花の下にて

薬剤師のやくちゃん

赤いペンダント

“この飛行機は、まもなく離陸いたします。シートベルトの着用をもう一度お確かめください。”

目的地への到着を知らせる機内アナウンスが流れる。

寝息をたてて眠る少年の膝から落ちたブランケットをかけ直す。テーブルの上には、空になった紙コップと飲みかけのコーヒーが入った紙コップがあった。手に取り、ふと窓から見える景色を見下ろすと、そこには美しい湖が見えた。

機内アナウンスで目を覚ました少年に声をかける。

「つきますよ」


***


それは、静寂の夜の街。

“ーーガチャ”

一軒のとある家からドアを開ける音。開いたドアから飛び出してきたのは、白いニット帽を被った当時3歳男の子、ーーひめる。

「ーーはっ、ーーはっ」

息を切らして走り、細い路地裏に入る。あくびをする猫の向かい、提灯に灯りのついた小さな酒場の扉を開ける。

“――カランカラン”

「あら、小さなお客さんだね。こんばんは」

酒が並ぶカウンターから、腰にエプロンをつけた店主ーーイブが、ひめるに声をかけた。ひめるは嬉しそうに微笑んだ。

店には、グラスを磨くイブと、後ろ髪を結った男がカウンターに1番近い座敷に座っているだけだった。イブの声に、その男もひめるの方へゆっくり振り返った。イブは磨いていたグラスを棚に並べた。

時計の針は、20時をまわろうとしていた。

「また抜け出してきちゃったのね。あまりお父さんを困らすんじゃないわよ」

イブはひめるのために飲み物を探しながら、奥のキッチンへ入っていった。


「ーーあぁ」

頬が少し赤く染まった男は、何かを思いついたように、ひめるに手招きをした。ひめるは男の近くまで行った。

男は、何か言いながら自分が身につけていた赤いペンダントを手のひらに乗せ、ひめるに見せた。そして、それをひめるの首にかけ、そっと頭を撫でた。

「大正解だ。身につけておいてくれ。アニータ」

ひめるは、もらったペンダントが綺麗で嬉しくなり、お父さんが家に帰ってきたらすぐ見せようと思った。すると、急いで店の扉を開け、入ったばかりの店を飛び出した。

扉は、ゆっくりと閉まっていく。

男は、グラスに入っていた残りを飲み干した。

キッチンの奥。イブは冷蔵庫にもたれかかかり、ひめるが出ていった音を聞いていた。


そして、扉が閉まる。


“――バタン”


店を飛び出したひめるは、扉が閉まる音と同時に、店の灯りが全て消えたことに気がつかなかった。

店の扉のドアノブには、「CLOSE」と書かれた板がかかっていた。


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花の下にて 薬剤師のやくちゃん @yakuchankoshiki

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