「ぁ――――」


『「覚えていろ。いつの日か我々……《エルダー・ワーズ》が奪いに行くと」』



 パキンっ。

 眼が、割れた。



 ――――――――――


 ―――――


 ―――



 目が覚めればいつの間にか見知らぬ天井を見上げていた。ふかふかの布団に入って天井を見上げているということは……ここは病室か何かだろうか。そんな予想は正しく視界の中にアルフォードの顔が入り込んだ。


「起きた?」


「アル……」


「うん、とりあえず見えてるのならそれでよし」


 見える。その言葉に反応して意識を失う前の記憶が再生される。謎の人物が飛び降りてきて、姿を現したかと思ったら突然魔眼が割れて……。


「――アル、私……!!」


「落ち着いて。その事は知ってる」


 体を起こすも芯から激痛が走って倒れこむ。アルフォードは優しく介抱してそっと寝かせると落ち着いた口調で話し始めた。


「意識を失う前に出てきた奴が意味不明な話をした。だろ?」


「あ、よかった、私だけじゃないんだ……」


 あの時は息が詰まるような緊張感とともに意識が束縛されていたせいで自分以外の全てが遮断されていた。そこからいきなり意識が途切れたのもあって安堵の溜息を吐いた。

 ……が、それは違うようだった。


「いや、ある意味リアだけだ」


「え?」


「リア、お前はあの時に現れた奴の話を“聞いた”んじゃない。“視た”んだ」


「話を……視た……?」


 突然の言葉に訳が分からず混乱してしまいそうになる。だって会話というのは音なのだから聞くしか方法はないはずだ。それなのに見ただなんて……。

 しかしアルフォードの真剣な表情がそれをすべて否定する。


「あの場には魔眼を持ってるのはお前しかいなかった。そしてお前の持つ魔眼は万物の本質を見抜く事に特化している。だから奴の放った言葉を……人間じゃ知覚出来ないその存在を、あの場のお前だけが見れたんだ」


 彼の手がぎゅっと手を握ってくる。その瞳の奥には珍しく焦燥の色が見えた。


「リア、これから俺がする話……そしてお前が経験した話は全て口外禁止になる。例え如何なる理由があろうとも、だ」


「え……?」


 ここまで前押しするアルフォードは初めて見た。だから一体何が始まるのか……何に巻き込まれてしまったのかが分からなくて不安な気持ちが湧き出てくる。

 そして次に放った彼の言葉がその不安に止めを刺す。


「あの時、俺達が見たのは神話の時代から続く“概念的だった存在”……。上位存在とも呼ばれる――――《神々の眷属者エルダー・ワーズ》だ」

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