第347話 永遠の命―1

 由利鎌之助と土屋重蔵は、霧隠才蔵の真情あふれる言葉に目を見張った。

 それは、この人を寄せ付けぬ伊賀者とも思えぬ態度であった。

 唖然として黙する二人に、才蔵が言葉を連ねる。

「わしが申すまでもないが、おぬしらは幸村どのとともに途轍もないことを仕遂げたのよ」

「途轍もない、と申されたか」

 鎌之助の問いに才蔵が応えた。

「左様。おぬしらは、負けの戦いを勝利に変えたのよ。そして一瞬を永遠に変えてしもうた。おぬしらの見事な働きは、後世まで幾久しく語り継がれるであろう。わしも、この命ある限り、忘れぬ」


 重蔵が目を白黒させつつ、才蔵の目をのぞき込んで言った。

「正直なことを申そう。われらは、おぬしのことをこれまで鬼か、妖魔かと思っておった。それが、今や人になられたようじゃの」

 これに才蔵が唇を歪めて苦笑した。

 それでも相変わらず人と視線を合わせない。


 その夜半――。

 山伏姿に扮した鎌之助と重蔵は、京を旅立った。

 望月楼の暖簾のれんをくぐり抜け、通りへ出たとき、金猫が手にげた提灯を上にかざして、二階の窓辺を見るよう二人に促した。

 そこには、ろうたけた一人の女人の姿があった。切れ長の眼を伏せながらも、二人に優しげに見つめている。


 金猫が鎌之助の耳元でささやいた。

「千代月さまにござりまする」

 鎌之助が声を押し殺して小さく叫んだ。

「おおっ、まさしく千代乃さまじゃ!若の御母上さまじゃ!」

 その鎌之助の呻くような声を聞くと同時に、重蔵が路上に身を投げ出し、五体をふるわせて平伏した。

 鎌之助の痩躯が膝から崩れ落ち、拝むように地にぬかずいた。


 地に手をついたまま、二人のすすり泣きの声がしばらくつづいた。

 ややあって千代乃が二階から巫女のごときおごそかな言葉を落とした。

「二人とも死んではならぬ。役目を終えた後、信濃で互いに刺し違えて死ぬ気であろうが……皆の後を追うつもりであろうが、断じて死んではならぬ。この儀、しかと申しつけておく」

 それは二人の腹の中をすべて見通したかのような天啓のごとき言葉であった。

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