第343話 幸村の首―1
大坂城天守が燃え尽きた翌日のこと――。
家康・秀忠親子の前には、幸村のものと思われる三つの首が並んでいた。
いわゆる首実検である。
首実検に立ちあった家康は、急遽、影武者に仕立てられた阿倍野村の嘉兵衛であった。
三つの首は、望月六郎、穴山小介、根津甚八のものであった。いずれも同じ
鹿の角の前立てを打った兜をかぶり、「われこそは幸村」と名乗りをあげていたという。
ところが、このとき徳川軍の中には、幸村と面識のある者がいなかった。
そこで土井利勝が幸村の叔父真田
信伊は秀忠の旗本として、この夏の陣に加わっていたが、すでに年老い、老眼となっていた。
家康の影武者である阿倍野村の嘉兵衛が、もっともらしい声で信伊に命じた。
「どれが左衛門佐の首じゃ。とくと改めよ」
「ははっ」
と言いつつ、信伊は首をかしげて問うた。
「大御所におかれましては、お風邪を召されましたか」
影武者の家康が不機嫌そうな声を出す。
「なぜじゃ」
「いつもの元気なお声とは……大丈夫でございましょうや」
信伊の
「大御所さまは、疲れておる。連日、軍を𠮟咤激励していたゆえ、喉が
「なるほど」
信伊がうなずくのを見て、利勝が念を押した。
「左様なことより、どれが幸村どのの首であるか。しかと改められませい」
と、言われても信伊自身、もう20年近く、幸村に会ってないのだ。
信伊は老眼をこすって、三つの首をしげしげと見比べた。が、困ったことに信伊の目にはどれも似通って見えるのだ。
「ふーむ」
と、嘆息しつつ、何度も三つの首の前を往復する信伊に、利勝がぴしゃりと言った。
「ご老体、大御所の前でございますぞ。早くなされませい」
やむなく信伊は、一つの首を指さした。
それは、幸村の双子の弟、望月六郎のものであった。
なお、この1年後、影武者家康は御用商人茶屋四郎次郎が献上した鯛の天ぷらを食べて病の床に臥し、しばらくして世を去った。
土井利勝が茶屋四郎次郎に毒を盛るよう命じたのであろう。
大坂の陣の動揺も鎮まり、徳川の幕藩体制に揺るぎなしと判断されたとき、この哀れな影武者は用無しとして葬られたのである。
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