第346話 京・望月楼―2
由利鎌之助は、望月楼隠し部屋の柱に背を
「これは、霧隠どの!」
と、驚きの声を漏らした。
鎌之助の声に土屋重蔵が跳ね起きた。
霧隠才蔵が半眼のまま身じろぎもせず、くぐもるような声音を発した。
「聞かれよ。佐助はすでに信濃へと出立した。火草どのも一緒である」
重蔵が寝ぼけ眼を見開いた。
「おおっ、ありがたや。火草どのはご無事であられたか」
薄暗い隠し部屋の中で、才蔵の低い声が陰鬱に響く。
「なれど、火草どのは雑兵どもの刃にかかり、左腕を失くされておった。今頃、佐助とともに、すでに鳥居峠の手前あたりに差し掛かっておるであろう」
しばし沈黙の時間が流れた。
才蔵が鎌之助の左脇に置かれた陣羽織の包みに目をとめた。その表面にうっすらと血の沁みがひろがっている。
鎌之助が包みを膝の上に据え、沈痛な面持ちで才蔵に告げた。
「源次郎さまの
才蔵が陣羽織の包みに掌を合わせた。
「左様か。戦いが終わった後、徳川の陣からは、真田こそ日ノ本一の兵、敵ながら天晴れという声が湧き起こったとか。もって
再び沈黙の時が流れた。
その静寂を土屋重蔵が破った。
「して、才蔵どのは、これからどうなされるのか」
「おうっ、それよ。
鎌之助がしみじみとした声を出した。
「それはまた……遠い異国にございまするな。では、これが
「うむ。さらばである。それから念のため伝えておくが、佐助と火草どのは、太郎山にて佐江どのの墓前に幸村どのの形見の品を
才蔵からの念入りな言葉に、鎌之助と重蔵は思わず互いの顔を見合わせた。
常に冷ややかな眼眸を投げかけてくる、この
そして、才蔵はさらに驚くべき言葉を連ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます