第345話 京・望月楼―1

 二本の槍を掻い込み、由利鎌之助は無造作に野伏のぶせりの群れに迫った。

「おっ、やる気か」

 それが、頭目の最期の言葉になった。

 鎌之助が走りながら投げ放った槍が、その男の胸を深々と刺し貫いていたのである。


 一瞬、手下の男どもはひるみの色を浮かべたが、

「おのれっ!」

 と、鎌之助の前後左右から白刃を振りかざし、一斉に襲いかかってきた。同士討ちを怖れぬ荒っぽい攻撃であった。


 すかさず鎌之助は身を沈め、長槍の柄で男どもの脛を思い切り薙ぎ払った。たちまち三、四名の者が地にのた打ち、脛を抱えて呻き、苦しむ。

「もうよかろう。命が惜しくば、ねっ」

 鎌之助が頭目の胸から血槍を抜いて、冷ややかに告げる。

 次の瞬間、男どもは足を引きずりながら、逃げ散った。


「済まぬ」

 と、土屋重蔵が鎌之助に頭を下げた。

 草むらにへたり込んだままで、まだ立ち上がることはできない。落馬したとき、したたかに腰を打ったらしく、腰を両の手でさすっている。

 鎌之助は、残った一頭の馬に重蔵を慎重に跨らせ、ゆっくりと片埜かたの神社へと馬脚を進めた。

 

 片埜神社は、戦国乱世で荒廃していたところを豊臣秀吉によって再建された。以来、大坂城の鬼門鎮護のやしろとして秀頼にも崇められ、豊臣びいきの神廟として知られる。

 果たせるかな、宮司は「豊臣家ゆかりの……」と告げるだけで、

「おおっ、怪我をなされておるではないか。よい、よい。何日でもやすんでゆきなされ。腹が減っておるであろう」

 と、二人を快く迎え入れてくれた。


 この神社の奥にかくまわれて二日。ようやく歩けるようになった重蔵を馬に乗せ、鎌之助は再び京をめざした。

 二人が竹屋町の望月楼に到着するや、楼主の金猫、銀猫に出迎えられ、すぐさま隠し部屋に通された。鎌之助と重蔵のことは、火草や佐助から聞いているらしい。

「よくぞご無事で。とりあえず湯漬けなど召しあがられませ」

 などと、手厚いもてなしである。

 酒もふるまわれ、二人は腹がくちくなると、たちまち深い睡りに落ちた。極度に疲労していたのである。


 それから、どれほと経過したであろうか。

 鎌之助がふと目覚めると、痩身長躯の男が隠し部屋の柱に背を凭れ、半眼で黙然と座している。その脇に四尺余りの長剣。

 霧隠才蔵であった。 

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