エピローグ
"植物人間"になってしばらく経つが、なにもわからない、というのが正直なところだった。
変異種になって、電池のように少しだけエネルギーを蓄えられるようになった。これで星空観賞も多少はできるらしいが、今のところその予定はない。将来、もしもスズが星空を見られるようになったら、そのときはついていこうと思う。
ちなみに、変異種になったときに乗っ取られた『植物の意思』みたいなのは、スズも長谷も知らないらしいが、菱子だけは少し、感覚的に理解できる部分があったらしい。
結局のところ、なにもわからないが、効果をわからないままに薬を飲むのと同様、「そういうもの」として現状を受け入れて、"植物人間"してボチボチ生きていくしかない。
人生というのは、たぶん、そういうものなのだろう。最近、ようやく割り切れるようになってきた。
寛との和解からまもなく、スズは自分の家に帰って行ったが、ハナに会うためにしばしば遊びに来るようになった。
菱子も約束どおりときどき遊びに来るが、そのときは毎回食材を一緒に持ってきて、毎回料理を作り置きしてくれる。
たまに創作料理を振舞われて、ものすごく美味しいのだが、それは寛という味見役の犠牲あっての味なのだと教えてもらった。
その寛だが、ハナを怖がらせてしまうだろうという配慮のため、あれ以来一度も顔を見せないが、代わりにお金を毎月郵送してきた。
さすがにお金はもらえないと菱子に突き返したが、その翌月から、菱子が食材の一環として明らかにお高そうな肉を持ってくるようになった。
ちなみに報復と称して菱子がスズに髪を染めてもらっていたが、なにが報復なのかは教えてもらえなかった。
ハナは相変わらず不登校であるが、オシャレで自由な校風の高校への進学を目指して勉強を頑張り始めた。
そしてアマネはというと。
「スズ」
HR前の雑踏、相変わらず不愛想で孤立しているスズにアマネは話しかけた。
「ハナが勉強わからんって苦しんでるから、今週末あたりまたうち来てもらっていいか?」
「わかった」
スズはスマホから目を離さず、静かにうなずいた。
アマネもそんなスズの反応には慣れたもので、「じゃ」と短く言って席を離れた。
「なあ渡、デコトラと結婚してんの?」
「なに言ってんだよ佐川。高校生が結婚するわけないだろ」
友人A――佐川の問いかけに、アマネは首を傾げた。
「いやいやいや、お前らの関係、傍から見てると熟年夫婦のソレなんだよ。幸福感より信頼感が先に来てる感じ」
「スズには妹が世話になってるだけだって」
「それだよそれ! お前去年まであいつのこと名前で呼んだことなかっただろ! お前らの間になにがあったんだよいい加減教えてくれよ」
「さあな」
アマネは笑ってごまかして、ちらりとスズの背中を見た。
ピンクの髪。バッキバキのピアス。孤高の背中
人間関係はポイントじゃない。
たしかに、友人は少ないよりは多いほうがいいかもしれない。
けれど、少なくてもいい。孤独ではない。
今のアマネは知っている。
スズとの関係は。ハナとの兄妹仲は。消えることはない。
きっと、大丈夫。
アマネは今、心の底からそう信じることができた。
だから。
「ありがとうな」
ぼそりと、誰にも届かないように呟く。
スズが振り向く瞬間、アマネは視線を外した。耳が赤くなっていないか少しだけ心配しながら。
そんな彼を見やるスズの顔には、子供のような笑みが浮かんでいた。
ピンクの頭と赤いハナ しーえー @CA2424
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