第348話 永遠の命―2

 地に伏せたまま、すすり泣く由利鎌之助と土屋重蔵に、郭内から現れた銀猫が声をかけた。

「これは千代月さまからのお志にござりまする。」

 そう言って差し出されたものは、綾錦の巾着きんちゃくであった。

 鎌之助が両の手で拝むように受け取ると、ずしりと持ち重りがする。

 おそらく路銀どころか、二人が見たこともない目もくらむがごとき金子きんすが入っているのであろう。


 鎌之助と重蔵は、ひと言、礼を言上しようと上階を見上げた。

 しかし、そこにはすでに幸村の母千代乃の姿はなかった。

「わがあるじ、千代月さまからのお言伝ことづてにござりまする」

 と、前置きして銀猫が二人に告げた。

「両名とも生きよ。生きて、此度の天晴れな真田一党の戦いぶりを、そして汝らの功名を末代まで語り伝えよ。日ノ本一のもののふとして戦った者らに、永遠とわの命を与えよ」

 それを聞き、二人は「ははっ」と再度、地にひれ伏した。

 無事に信濃に帰還し、役目を果たし終えた後は、佐江姫の墓前で見事腹かっさばくとともに、その互いの刃で刺し違えて死のう、もはやこの世でなすべきこともなく、一切の未練はない――そう思っていた二人に千代乃は、再び命を与えたのである。


 それから、およそ半月後。

 中山道をめぐり、追分おいわけ宿から北国街道を経由して、ついに鎌之助と重蔵は信州上田に着いた。

 無論、そこに至るまでは野盗の類に何度か襲われたが、槍の名手のこの二人に敵う者などあろうはずがない。

 北に太郎山をのぞみながら、二人の足は上田城虎口こぐちの方向へと進む。そこは、かつて鎌之助や重蔵らが暮らしていた屋敷のあったところだ。


 関ヶ原の合戦後、上田城やその周辺は徳川の手で徹底的に破却された。堀もすべて埋められた。

 真田氏に二度も手痛い敗北を喫した家康の恨みは、城へも向けられたのである。鎌之助と重蔵の両名は、上田城の無惨な姿を尻目に、太郎山へと急いだ。

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