第342話 幸村の最期―3

 やがて東軍は大坂城に乱入した。

 城内には秀吉の蓄えた膨大な金銀がある。あまたの美女がいる。

 これを東軍の兵は奪い合い、各所で醜い小競り合いが繰り広げられた。


 勝敗の帰趨が決した頃、淀川沿いの京街道を二騎の武者が風のように疾駆していた。由利鎌之助とその従弟の土屋重蔵である。


 幸村は駕籠で逃げる家康を襲い、これを討ち果たし、しばらく血槍をふるった後、満身創痍の身となって力尽きた。

 そのとき、幸村は晴れがましく笑って、脇を固めていた由利鎌之助と土屋重蔵に言った。

「もうここらが潮時である。そろそろ信濃へ帰ることにしよう。さらばじゃ」

 二人に別れを告げて、

「わが首を徳川に渡すまいぞ」

 と、微笑みを浮かべ、青草の上に腰を落として屠腹とふくしたのである。

 その微笑みは事を果たし終えた清々しさに満ちたものであった。


 鎌之助が泣き顔で介錯するや、重蔵が幸村の首を猩々緋しょうじょうひの陣羽織に包み、二人はすぐさま騎馬で戦場を後にした。


「鎌之助、重蔵。頼むぞ」

 二人の去る姿を合掌して見送った後、望月六郎が共に生き残った穴山小介と根津甚八に声をかけた。

「若はすでに信濃に帰られた。われら影武者は、最後の一戦をなし、見事、その役割を貫徹すべし」

 根津甚八と穴山小介が返り血を浴びた顔でうなずいた。

 その隣で海野六郎がが叫んだ。

「われらも、魂魄となって信濃に帰ろうぞ」

 筧十蔵が血槍を天にふりかざして周りの兵を督励とくれいした。

「見事、敵と刺し違え、信濃の空に名をあげよ。天晴れな最期であったと子々孫々までの語り草とせよ」


 これに全員が「うおおおーっ」と獅子吼する。

 誰からともなく「ヒノイチ!」の絶叫が湧き起こり、大合唱となった。

「ヒノイチ!」

「ヒノイチ!」

「ヒノイチ!」

 皆が皆、異口同音にそう叫び、眼前の敵に抱きついて刺し違え、ことごとく討ち死にした。

 その夜、大坂城は紅蓮の炎に包まれた。

 淀殿と大野治長ら側近は、本丸北にある山里丸の籾蔵もみぐらに籠って火を放ち、猛火の中で自刃した。


 その頃――。

 淀川を一隻の小早船こばやぶねが猛烈な速さで下っていた。阿波水軍が操る四十挺櫓ちょうろの大きな小早船である。その舳先へさきには、二人の大入道の姿があった。

「兄者。うまくいったのう」

「うむ。大野治長どのが、秀頼君と似た姿形の死体に金襴の衣装を着させて身代わりにしたはずじゃ。秀頼君はすでに死んだことになっておろう」

 二人の大入道は、三好晴海と伊左兄弟であった。


 小早船の矢倉やぐら内で若者の声がする。

「この船はどこへ行くのじゃ」

「薩摩にございまする。薩摩は大坂夏・冬の両陣に参加しておりませぬ。しかも、徳川に恨みを持ち、この日ノ本で唯一、秀頼さまをかくまってくれる国。そこで捲土重来の日を待ちましょうぞ」

 そう応えたのは真田大助。

 東を見ると、大坂城天守閣が炎を噴き上げて炎上していた。

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