第344話 幸村の首―2

 戦後、幕府はただちに苛烈かつ執拗な豊臣残党狩りを行った。

 仏人レオン・パジェス著『日本切支丹宗門史』によると、「秀忠は京都から伏見に至る街道に沿って台を設け、豊臣残党の首をその上にさらしたが、その台は18列も並び、ある列には千を数える首が見られた」とある。

 まさに鬼哭啾々、戦国の世の苛烈さと凄惨さを象徴するような光景といえよう。


 幸村が立派な自害を遂げた後、戦場から斬り抜けた由利鎌之助とその従弟の土屋重蔵は、幸村の首を陣羽織に包み、大阪から京都へとつづく京街道を騎馬で突っ走っていた。

 二人の耳には火草から聞かされた言葉があった。

 それは、

「難儀の折には、京の望月楼という遊郭を訪ねなされ。そこは千代乃さまの息のかかった忍び宿。佐助どのや霧隠どのも頻繁に出入りしておる。安心して訪ねるがよい」

 というものであった。


 京へ奔る二人が、枚方ひらかた片埜かたの神社に差し掛かったとき、突如、重蔵の馬がいななき、棹立ちになって前脚で宙を掻いた。

 重蔵は馬からまろび落ちた。

 狂奔し、遠去かる馬の尻には矢が刺さっていた。


「大事ないか」

 由利鎌之助が馬からおり、重蔵のもとへ駆け寄ると、街道脇の草むらから十人ほどの男が姿を現した。

 落ち武者狩りの野伏のぶせりであった。

 破れ具足を身につけ、へらへらと黄色い歯を剥き出して近づいてくる。


 「これは面倒なことになったものよ」

 鎌之助は眉間に深い皺を寄せてつぶやいた。

 野伏は狂暴である。追剥ぎ強盗という単純な所業だけでは、とても終わらない。誰の首でもよいから掻き切り、その首に拾った兜をかぶらせて、ひとかどの武将に仕立て上げるのだ。恩賞目当てであることは、いうまでもない。


「へへっ。よき首が見つかったわい。おぬしらの面構えなら、立派な贋首がつくれようぞ。のう、皆の衆」

「へへへっ。これはいい。たんまり恩賞が貰えそうな首が二つも手に入るわい」

 頭目らしい男の声に応えて、手下どもが下卑た声を出す。


「なにくそっ」

 重蔵が槍を杖に立ち向かおうと身を起こしたが、再び地に崩れ落ちた。

「よいから休んでおれ」

 鎌之助は重蔵の手から槍をもぎ取り、自分の槍と合わせて二本の槍を小脇に掻い込んだ。その鎌之助に十人余りの野伏がへらへらとわらいながら迫ってくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る