百合英傑大戦 ~三人全開の波動~

 「突然ですがみなさん、地獄ってあると思いますか? 私は、あると思います。なぜなら今この状況が、正に地獄そのものだからです……」と、最近読んだきらら漫画のモノローグをほぼそのまま引用できてしまう状況に出くわすなんて思ってもいなかった。どうしてこうなった……?


 教室の隅の方で、私を対面にあやかと、もう一人の女の子―さやかって言ったっけ―が、隣同士に椅子に座っていて、ちょうど三者面談をするときのような席の並びになっている。

「……とりあえず、あかねはまずこの子にちゃんと自己紹介をした方がいいんじゃないかな」

 私はそういいながら、さやかの方に手を向け、あかねに自己紹介するように促す。

「高校二年生女子、名前を、猫山あかねという。これはある恋心の……」

「怒られるから本当にやめて欲しい。で、隣に座ってるのは……」

「高校一年生女子、名前を、綾瀬さやかという。これは……」

「なんで真似しちゃうかな。怒られるんだってば」

 こいつら無駄にノリが合うのなんなんだ。

「で、あなたの名前はなんていうのですか?」

 さやかは身を若干乗り出すような姿勢で、私に聞いてきた。

「あ、ああ、私? 私は立花優香。あかねの幼馴染」

「幼馴染……!」

 私が言うなり、さやかがこっちを見ながら、突然目をうるうるさせてきた。なんか変なことでも言ったか?

「……そこ感動するところ?」

「感動しますよ! 幼馴染っていうのは百合界隈においてもとりわけ特別な関係として挙げれられるやつですよ! 友達よりも親しくて、一番身近な存在で、でも恋人じゃない、正に友達以上恋人未満、いわば百合関係変更線の狭間! そこから恋愛の関係に発展しようとする瞬間が、百合漫画や百合小説においては一番可愛いとされています(要出典)! そんな関係の女の子がいるあなたの今日の運勢は百点! ラッキーアイテムはアザレアの花! ずっと思い焦がれていた女の子からの愛の告白を受けるかもー!」

「あ、あの……なんて?」

 ……ヤバい。なんとなく雰囲気で察していたけど、この子も十分アレな子だった。同じ言語なはずなのに、ここまでわけのわからない文章の羅列を、よくもまあいけしゃあしゃあと喋れるなと思う。頭きららファンタジアか? 百合界隈ってなに? あと自分の言葉で要出典とか言うな。

「……正直今のは私も引いたよ」

 私も私も!って感じて乗りに行くかと思っていたあかねがこの引き具合である。可哀そう。

「勝手に引かれてる! ……いいですよ、さっきのはあくまで私の持論ですからっ」

 さやかは腕を組み、ぷいっと拗ねるようにして顔を逸らした。

「……まあ、なんかさやかのいうことはどうでもいいとして……」

「どうでもよくないですよ! というかさも「私は仲介者です」みたいな顔してますけど、そもそも事の発端は、立花先輩が猫山先輩に告白したのが始まりだったじゃないですか! なんであのタイミングで告白なんかしたんですか! 猫山先輩、あの人なんて言ってましたっけ?」

 今度はさやかが立ち上がり、私の方に指を指してくると、そのままあかねが続けた。

「「このまま抱きしめたいし、抱きしめたままキスもしたいし舌をねじ込みたいし、脱がせたいって思ってる……」って言ってました。これって立派なセクハラですよね……?」

「そういう風に思いながら私の告白聞いてたの!?」

 ショックどころの話ではない。そんな仕打ちある? 思わず愕然としてしまった。罰ゲームかなにかか?

「猫山先輩、それは立派なセクハラです! 性的嫌悪感を感じたらセクハラとして訴えることができるんですよ! 立花先輩も好感度が足りない状態で告白してしまって残念でしたね! ざまあみろ!」

 ざまあみろってなんだよ。これまで生きてきて、年下の女の子に小バカにされる日が来るとは思ってなかった。渾身の愛の告白をバカにしやがって、小学生か。あまりにメスガキが過ぎる。

「……てか、それを言うならあかねだって、初対面の人に秒で告白するのもどうなんだって話じゃないの?」

 私がそういうと、さやかはくるっとあかねの方を向き、見下すようにしながら言い始めた。

「そーですよ! 新手のドッキリかと思いましたよ! 好感度が0に近い状態で告白されて「はいわかりました付き合いましょう」ってなるわけないじゃないですか! いくらなんでも百合漫画と小説の読み過ぎですよ!? 現実見てください!」

「そのセリフは私に効きすぎる……!」

 無駄に説得力があるっぽいのはなんだ。あかねは今の言葉が相当刺さったようで、その場でうなだれてしまった。

「……まあ、でも、さやかの言う通りだと思うよ。あかね。だからやっぱりここは私と……」

「う、うわ~~~! ここぞとばかりに見せつけてきた! 弱みに付け入る夏の百合! そこに痺れる憧れるぅ!」

 そこで「う、うわ~~~!」というリアクションは違くない?と思ったが、いい加減突っ込む気力もなくなってきたので、そこには触れないことにする。

「うるさいうるさい。とてもさっきまで人の告白をバカにしてた人とは思えない発言やめて」

「なんでです!? 私はそもそも二人にくっついてもらいたいと思っているんですよ!? 百合界隈の方々はみんな、女の子二人組が巨大感情ぶつけ合いボクシングをしたり、抱き合いながら肌を擦りあわせてイチャイチャしたりしている様を、存在を消して見ていたいっていう方々なんですから! そこに入り込むなんて言語道断! 傍観者でありたいんです!」

 言い切ったさやかは、ビシッっとポーズを決めた。これってもしかして拍手するところだったりするのだろうか。

「そうなんだ」

「……反応薄くないです?」

「いや、えっと……百合界隈……?にはそんなに興味ないから……。あと言ってることがまんまブーメランだけど、大丈夫?」

 私がそういうと、さやかは、さっきまでの勢いを失ったかのように椅子に座り直し、地面の方を向きながら、呟くようにして言い始めた。

「そ、そんなの私が一番よくわかってます……。人のせいにするのはよくないですが、こういう状況になったのは、隣にいる猫山先輩のせいなんですよ? 傍観者でありたい私が、突然土俵にあげられて、一体どうすればいいというのです? 猫山先輩に、どういう返事を返すのが正解なのか、立花先輩には考えられますか? 私の気持ちも考えてください……」

「……それは、さやか自身が自分で決めることだよ」

 冷たいと思われるかもしれないが、そう言わざるを得ない。何事も、最後は自分で折り合いへし合いを付けて、決めていくしかないのだ。


「人生において、人から好意を向けられる経験ってそうないと思う。少なくとも私はそうだった。ずっとあかねと一緒にいて、これからも一緒で……。でもそれだけじゃ足りないって気づいちゃったんだ。邪な思いにも蓋をして、気にしないふりを続けようかとも思った。幼馴染だしね。……でも無理だった。だからあかねに告白した。あかねも私のことを恋人として見てくれるなら、どれだけ楽だったかって思うよ。実際さっきも「セクハラだ」って言われちゃったしね……。女の子同士で付き合うなんて、やっぱり絵空事でしかなかったんだよ……」


 ……ヤバい。あかねがいることも忘れて、流れるようにあることないことを喋ってしまった。直後に、顔面に熱気を帯びたのが分かった。

 そんな私をよそに、さっきまでうなだれていたあやかが椅子から立ち上がる。 


「優香……」

「あかね……」


 パンッ!と音を立て、私の両手を包むようにして握りしめた。


「やっぱり、いいよ……、優香。 私、優香の恋人になる」


「ほ、ホントに……? あんなこと言ってたけど、いいの……?」

「いいよ、そんなこと! 一生優香のそばにいるって誓う!」

「……ありがとう、あかね。嬉しい……!」

 そのまま、私とあかねはお互いに涙を流しながら、強く抱き合った。

「これですよ! これ! 私はこの瞬間が見たかったのです!」

「これからも、ずっと一緒だからね……?」

「うん、ずっと一緒だよ、優香!」

 さやかの拍手や叫びも相まって、教室に3人しかいないとは思えないぐらいの声が上がった。私の今の心情を、そのまま表しているかのような賑やかさだった。抱き合っている途中に、ひっそりとあやかから頬にキスされたりもした。思いが通じあったのだ。

 ひとしきり抱き合った後、あかねはこんなことを言い出した。


「……でも、私はやっぱりさやかのことも気になります!」


「どええぇぇぇ!? わ、私は二人が幸せでいてくれればそれでいいって……」

「私の気持ちが抑えられないから!」

「あやか、私のことは……?」

 動揺している私たちをよそに、彼女は驚きの提案をするのだった。


「だから……、三人で付き合っちゃいます!」

「「ええぇ~!?」」


「恋人が一人じゃなきゃいけない法律なんてありません!」

「わ、私は、あかねがそばにいてくれるなら、どっちでもいいけど……」

「私は、二人が幸せであれば、それでいいので……。付き合うとかは……」

「ならいいでしょ! 三人寄ればもんじゃのなんちゃらとか言いますし」

「なんでそんな中途半端に間違えるの」

「いや、私は、二人と付き合うなんて、そんな……」

「じゃあ、せめて私たちのラブラブを一番近くで見ててよ。それで、欲求不満とかになったら3人でしよ。3Pしよ、3P!」

「3Pはさすがにやだよ!?」

「……でも、ちょっとだけ興味あります」

「興味あるの!?」 

「全員女の子だから……ダメ、ですかね?」

「うーん……。まあ、そういう流れになったら、しよっか」

「ホントに言ってる?」

「誰かさんと違って嘘つかないから。……それじゃあ、これからも恋人としてよろしくね、優香、さやか」

 そういいながら、あかねはもう一度私の頬と、少しかがんでさやかの頬へとキスをした。

「よ、よろしく……あかね」

「よろしく……です」

 正直戸惑いを隠せないが、あかねと一緒にいれるということに変わりはないので、これでいいのだと思うことにする。

「じゃ、じゃあ、立花先輩も、お近づきの印に……!」

「え、ええ……? じゃ、じゃあ……」

 ほぼほぼ初対面だったさやかからもキスをされてしまった。不思議な感覚だった。彼女のことについては今のところ何も知らないが、なんだかんだでいい子そうだし、付き合っていくうちに、自然と馴染んでいくのだろうと思う。


 キスをするということ。行為をするということ。有象無象の物語において、最も分かりやすく、恋愛を定義する言葉だと思う。そしてそれは、新たな関係の始まりでもあり、未来の幸せを願う儀式なのだとも思う。

 これからどうなるかはわからないけれど、少なくとも私には、今よりもずっと楽しくなりそうな予感がしたのだった。


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三人寄れば文殊の百合 CYLTIE. @_cyltie_dots

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